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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-4 ヘネロッソ

 川を越え、さらに南進すると国一番の大きさを誇る湖に辿り着く。中央の周辺都市を含む広さを軽々と飲み込むほどで、どんなに日照りが続いてもこの湖が枯れた話は聞いたことがない。

 当然、大きな町がある。

 南の要所、ヘネロッソ。

 北のプラデラと同じように『()』や『(ツカサ)』の南の拠点となる町だ。


 レンドールも南の辺境の住人なので、本来ならばここにはよく顔を出しているはずだった。それが、巫女の預言があってからは移動続きで、いつの間にか北のプラデラの方が馴染みになりつつある。

 偶然とはいえ少し複雑な気分でレンドールは街を見渡した。


 見えてはいないが、湖の対岸にはレンドールとエストが最初に路地で相対した町がある。

 こちらはそれほど大きな町ではないのだが、このヘネロッソと船で行き来できるので田舎にしては品揃えがよく、珍しいものも手に入りやすい。

 人混みが苦手なエストに配慮したのと、純粋に宿の値段の違いから、今日の目的地はそこだった。

 船にはプライアから試験で中央に向かうときにも乗ったけれど、対岸が見えているような距離とは違う。見渡す限りの水に、大きな船。エストは拡声器を使って陽気に案内をしている人物にも目を丸くして見入っていた。


「そういや、もうすぐ水上祭か」


 町のあちこちで雫型の飾りがキラキラ輝いている。夏の暑さを和らげるのと、水と巫女に感謝しての祭りだ。三日ある祭りの間は人口が二倍にも三倍にもなると言われている。


「大きいお祭りなの?」

「ああ。爆薬使ってでかい水柱立てたり、それで浮かんでくる魚のつかみ取りやったり……普通に歩いてても水ぶっかけられる。雨でも盛り上がるから、機会があれば一度参加してみるといい」

「……そう、ね」


 興味はありそうなのに、微妙な顔でそう言ったエストを見てレンドールは頭を掻いた。

 自分が誘っても乗ってこない気はするし、祭りに誘える友人もいないのだろう。一人で行くのは不安だろうし……それでも、今年は無理でも来年には友人ができているかもしれない。無理にそれ以上話を広げずに、二人は船に乗り込んでいった。




 対岸に着くころには陽も傾いていて、ゆっくり街を眺める感じでもない。必要な買い物は次の日に回すことにして、まずは宿を据える。夕食をとりながら次の日の行程を決めるのはもうお馴染みだ。


「エラリオも移動してるけど……今回あんまり特徴的な景色が捉えられてなくて……」


 レンドールも特段何が見えるかエストに訊かなかったので、エストは自分からそう告げた。

 レンドールは一つ頷く。


「この辺りならここかなってとこがあるから、出発前に確認する」

「そうなの?」


 いつもながら、見えているわけでもないのにエラリオの行動を読めるレンドールにエストは感心させられる。エストは疑ったわけではないけれど、その顔を見てレンドールは付け足した。


「エラリオが、俺の考えることに合わせてくれるんだ」


 そう言うレンドールの手元に今日はお酒はない。いつも一杯くらいは頼むのに、食事が終わりかけても水を飲んでいた。


「……今日は飲まないのね」

「ん? ああ……なんか昨日も変な酔い方したし、ラーロがなんか言ってた気もするし、万が一ってこともあるから」


 そういえば、しばらくは無理しない方がいいと確かに言っていた、とエストも思い出す。無理はしていないと思うけれど、エストの家や店の準備と手続きを手伝っていたのでしっかり休んでいたとも言い難い。


「調子悪い?」

「いや? そんな風には感じないんだけど、まあ、念のため? エラリオ強ぇし」


 それはそう、とエストも頷く。


「あとで薬あげるね」

「そう大げさじゃねーけど……」


 苦笑しながらもレンドールは断らなかった。

 宿の前でレンドールは「公衆浴場に行ってくる」とエストと別れた。情報収集を兼ねてるのだと言って、彼はよく利用している。エストはどちらかというと苦手なので、部屋にある時はそちらで済ませてしまう方だ。

 ちょうどいい、と、手持ちの中から滋養によさそうなものをブレンドしておく。そうして戻ってきた足音を聞きつけて、エストはレンドールを呼び止めた。


「レン、ちょっと待って」


 部屋のドアを開けたところにタイミングよく声を掛けられて、エストはほっとしながら歩み寄った。

 まだ湯の熱が残っているのか、レンドールの頬に赤みがさしている気がする。


「はいこれ。強壮剤」

「……えっ!?」


 声を裏返して驚いて、しっかり赤くなったレンドールの顔をきょとんと見上げたエストは、すぐにレンドールの勘違いに気付いた。


「……あっ! ちがっ……滋養! 滋養強壮剤! 話したでしょう? 変なこと考えないで!!」


 手のひらに叩き付けるようにして薬包を渡し、エストもつられて赤くなる。ホカホカした手はすぐに握られて、レンドールはバツが悪そうにそそくさと部屋に入った。


「そ、そうだったな。ちゃんと飲んで寝る。おやすみ!」


 まだ早い時間だけれど、閉じたドアに「おやすみ!」と返して、エストも部屋に戻った。余計なことを考えられるのだから、元気なのだと勢いよくベッドに腰を下ろす。少しだけ、誰を相手に思い浮かべたのだろうと考えそうになって、エストは頭を振ってそれを追い出した。


 明くる朝、少々気まずい感じで顔を合わせた二人だったけれど、レンドールが「よく効いた」と爽やかに笑って礼を言ったので、エストも自然に笑うことができた。


「普段薬なんて飲まねーからか、身体が軽い気がする」

「お酒飲まなかったからもあるんじゃない?」

「ぐ……ないとは言えねぇ」

「念のためもう一包あげる。飲んでおいたら?」

「そうだな」


 朝食を食べながら交わすやりとりに、エストはどこか落ち着くのを感じる。ラソンの自宅では誘ってもレンドールはほとんど断ってしまう。朝は仕方ないと思えども、夜は付き合ってくれてもいいのに。エストの手料理に不信があるのかと、そう勘ぐってしまうくらいだった。


(やっぱり、一緒にエラリオを追いかけていた方が……)


 思いかけて、エストは心の中で首を振る。

 そう思うのは自分だけかもしれないと。

 レンドールも昨夜からのことを反芻してまた思う。

 エラリオを追っている時は、エストの様子も元に戻っているかもしれない、と。

 腰を据えようとしているラソンの暮らしは、まだまだストレスなのだと。

 エストは軽く目を伏せてエラリオの見ているものを覗く。


「……草木が少なくなってる。煙……? 蒸気、かな。白っぽいものが立ち上ってるけど」

「よし。間違いねぇ。場所はこの辺り。昔噴火で吹っ飛んで盆地になってるとこを見下ろせる高台だ」


 レンドールは地図を開いてニッと笑い、指で丸を描いた。


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