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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-8 リンセの選択

「いきなり斬りつけるなんて、物騒じゃないですか」

「それだけ鋭く反応しておいてよく言うよ」


 大雑把に振るわれる剣をエラリオは弾くように流していく。

 相手は靴も履いていない。剣先が掠るだけで傷になるというのに、リンセは意に介していないようだった。


「本当に見えてないのかぁ?」


 答えるわけにいかない問いに、エラリオはため息で応えた。

 振り上げられた剣の下をくぐるようにして斜面を滑り降りる。勢いのまま地面に手をついて低い体制のままリンセの膝を狙って足払いをかけた。


「ぅおっ!?」


 宙に浮いたリンセの体を少し押し込めば、大きなしぶきを上げてお湯に沈んでいく。エラリオがそそくさと踵を返したところで、背中から総毛立った。思わず屈み込んだ毛先を何かが掠めていく。


「……水の中でも関係ないのか」


 ひとつ舌を打って振り返ると、リンセがニヤニヤ笑いながら水面に顔を出した。


「やっぱ強ぇな」


 しばらくにらみ合った後、リンセは飛び出すように湯から上がった。数度打ち合って鍔迫り合いになる。余裕なのか、リンセは口笛を鳴らした。


「細く見えんのにな」


 パッと剣から手を離されて、エラリオはバランスを崩す。ひょいと身体を避けたリンセはそのままエラリオの腕を掴んで引き寄せた。

 前から横へ身体が振られる。

 バランスを崩し切る前に反動を利用してリンセに体当たりしようとしたエラリオは、リンセとの距離が縮まらなくて思わず声を上げた。


「……えっ」


 足が地面から離れ、ふわりと浮いた感覚にリンセを見上げる。ニッと笑った顔はエラリオのよく知る相棒を思わせた。

 二人はそのまま湯に落ちる。

 水深は意外と深くて、体勢を整えて立ち上がっても肩が出るくらいだった。それでもエラリオは、少し離れてニヤニヤ笑っているリンセに剣を構える。


「はいはい。俺は丸腰。ここまでにしようぜ」


 両手を上げてののんきな提案に、エラリオは警戒を一段深めた。


「何をいまさら……」

「風呂に入りに来たんだろう? 俺もちょっと整理したいし、裸で世間話と行こうじゃないか」

「あなたがそこから一歩も動かない間は聞いてあげてもいいけど」


 剣を向けたまま冷たく言い放つエラリオに、リンセは肩をすくめた。


「俺はさ、請け負った害獣駆除の合間に同じような妙な噂を聞くことに気付いて、それを追っかけてたのよ」


 エラリオが少し首を傾げると、リンセはニッと笑う。


「山に近い集落で、小動物が里に下りて畑を荒らす。それも一時的で、相談しようと思う頃には収まっちまう。国の方からも特に注意喚起は出てねぇし、でもさ、気を付けて調べてみりゃあ()()()()()んだよ。その現象」


 わざわざ言葉を切ってエラリオの反応をじっと観察した後、リンセは続ける。


「気になるじゃねぇか。んで、追っかけてたら、ある日ふと聞かなくなった。妙だなとあちこち調べて、突然反転したことがわかった。戻ってる。しかもかなり急いで。どうして」


 口元でしか表情の読み取れないエラリオに、リンセは首を傾げて見せる。


「なあ、どうしてだと思う?」

「さあ」

「少しは考えてくれよ。まあ、それで、結局しばらく見失ってさ。集落の少ない山奥に異変は無いものかとこうして足を踏み入れて、天然の風呂を見つけたってわけだ」

「それだけの理由で、人を突然斬りつけたの?」

「目が見えないのにひとりで、剣を下げて、こんな山奥に迷い込む普通の人間はそうそういないだろ。盲目の()()をした山賊かもしれないしな」


 それにはさすがに反論できなくて、エラリオは深く息をつく。


「でもさ、あんた、レンと嬢ちゃんの話に反応した。彼らに聞いた風貌にも合致してる。彼らは俺の手助けを断った。人探しなら、手は多い方がいいはずなのに。特にレンはまだ親友を探してる。そんな手間のかかる依頼をつきっきりで受けるなんて、やっぱりおかしいんだよな」

「そうかな。もう諦めたのかも。それとも、彼女が好みだったのかも」

「まあ、うん。好みかどうかってぇのはあるかもしれねえな。でも、あんたが探し人なら、全部まるっと納得がいっちゃうからな。そういうことだろ。以前は少ししか合わせなかったが、剣の癖や身のこなしも似てる」

「……それで?」


 冷えたエラリオの声に、リンセはわざとらしく腕を組んだ。


「さっきも言ったが、国からの注意喚起は出てない。レンには手助けを断られている上に、「自分がやる」と何度も言われてる。あんたは魔物を連れていない。どういう状況か今一つ不可解なところもあるが……これだけ隙を見せても、殺気を見せても、そっちから攻撃はしてこねぇし、普通に話ができやがる」


 ふぅ、と大きめの息を漏らしてリンセは笑った。


「レンに恨まれたくないってぇのもあるから、ここでは一緒に風呂に入っただけにしようぜ。俺は国から命令が無い限りもうあんたを狙わない」


 まだ警戒を解かないエラリオに、リンセは自分が手放した剣を指差した。


「風呂に入ってる間、あれはあんたが拾って管理すればいい。俺はここからそっちには行かない。それでいいだろ」


 そう言って背を向け、少し奥に移動するとお湯の中の岩に腰かけた。ちょうど上半身が出る。エラリオが来た時もそこにいたのだろう。

 青の瞳なら嘘かどうかすぐ判別がつくのだが、と思いつつ、レンドールと似たような雰囲気を持つリンセをエラリオは疑いきれなかった。

 すでに全身ずぶ濡れだし、相手が丸腰なのは見た通りだ。半分投げやりな気分になって、結局リンセの剣を拾って服を脱いだ。絞って岩の上に広げておく。

 その間もリンセに動きは無く、どこかで鳥の鳴き声がしていた。


「なぁ」


 ようやく湯に浸かると、リンセが空を仰ぎながら口を開く。


「あんたも『外』から来たんだろ? 俺のアレみたいなの、あるよな?」

「……普通の人より()()()()()

「なるほど」


 大いに納得の頷きをするリンセに、多少の誤解があることをエラリオはあえて訂正しない。


「レンには知らせていいよな? 会ったこと」

「いいよ。今、ラソンの町にいる」

「なんだ。もう顔は合わせてんのか」

「熱出して寝込んでるから見舞ってやって」

「は? レンが?」

「あなたも、過信は禁物だと思いますけど」

「夏場に寝込むってぇのが、らしいっちゃらしいな」


 自分のことになるととたんに聞こえなくなる辺りも似てるなと、エラリオは少しだけ口の端を上げた。

 湯当たりする前にとリンセより先に湯から上がって、岩にかけた足の先、右の小指の爪が黒ずんできているのをエラリオは見つける。

 そっと指先で撫でてリンセを振り返るけれど、「斬ってくれ」とは口に出せなかった。


(自分を保ててしまってる分、希望を持ちたくなる。エストもレンに任せられそうになったのに……)


 自分の弱さを自覚しつつ、エラリオは手早く着替えると待たせていたシエルバに跨った。


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