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白の神、黒の魔物  作者: ながる
傀儡の章

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6-18 次の準備

 ラーロが起きてきた気配でエストも飛び起きた。

 しばらく強張った顔で視線をさ迷わせて、ドアの横に立つレンドールを見つけると慌てて走り寄った。


「だ、大丈夫、なの?」

「大丈夫……だろ? 何? そんなに酷かったのか?」


 怪訝そうに眉を寄せると、レンドールはラーロの方を向いた。

 ラーロは少々寝癖がついて跳ねた髪を撫でつけながら薄ら笑う。


「さあ。レンが大丈夫と思うなら大丈夫でしょう。さすがに今日くらいはゆっくりなさることをお勧めしますよ。私に言ったように、ね」


 確かに体の重だるさは続いていて、寝不足とは違うなとレンドールも感じていた。動けないほどではないが、急ぐ用事もないので素直に頷く。


「エストも疲れてるだろうし、そうするつもりだ」

「私は……」


 エストは語尾を濁らせ、うつむいた。


「床で寝てたら疲れも取れないだろ。ほら、宿に帰るぞ。()()()


 ラーロは片眉を上げて呆れたような表情をした後、一つのドアを指差した。そのドアが音もなく開く。まだ暗い廊下は宿のものだ。


「遠慮というものを知らないのですか」

「使えるものを使うのはあんたの方針じゃないのか?」

「まあ、そうですが。面と向かって言われると腹立たしいですね」

「めんどくせーな。じゃあ、俺とお前の仲だろう?」


 ラーロは目を丸くして一瞬口を結んでから、苦笑した。


「いつの間にそんな仲になったのですか」

「それも、あんたが言ったことじゃねーか」

「……そうでしたね」


 ひらひらと手を振って、ラーロは二人を促しかけた。それからふと思い出したように動きを止め、エストに目を向ける。


「そうだ。三日後追加の薬をもらい受けに行きます。レシピはこちらで、粉のままでいいです。レンに預けておいてください。レンは入口横にでも置いておいてもらえれば起こしませんから」


 ラーロの手に現れたメモを受け取りにエストが近づく。

 レンドールは膝丈のスカートが揺れるのにそこで気づいて、何度か瞬いた。


「……乳と糖は抜いたの?」

「こちらで加工することにします。それと、少し落ち着いてからでいいのですが、こちらのレシピを試したいので滞在先が決まったら連絡をください。材料をお届けします」


 もう一枚メモを渡して、ラーロはレンドールを見た。


「メモの裏に伝書鳥(パッハロ)用の音階を書いておきました。レンに頼むか、教えてもらってください。私のところに直接来ますので、いたずらなどしないように」

「ガキじゃねーんだから」


 二枚目のメモを見たエストは眉を寄せた。


「知らない名前が……」

「ええ。『中』では手に入らないものです。文献では調べても出てこないでしょう」

「そんなもの、どうやって……」

「まさか、『外』にも自由に出られるのか?」


 レンドールの質問に、ラーロは珍しく自嘲気味な笑みを浮かべた。


「いいえ。私はこの国から出られません」


 ラーロにできないことなど無いのではないかと思っていたレンドールは、そのはっきりとした否定に少し驚いた。

 二の句が継げないでいるうちに、エストが後を引き継ぐ。


「じゃあ、どこから?」

「種があります。私が個人的に保存していたもので、多くはないのですが多分増やせるでしょう。ここだけの話になるので、取り扱いは慎重に」

「なんでだよ。別に畑でも作って堂々と増やせばいいだろ」


 ラーロはふん、と鼻で笑い冷ややかにレンドールを見やる。


「外来種は思わぬ被害をもたらすこともあるのですよ。無いところに迂闊に持ち込むものではありません」


 そうなのか? というレンドールの視線にエストは小さく頷く。


「そっちは、わかりました。あの、でも三日後だとこちらのもあまりたくさんは作れないかも……」


 ラーロは呆れたように首を傾げた。


「貴女が受け取った資格証は何のためにあるのです? 大きな薬草店には作業場が複数あるところも多いです。材料を仕入れるときに借りればいいでしょう。費用はひとまずレンの口座に入れておきます。忘れず取り立ててください。貴女の口座ができたらそちらに入れるようにしますから」


 それで話は終わりだと、今度こそラーロは手を振って踵を返した。

 メモを見ながらゆっくりと戻ってくるエストに、レンドールはやはり少し落ち着かない気持ちになる。


「あー……あの、さ。着替えた、のか?」


 ハッとして、エストは振り返る。


「あ! 服! あの……」

「返さなくていいよ。ドレスじゃあるまいし」


 振り向きもせず、ラーロは巫女の部屋に入って行った。

 エストは戸惑い気味にまた前を向いて、レンドールと目が合うと慌てて視線を逸らした。


「エストも怪我したりとか……」

「してない。大丈夫」

「そう、か。なら、いいけど……」


 レンドールは守ると言っている割に、エストの前で何度か前後不覚に陥っている。エストが無事だからいいものの、そんな自分に不甲斐なさも感じるし、エストには呆れられているかもしれない。

 そんな風に思って、レンドールは口を閉じた。

 上着も下衣もないのは不自然だけれど、二人とも多くを語らないのは気まずい理由があるからに違いない。怪我もないと言うし、ラーロはともかく、エストに深く追求するのは憚られた。


 そうしてお互いなんとなくギクシャクしたまま宿へと戻り、午後からの約束をしてそれぞれの部屋へと入る。

 薬を引き渡した後はようやく中央を出て、南に半日ほど移動した辺りにあるラソンという町へと向かった。

 中央から遠すぎず近すぎず、それなりの大きさの町だが、中心は農業ということもあって大らかな雰囲気がある。辺境から中央への足掛かりにも使われるので、新顔にも比較的親切だった。


 エスト用に小さな店舗兼住宅を借りて一通りの生活環境を整えれば、あっという間に時間は過ぎた。

 気づけばエラリオと半壊した山小屋で会ってからひと月以上が過ぎている。

 煩雑な手続きを一通り済ませた頃を見計らって、レンドールは久しぶりにエラリオの動向をエストに尋ねることにした。


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