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第114話 空振る大剣

 右側でオトハが敵兵を毒殺・爆殺しまくっている一方、敵兵の丁度真ん中あたり、クロが最高位魔法を撃ち込んだ付近で一人の男が敵に囲まれていた。

 ルシアスだ。


「なんだコイツ、いきなり現れたぞ!」

「おー、集まってやがるなあ俺の獲物が」


 中距離転移魔法で一気に移動したルシアスは、ノアに貰った金の装飾があしらわれている大剣を構え、不敵に笑った。


「帝国兵共!俺に勝てると思ったやつだけかかってこいやあ!」

「ふざけるな、劣等髪ごときがつけあがりやがって!」

「どうせだ、魔法に愛されなかった憐れな奴に、魔法の偉大さを味わわせてやろうぜ!」


 帝国兵たちは一斉に嘲笑を浮かべ、魔法を唱え始めた。

 戦争とはいえまったく原理が分からない内に起こった千人の犠牲、その混乱の中に現れた弱者。

 帝国の人間たちが、その怒りや悲しみをルシアスにぶつけようとするのは当然だ。

 しかし。


「んじゃ、いっちょやりますか、ねぇ!」


 悲しいかな、ここにいるのは弱者じゃない。

 ノアに『近接戦だけなら私が一生努力しても敵わない才能』と太鼓判を押され、さらに希少魔法を扱う男だ。

 ルシアスが何もない場所で剣を振るう。


 すると、彼を囲って魔法を撃とうとしていた三十人ほどの首が一斉に落ちた。


「………ぇ」

「はあ?」


 間抜けな声を出して硬直した兵士の後ろに転移したルシアスは、その二人の首も跳ね飛ばす。

 常人ならば両手ですら持てるか分からないほどの重量の剣を軽々と片手で操り、卓越した身のこなしと転移、空間連結によって敵を順調に葬っていく。


「な、なんだあいつぁ!?」

「さっきから消えたり現れたり!どんなトリックを使ってやがる!?」

「焦るな!劣等髪は魔法が使えないんだ、何か種がある!見極めっ」


 混乱を鎮めようとした男の首筋と自分の腕近くの空間を連結し、そこに剣を振るって首を刎ね飛ばす。


 帝国兵たちはもうパニックだった。

 突然さっきまで隣で話していた戦友が、一瞬で命を失ったことから始まり、剣を空振らせただけのはずの男の斬撃が、気づくと近くの仲間の首を落としている。

 逃げれば目の前にいきなり現れ、向かえば一瞬で背後に回られ、不意打ちも魔法もすべて叩き落されるか避けられ、挙句の果てにはその魔法が全く別の味方の場所に飛んできた。


「これで二百ってとこか?おいおい張り合いなさすぎだろ、高位魔術師くらいいねえのか?」


 ルシアスはため息をついてそう挑発するが、そもそもルシアス、というよりはノアの側近が異常なのであって、彼らは世間一般では平均的な実力だ。

 そもそもこの世界の四大魔術師は中位魔法を習得すれば兵士として一人前以上と評されるほどに魔法の質は落ちている。

 高位魔法を習得している者なんてほんの一握り、超侵略武装国家である帝国にすら、皇衛四傑を含めても二十と存在していない。

 希少魔術師と比較して、四大魔術師は内包している魔力が低い傾向にあるため、習得が困難なのだ。

 それでも千年前は効率的に四大魔術師が高位魔法を習得するための指南書があったのだが、とっくの昔に失われていた。

 そうでなくても、帝国の兵士は兵役によって養われた元一般市民だ。

 魔術師として教育されたわけではなく、低位の魔法が使えれば生活には困らなかったため、魔法の質は他国と比べても決して高くなかったのだ。


「この程度じゃあ、何千人かかって来たって俺の敵じゃねえぞ。おら頑張れよ、俺をもっと強くしてくれ」


「ふ、ふざけるなあああ!」


 しかしなんと、ここにその高位魔術師が一人いた。

 名はアラン。彼は元々、普通の平民だった。

 生まれ持った魔力が高く、学園でも凄まじい才能を持つ魔術師として担がれる―――はずだった。

 悲しいかな、彼は入学した先の学校で、どうしようもない才能の差というものを見せつけられることになる。


 リーフ・リュズギャル。

 彼と同級生だった彼女は、わずか数日で頭角を現し、模擬試合で教師を一瞬で倒し、弱冠十一歳で高位魔法を習得した。

 彼女を気に入らない先輩を薙ぎ、告白してきた男を吹き飛ばし、挙句の果てにはその実力を皇帝に認められ、十四歳で学園を中退、皇衛四傑として名を上げた。


 アランという才能は、リーフの途方もない才能に隠れ、誰にも見られなかった。

 彼はリーフのその姿に怒り、嫉妬し、そしてどうしようもなく憧れた。

 必死で努力し、学園をトップの成績で卒業し、高位魔法すら習得してみせた。

 卒業後に仕官し、自力でのし上がるためにリーフの兵団には入らず、ランドの赤銅兵団でその牙を磨き続けてきた。

 実力はランドに認められるほどになり、この一帯をまとめる大隊長に若くして任命された。

 あと少しで、あのリーフに届きそうだった。


 の、だが。


「がひゅっ………」

「高位魔術師か、だが鍛えてねえだろ。魔法にばかり食らいついてがり勉やってっから、俺の攻撃にも反応できねえんだよ」


 その努力は全く花開くことなく、アランは正面からルシアスに胴体を斜めに切断された。


「だ、大隊長おおおおお!」


 薄れゆく意識の中で、彼が最後まで思い浮かべ続けたのは。


(リー………フ)


 終ぞ話しかけることすらできなかった憧れの女性の名を最後に反芻し、彼は死んだ。


「どんな魔法も、発動する前に殺しちまえば阻害できる。高位魔法なんて撃たせるかっつの」

「大隊長おおお!」

「おのれ、貴様ァ!」

「どけい、このオレが始末してやるわ!」


 今度名乗り出たのは、身長二メートルは超える大巨漢。

 ムキムキの筋肉とリーチで、凄まじい大きさの斧を振り回し、ルシアスに迫る。


「この攻撃、受けられるものなら受けてみろぉ!」

「あー、避けるのは余裕だけどな。まあお望み通り受けてやるよ」


 周囲の人間は、巨漢は勝利を確信した。

 あの男は強い、劣等髪にも関わらず自分よりも強い。それは認めよう。

 しかし、あれを支える力は無いはずだ、と。

 確かにルシアスは傍から見たらいたって普通の体つきの一般人だ。

 そう思うのは分からなくもない。

 しかし帝国兵は気づくべきだった。

 ルシアスは先ほどから大剣を振り回し、しかも首をいくつも同時に切断するという、普通は絶対に不可能なことをやってのけていたのだと。


「ほい」

「なっ………なにいい!?」


 ルシアスは斧を、あっさりと受け止めた。


 素手で。


「んだよ、この程度かよ。てめえらを姫さんを倒すための練習にしようと思ったのに、準備運動にもなりゃしねえ」


 ルシアスは退屈そうに手に力を込め、その斧を素手で砕いてみせた。


「………うそん」


 巨漢が間抜けな声を出して斧を見つめたところを、すぐさまルシアスの拳が飛び、巨漢は吹っ飛んで動かなくなった。


 ルシアスは超人体質、外見と筋肉量が比例していない稀有な存在だ。

 実際は世界で最も力が強いと言っても過言ではないほどの物理戦闘力を誇る。

 対近接戦で、ルシアスに敵う人間など、この世界に数え切れるほどしかいないだろう。


「ひっ………ひいいい!?」


 それに加え、この一年で完璧と言っていいほど空間魔法を自らの戦闘スタイルに組み込んだルシアスの現在の実力は、ノアですら以前のように簡単に仕留めることはできないほどだ。


「さーてと、まだまだ行きますかねえ。出来ればもっと強いやつ出て来いよー」


 大剣を何度も振るい、これでもかというほどに首を、胴体を、手足を切断しながら進むルシアスのその姿は、まさに災厄だった。

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