第104話 黒の調査
「それじゃあ私たちの今後を祝してー、かんぱーい」
「「「かんぱーい!」」」
「かんぱーい………してる場合なんでしょうか」
「だって他にすることないじゃない」
「一応まだ準備段階とはいえ、戦争の真っ最中なんですが」
その戦争の大将が、今日ノア様の操り人形になってしまったわけだが。
「だからこそ、こうして士気を挙げることも大切じゃない」
「まあ、それはそうかもしれませんが」
「クロの世界の、ことわざ。『腹が減っては戦はできぬ』。お腹いっぱいになるのは、大事」
「まだ戦自体は始まっては………ステア、その量一人で食べる気ですか」
もはやギャグなのではないかという領域まで積み上げられたホットケーキをうっとりと見つめて、メイプルシロップをシャンパンタワーに酒を注ぐようにドバドバとかけているステア。
まあ、今回一番の功労者だしこれくらいはいいとは思うけど、お腹を壊さないか心配だ。
ルクシアさんとケーラも合流し、結局わたしもまあいいかと思って参加してしまった。
ルクシアさんたちにはとりあえず、国を乗っ取ったことは秘密にしている。
ノア様は彼女のことを信用はしてるし好んではいるけれど、念には念をということなんだろう。
「ほら、どうしたの?クロも食べなさい」
「仕方ないですね………」
戦争は近い。
考えたくはないが、この中の誰かが死ぬ可能性だってある。
だから。
「ステア、もうそんなに食ったのか!?」
「ねえオトハ、野菜食べて?」
「勿論ですわ!」
「オトハ、ノア様を甘やかさないでください」
「オウラン、ジュース、取って」
「これ僕のなんだけど………まあいいか」
「ふふっ、なんだかわかりませんけど、皆さん楽しそうですねー」
「ええ。良いことがあったのでしょう」
せめて今は、この幸せを楽しんでおこう。
***
ディオティリオ帝国、帝国城。
皇衛四傑や各大臣が集まる会議も、ようやく終了の兆しを見せていた。
そう、もう数日後には出兵が始まる。
皇衛四傑筆頭、フロムの張りつめた表情が、王国との決戦が近いことを表していた。
「カメレオンからの情報によると、王国は国境付近に兵を回しているそうだ。国内にこちらの兵士を侵入させるのを望まないのだろう。しかし、我々であれば容易く蹴散らせる。フェリ、貴様の群青兵団で蹂躙しろ」
「容易いことよぉ」
「それからランド、赤銅兵団をローミラー領に進軍させるのだ」
「あそこ、山越えが必要じゃん」
「貴様の兵団ならばできるであろう」
「まっ、そりゃそうか」
「リーフ、お前と翡翠兵団はしばらく後方待機だ。ティアライト領を攻める際には活躍してもらうぞ」
「了承。わかった」
フロムの指示で、淡々と王国を堕とす作戦が立てられていく。
そこにはだれも異論を挟まない。フロム・エリュトロンの作戦に、間違いなどないと全員が思っている。
「ふむ、こんなところか。出立は三日後としよう。では各自、それまで体を休めておけ。家族と会いに行くのも良かろう」
フロムのその合図で会議が終わり、全員立ち上がった。
「ああリーフ、お前は残ってくれ」
「………?」
しかしリーフはフロムに呼び止められ、再び席に着く。
それを見てランドは舌打ちし、フェリは鼻を鳴らしたが、そのまま出て行った。
「疑問。何故ウチだけ?」
「すまんな。だがお前とワシだけ残れば、ヤツが姿を現すとカメレオンから聞いてな」
「ヤツ………?」
リーフは首をかしげたが、その直後に驚きの表情を浮かべた。
今まで誰もいなかった会議室の中心に、突如影が出来た。
人間だ。まるでテレポートしてきたかのように、不意にそこに現れた。
「………指示。あなたは誰か答えて」
「アハハ、登場早々に殺気向けてくるとは、四傑最強サマは怖いなー」
「相変わらずの神出鬼没、それにどこでワシよりリーフが強いことを知ったのか」
「ちょっとフロム様、あまりアタシを舐めないで貰いたいなー。帝国内の情報なら完全網羅、国外の情報でも大体知ってるがウリのアタシですよ?」
「はぁ………。リーフ、殺気を抑えろ。コイツがワシとお前を呼んだ者だ」
全身を黒いマントで覆い、顔もフードで覆っていて、体形も顔も、髪色すらわからない。
声からして恐らく女性だが、それすら変声している可能性がある。
「疑惑。何者なのかを明確に提示してほしい」
「そりゃそうだ。すみません、滅多に人前に姿を現せないもんで、こうして人と話すとテンション上がっちゃうんですよー」
黒フードはリーフに向き直って一礼し、
「ハジメマシテ、リーフ・リュズギャル様。アタシはカメレオン首領、『ノワール』ってものです。以後お見知りおきを」
「!………驚愕。あなたがノワール?」
百名弱で構成された帝国の暗部、諜報部隊『カメレオン』。
その首領、誰も見たことがないと言われ、半ば都市伝説とすら化していた存在、コードネーム『ノワール』。
「こいつが本物なのかも、本物の影武者なのかも知らん。だがワシらの目をかいくぐってここまで侵入するほどの実力を持っているのは間違いないだろう」
「肯定、敵に回したらこの上なく厄介そう」
「アハハ、おほめに預かり光栄ですよ」
「疑問、何故ウチたちの前に姿を現した?」
「それはほら、あなた方ほどの英傑とちょっと話してみたいなーって思いがあったと言いますか」
飄々とした声、加えて表情が読み取れず、嘘か本当かが分からない。
リーフは警戒を解かず、じっとノワールを見つめていた。
「そんなに怖い顔しないでくださいよリーフ様。あなたの指示でちゃんと情報集めてきたんですから」
「情報?………ああ、あのノアマリー・ティアライトの側近の話か」
「イエスです。いや苦労しましたよ、あの女ときたら抜けているように見えてめっちゃ警戒強いですし、それにほとんど一緒にいるクロとかいう子がめっちゃ勘鋭くて。近づいただけでこっち振り向くんですよ、完全に気配を殺しているはずなのに!でもまあ、色々と分かりましたよ」
クロは厳密に言えば勘が鋭いのではなく、生体感知によって寄ってくる人間を察知しているだけだが、彼らには知る由もない。
「リーフの言う通り、四人の側近は魔法を使えるというのか?劣等髪にも関わらず」
「そうなんですよ。しかも一人増えてましたよ、その劣等髪さん」
「早急、情報を教えて」
「はいはい、せっかちだなー」
ノワールは懐から数枚の紙を取り出し、それをフロムに渡した。
「とはいっても、そこまで深くは分からなかったですねー。ただご期待通りの結果は出たと思いますよ。まず、確認できる限りでは一番ノアマリーと付き合いが長いらしいクロ。アイツはやばいですね、ぶっちゃけアタシも近づきたくありません」
「以前リーフが言っていたな、近づいた者が魔力を奪われたと」
「そんな生易しいもんじゃなかったですよ。クロが王国内のとある貴族に魔法をかけたところを遠目から見たんですけどね」
「かけられた者はどうなったのだ」
「死にました」
「は?なんだと?」
「………!」
「死んだんですよ、病気とかではなく、ぽっくりといきなり。ちゃんと確認しました」
クロがノアの命令で邪魔になる貴族を殺した場面の一部を、ノワールは見ていたのだ。
「これはアタシの推測ですけど、クロはあらゆるものを『消す』魔法を使う魔術師ですね。物質や魔力だけでなく、寿命を消すことで相手に死を与える能力。ぶっちゃけ無敵ですよ」
「疑問、防ぐ方法は?」
「そこまでは分からないですね。ただ、あれが魔法である以上、魔力耐性が高ければ―――つまりクロ以上の魔力を持っていれば、あるいは耐えられるかもしれません」
「そんな限られた人間しか対抗できないと………?」
「何度使えるのかも、そもそも魔法という確証すらありませんからね」
希少魔法というものの存在が知られていないこの世界では、闇魔法の存在が知られようがそこまで問題にはならない。
何せ、どうやって防御していいのかが分からないのだから。
「続けますよ。続いて、ステアという女児です」




