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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-5 ハイテンション

 地面の所々から白い蒸気が噴き出している。勢いのあるものや、ゆらゆらと鍋から立つ湯気のようなもの、突然止まるものなど様々だ。

 石や岩がゴロゴロとして、生き物の気配がない。水が溜まっている場所はぼこぼこと沸き立っているようで荒涼としていた。

 その景色を黙って見降ろしているエラリオの背を見つけて、エストは少し緊張する。獣のように暴れる巫女を思い出したのもあるけれど、レンドールにあったことを「言わないで」と口止めしていたからだ。


 雨の夜、雷がだいぶ落ち着いた頃、エストはエラリオと筆談することができていた。エラリオ側の灯りを不審に思われないようにと短い時間だったけれど、気が紛れたし安心もできた。

 その中でエストが強く訴えたのは「レンは覚えていないから、彼には何も聞かないで」ということ。

 快諾ではなかったものの、一応は「わかった」と言われたのだけど。


(私も説明してあげたいけど……上手く話せるか自信ないのよね……エラリオのことも心配だし……)


「ほら、いたぞ。先に行って、資格取れたって自慢して来いよ」


 エラリオと会うのが嬉しいのか、薬が効きすぎてテンションが上がってしまったのか、道中珍しく口数の多かったレンドールが振り返ってエストを促す。

 南側にしかない樹木の話や目についた動物の話など取り止めはなかったけれど、エラリオと話していた時のレンドールを思い出して、エストも軽口を叩けていた。しばらく続いていたわだかまりがほぐれるようで、緩んでいた気持ちを彼女は引き締める。


「エラリオ!」


 エストは促されるままレンドールを追い抜いて、呼びかけながら駆け寄った。

 もう見えていたのだろうエラリオは口元に笑みを浮かべながら振り返る。エストはすっかり子供に戻った気分でエラリオの胸に飛び込んだ。


「こらこら。気持ちはわかるけど、誤解されたくなかったら控えた方がいいよ。まあ、今はレンが気を使ってくれた方が話しやすいけど」


 距離を置いて、周囲を確認しに行っているレンドールの背中を見てエラリオは笑う。それから、ゆっくりと労わるようにエストの背を撫でた。


「怖かったね」


 同意を問うような調子に、エストは泣きたくなった。やっぱりエラリオも怖かったのだと。


「エラリオの体は大丈夫? 気分は……」

「症状の方は気にしてないよ。予想の範疇だし。だからレンに頼んでるんだし。ホント、レンがあの状態から戻ってきたことが信じられなくて……彼が何をしたのか、俺にも視えなかったから……」

「青の瞳でも?」


 頷くエラリオにあの『(ツカサ)』の異質さを再確認する。


「聞いたけど、私もよく解らない。剣が届く前のレンを引っ張り出したって。その後のことが欠けてるって」

「そう……傷は治したんじゃなくて、なかったことになった。そういうことかな……エスト、ひとつ安心して。君たちが部屋を出るとき、まだ微かに彼は命を繋いでた。君は彼を殺してないよ」

「そんなの……」


 詭弁だとわかっていても。


「理不尽でも、目の前にあることは事実だ。レンは元気そうだろ? 気にすることじゃない。話しても、たぶんレンも気にしない」


 そうだろうな、とはエストも思っている。

 エラリオは、腰に手を当てて景色を見下ろしているレンドールに少し意地悪な笑顔を向けてから付け足した。


「まあね。でも、いいよ話さなくて。()()()と思われるよりは、負い目を感じてもらってた方が、レンは扱いやすいだろうから」


 両眼を覆う包帯の下で、黒い瞳が片目を瞑ったのを感じて、エストは少しだけ頬を赤くした。ぽん、とその頭に手を置いて、エラリオはレンドールの方へ歩み寄る。

 スラリと剣の抜ける音に素早く反応して、レンドールも柄に手をかけ振り返った。


「もういいのか?」

「ああ。資格と店のことありがとう。懸念が一つ減った……とはいえ」


 真直ぐ打ち下ろされた剣を、レンドールは笑って受ける。


「これとは別に後で一発殴るから」

「は? なんで」

「エストを泣かせただろ」

「え? いつ? 雷の時……は泣いてねーぞ? 最初のは数に入らねーよな!?」


 間抜けな顔で真剣に記憶を探っているレンドールに、エラリオは容赦なく打ち込んでいく。集中を欠いたレンドールは受けるので精いっぱいだ。


(レンには無かったことでも、そこに事実は残ってるからね)


 レンドールが少し下がったのを追いかけるようにしながら、エラリオはエストが安全な位置に移動したのを確認する。そのわずかな隙にレンドールはエラリオの前から消えた。

 低い位置から懐に入られてエラリオはヒヤリとする。

 ギリギリガードが間に合って、にやりと笑うレンドールと目が合う。

 キラキラと少年のように輝く瞳に、紅潮した頬はエラリオを少し引かせた。


「レン……悪い薬でも飲んだ?」

「エストにもらったやつは飲んだ。何入ってるかは知らねぇ」


 あれか、とエストの調合の様子を思い出して、エラリオは少し眉を寄せた。


(特別変わったものは入っていない……)


 エストの青い瞳は斬り合いが怖いのか、はっきりとレンドールを捉えてくれていない。仕方ないかと()()の判断は諦める。いくつか原因を思い浮かべつつ、最悪のものではないはずとエラリオは剣を握り直した。


「二発にしようかな」

「何がだ、よっ」


 踏み込みやスピードはいつもより速い。その分狙いは雑だ。

 受けるのも避けるのも対処できる。ただ、緩急のリズムがいつもと違うので気は抜けない。今のエストによく見ろというのも酷だろうし、エラリオ的には体力精神力共に削れるので願ったりなのだが。


(たぶん、後が面倒になる気が――)


 鼻先を掠める切っ先に、エラリオは「集中集中」と自分を鼓舞する。平素なら見逃さないいくつかの隙を見送って、やがて肩で息をしだしたレンドールがエラリオの剣を受け止めきれずにバランスを崩した。

 踏ん張ろうとした足元の段差が崩れた瞬間、レンドールは電池が切れたようにふっと意識を失った。

 追いかけるようにして駆け寄っていたエラリオが、腕を掴んで坂を転がり落ちるのを阻止する。

 汗だくの額と首筋に触れて、エラリオは思わずその頭を殴りつけた。


「鈍いにも程があるだろ!!」


 何事かと寄ってきたエストにエラリオはげんなりとした顔を向けた。


「だいぶ熱がある。たぶん、昨日あたりから」

「……えぇ?!」

「体力が服着て歩いてるみたいなものだから、熱が出ても自覚がないんだ。その上、熱で浮かされてるのに調子いいって勘違いして、やたらハイになるっていうか……口数増えたりしてなかった?」

「言われてみれば……」


 昨夜触れた手の熱さも、湯上りのせいではなかったのかも。そう思い当たってエストは慌ててレンドールの額に触れた。

 そこに流れるのが運動のための汗なのか、冷汗なのか区別がつかない。


「薬が効いて動けてしまうから、余計気づかなかったんだろうね。子供の頃も一度同じようになって……やっぱり誰も気づかなくて、遊んでる最中にこうしてばったり意識を失って、大騒ぎになった」


 ひとまず平らなところまで運んで横にすると、エラリオはため息を吐く。


「解熱剤飲ませて一晩寝れば目は覚ますと思うけど……さすがに野宿はさせられないかな」


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