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白の神、黒の魔物  作者: ながる
傀儡の章

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6-17 欠けた者の目覚め

 レンドールに毛布がきちんとかかるように整えた時、エストは自分の手や服が血にまみれているのを思い出した。

 ラーロがわざわざ着替えまで用意してくれたのはそのためだろう。レンドールが目覚めた時、誰の血なのか上手く説明できそうになくて、エストはありがたく着替えさせてもらうことにした。


 薬室に洗い場があった、とドアを開けてみたけれど現れたのは洗面所で、狐につままれた気持ちになりつつも手の汚れを落とす。ふと鏡に視線を向ければ、朝焼け色の髪が戻っていた。

 ついでにその場で着替えもしてしまう。血を吸ってどす黒く変色している下衣を脱ぎ捨て、紺色で袖なしのシンプルなワンピースを身に着ける。スカートは久しぶりだった。膝丈では足元の風通しが良すぎて少々落ち着かないが、文句の言える立場ではない。


 エストはレンドールの傍へ戻って腕を取り、もう一度脈を診る。

 先ほどよりはしっかりしていて、顔色も良くなってきていた。

 ほっとして離しがたくなり、しばし指先を引っ掻けるように繋いでいたけれど、すぐに小さく頭を振って、その手を毛布の中へしまい込んだ。

 立てた膝の上から毛布を掛け、膝の上に頭を乗せてしまう。

 しんと静まり返った夜の気配にラーロの言葉が思い出された。


(身勝手……か。そうよね……勝手よね……)


 エストは、レンドールを助ける選択をしたことは後悔していなかった。

 それでも、許さないと思っていた相手をまさかこんな風に想うようになるとは自分でも意外で、どこかそわそわする。エラリオの言った通りすぎて悔しさすらあるくらいだった。

 強すぎる感情は、もしかして紙の裏表のように背中合わせで存在していて、ある日ふと風にあおられてひっくり返ってもおかしくないのかも。


(だって、許したわけじゃないもの)


 相反した思いは、エラリオを助けられれば、あるいは上手く混じり合わせていけるのかもしれない。だから、そのためにもレンドールにはここで死んでほしくなかった。

 勝手と言われようとも。

 レンドールに告げられるような話でないことは、エストも解っている。ひっそりと胸にしまっておくことになるだろう。レンドールを死の淵に追いやったことも、自分の想いも。


 エラリオは見ていただろうか。

 レンは青い瞳にエラリオを見ていた、とエストは思う。

 「ここに居ろ」と言ったのは、エラリオに最期を伝えるためで、エストに思うところはなかったのではないか。

 本当に本当に、親友思いで、愚直で――


(……バカ)


 エストがレンドールを疑う理由が何一つなくなってしまった。

 滲んだ涙は、押し付けた毛布に音もなく吸い込まれていった。



 ◇ ◇ ◇



 レンドールが気が付いた時、目に入ったのは高い天井だった。

 やけに凝った模様が彫り込まれていて、泊まったこともない高級宿かと思ってしまったくらいだ。

 すぐに巫女のことを思い出し、身を起こす。


「いった! ……く、ない……?」


 脇腹に痛みが走った気もしたのだけれど、それは夢の中のことのようにすぐに消えてしまう。

 傍らにはエストが膝を抱えて座ったまま眠っているようで、レンドールが視線を巡らせていけば、ラーロも巫女の部屋のドアの横で壁に背を預けて眠っていた。

 辺りは静けさに包まれていて、まるで何事もなかったかのようだ。

 立ち上がってみれば、少し体が重く感じたもののケガもなく、それはそれでなんだか落ち着かない。


(あのタイミングで、どこも異状ない、のか?)


 ちら、とラーロを見やって、何かしたんだろうなというのは察する。レンドールが巫女に飛びついた辺りから記憶は曖昧だった。

 エストが妙な約束などしていなけばいい、とレンドールは小さく息を吐く。

 エストを横たえてやってから、レンドールはラーロの肩を揺すった。


「ラーロ」


 ハッと目を開けたラーロはレンドールの顔を見ると少し笑う。


「……大丈夫そうですね。何かありましたか?」

「いや。聞きたいのはこっちだ。どうなった?」

「巫女は奥で寝ています。大層なことはありませんでしたよ」


 胡散臭い笑顔に片眉を上げたレンドールだったが、それ以上追求しなかった。。代わりにエストが眠っているのを確認してから訊く。


「ふぅん? まあいいや。なあ、調合部屋の機械、国の薬師たちも使ってるものなのか?」

「いいえ?」

「やっぱり……じゃあなんでエストはあんなに淀みなく動けたんだ?」

「ご本人に尋ねればいいのでは」

「訊いてもわからなそうだからあんたに訊いてるんだろ!」


 やれやれとラーロは肩をすくめた。


「『外』で使ってましたので。といっても彼女自身は今回と同じように補助でしたけど」

「なんであんたが知ってるんだよ」

「あなたの親友さんの瞳を覗かせていただきましたので。ああ。彼女にも親友さんにも負担はないのでご心配なく」


 レンドールは、そういえばエストがそんなことを言っていたと思い出す。


「……じゃあ、『外』で何があったのか全部わかってる、のか?」

「全部わかるのなら、苦労はないですよ。目の前に本人がいるならば記憶ごと再生できもしますけど、あの目は他人のものですからね。瞳の捉えた映像しか視えません。音のない劇を見るようなものです」

「記憶も……って」


 レンドールが眉を寄せたのを見て、ラーロは薄ら笑う。


「全部視るのは面倒ですけどね。ごちゃごちゃしていて仕分けされていなくて、なんなら思い込みで捏造されたものもある。欲しい情報を見つけるのも大変です。それなら欲しい答えを質問に乗せて、浮かんできたものを読み取る方がはるかに簡単だ」

「なるほど」


 初めの巫女が失敗した理由がなんとなく解って、レンドールは頷いた。「(おそ)れよ」とばかりの口調だが、口に出すということは知ってほしいということでもあるんじゃないかとレンドールは思う。


「無駄な力の使い方はしてないんだな」

「は? そんなことは言ってないでしょ!? レンの考えてることも全部わかるって――」

「べつに隠す気もねぇもん。どうせわかりやすいから、読むほどでもないとか思われてるだろ」


 言葉に詰まるラーロが可笑しくて、レンドールは小さく笑った。


「起こして悪かった。後は俺が見張ってるから、ベッドに行けよ」


 何か言いたそうに口を開けたけれど、結局息を吐きだすだけにして、ラーロは扉の向こうに耳を澄ませた。


「……巫女も大丈夫そうですね。では、お言葉に甘えます。ああ、あなたの剣は中にあると思いますから、回収するならご自由に」

「巫女、寝てるんだろ?」

「もうひとつ奥の部屋に寝かせたので、そこは無人ですよ」


 ひらりと手を振って、そのままラーロは別の扉へと歩いて行ってしまった。

 しばし迷ってから、レンドールはそっと中を覗いてみる。部屋は確かに無人で、やけに整頓されていた。

 剣は見当たらないなと一通り眺めて、最後に扉のすぐ横を見る。剣はそこに立てかけてあった。鞘に入ったままで妙だなと思いつつ、ここでは妙なことばかりだと頭を一つ振る。

 剣を回収して扉を閉め、ラーロの座っていた場所に立ってレンドールは背を壁に預けた。


 ラーロの起きてくる夜の明けきらない早朝まで彼はそうしていて、ようやく長い一日が終わったのだった。


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