6-9 エストの答え
レンドールはエストの縋るような視線を受けて、少しだけ肩をすくめた。
「『外』でその目を取り換えた奴だろ」
さらりと出された答えに、エストの方が驚く。ふふ、と笑う声にエストはラーロを振り返った。
「レンの方がよくわかってるみたいだ……その知識をどこで手に入れたのかは、気になるところだけど?」
レンドールはふふんと鼻で笑って、腰に手を当てる。
「六年は無駄じゃないんだよ」
「ええ。まあ、察しはだいたい。とりあえず話を戻しましょうか。貴女が巫女を引き受けてくださらないとなると、他の方にお願いすることになるのですが、もちろん、候補もなりたいという意欲旺盛な方もおりますけれど、そういうところ《》の資質の問題もございますので、現状を繰り返さないとも限らなく……と、いうことも勘案してのご辞退と思ってよろしいでしょうか」
面をしているのに、その意地悪な笑顔が透けて見えそうだ。
ひどく顔を顰めてエストが黙り込む。
「無理強いはしないって言ったよな」
「おや。私はご辞退の確認をしただけですが」
「今の巫女だって約十年なんとかなってたんだろ。数年普通の人間が代理をやったってあまり大きいことにはならないんじゃねーか?」
ラーロはほぅ、と息を吐いた。
「……あなたはどうしてたまに……まあいいです。物事に絶対はありませんよ」
二人のやり取りを間で聞いていたエストは、ぎゅっと握ったこぶしに力を入れた。
「私は――あの瞳の行く末を見守る義務があると思うから……たとえ数年でも拘束されるのは嫌。それで、魔物の子と言われようとも……」
元からそういう扱いだったじゃないかと言外に言えば、ラーロは小さく肩をすくめた。
そこにレンドールの声が重なる。
「今の巫女も、次の代理の巫女も手遅れになったというなら俺が静かに眠らせてやる。断ることでエストが気に病むことはひとつもねぇ」
「それはっ……!」
余計に気になるとレンドールを振り向いたエストだったけれど、ラーロを睨みつけるお日様色の瞳は、気休めや軽い気持ちで発したのではないと判るほど真剣だった。
「そんなことになる前に交代なり、引き継ぎなりすればいいだけの話だろ。今の体制が変えられないのなら」
王や国民のほとんどが依存していると言っていい『白の巫女』を突然いないことにはできないだろう。いつも勝手をしているレンドールでも、組織は急に変えられないと知っている。別の体制に移るには、ある程度の根回しと準備期間がなければ国が崩壊しかねないのだ。
今ラーロを糾弾してその場所から引きずり降ろしても、レンドールにはその後を纏める能力もないし、何よりエラリオのことを放りだせない。どれだけ嫌悪感があっても今は見て見ぬ振りが最善だった。レンドールにできるのは、ラーロにお願いすることと、せめて苦しまずに終わらせてやることくらいで……
「あなたが彼女たちの命を背負い込む必要もないのですけど……はい。わかりました。諦めましょう」
小さく両手を上げて、ラーロは敗北宣言をする。けれど、思ったよりも軽い口調に続く言葉は、にんまりと笑っているようだった。
「その代わり、別の協力を頂きたい。まあ、どうぞ今一度お座りください」
「……別?」
困惑顔で椅子を立て直し素直に座ったエストに変わって、レンドールの口から疑問が漏れる。
「ええ。先ほど裏も取れましたので、貴女の調合レシピを開示していただきたい」
「裏? でも、あの、そんなに珍しいものは何も……」
「熱冷まし、別の処方がありませんか」
エストは目を丸くした。
否定が無ければ肯定だと、ラーロはエストの資格証を指でなぞる。
「実技の時に一度持った材料を戻したでしょう。気になったんですよ。いつも作っているものと違うんじゃないかって」
少し首を傾けて、でも確信をもってラーロは訊く。
「貴女の保護者に処方しているもの、あるんじゃないですか」
「ど、どうして……」
「考えたのですよ。瞳を取り換えてまだ何年も正常を保てる理由を。ついでにお聞かせ願えれば嬉しいのですが、交換したのはいつなのです?」
「……たぶんこちらに戻る少し前……だから、三年半くらい前、かな」
「それでも三年……彼自身にも何かありそうですが、処方箋を持たされたなら、より納得がいきます」
少し呆然としているエストにラーロは構わず続ける。トン、と机に指を落とすと、そこに紙とペンが現れた。
「書き出してみてください」
僅かに躊躇うエストに、ラーロはくすりと笑う。
「別に誰に開示しようというわけでもないですから。それがあれば、今の巫女もまだしばらく使えるのではないかと思うのですよ」
「言い方!」
レンドールが口を挟むのをラーロはひらひらと手を振っていなす。
「今更取り繕っても仕方ないではありませんか。彼女は無理でも、次の代理は何事もなく過ごせると思いませんか? 拒否したことによる良心の呵責も少なくなるでしょう?」
エストは視線を紙に落とし、ペンを取って材料と分量を書き付けていく。
「……門外不出というわけではないの。そういうことは聞いてない。でも、他の人に効くのか、エラリオにも効いているのかわからない……」
ラーロはしばしそれを手に持って眺めていた。
「……代用があるのかな」
「え?」
独り言なのか、ふっと違うペンを手にして何かを書き入れる。考えては書いて、時に二重線を引いて……赤い色の文字が増えていく。最終的にくるりと裏返して、ラーロは材料と分量を新しく書き出した。
「ひとまずこれで作ってみて。彼用の処方では少しきついだろうからちゃんと減らしてみた。これなら実験的でも文句ないでしょ」
そういうラーロはエストではなくレンドールを見ている。
「えっと、作るのは問題ないけど……この材料は……」
新しく加えられた『乳』と『糖』の項目を指差してエストが首を傾げる。
「彼女用なら、その方が効くはず。あれはただの飴だったけど。材料は……面倒だな。用意して薬室開けて後で迎えに行くからレンと宿に居て。試作品ならすぐできるでしょ」
「処方箋書けるなら、調合もできるんじゃないのか? 自分でやれよ」
「僕は成分を対象に合わせて書き直しただけ。細かい手順は知らないから。あまり彼女から目も離せないしね」
肩をすくめたラーロは、エストの視線にハッとして咳ばらいをひとつした。
「いくつか別の材料を加えて試したいのです。材料と代金は別でご用意いたしますから、継続でのご協力を願えませんか」
エストはレンドールをちらりと窺った。腕を組んで、困惑した顔をしている。
『巫女になる』ということよりはだいぶ受け入れやすい。何より、効能が上がるのなら、気休めではなくエラリオにも効くかもしれない。
エストはそう思考を巡らせた。
「……わかりました。そういう協力なら、してもいいです」
「よかった! じゃあ、ひとまず場を戻すので、普通の熱冷ましの材料の披露をお願いします。あとは適当に」
「適当!?」
軽い足取りで上座に戻っていくラーロに、慌てて処方箋をしまいながら、エストはレンドールの苦労を少しだけ解った気がした。
ぱぁん、とラーロが手を打つ。
役人たちの目に光が戻る。
その様子に、エストはぶるりと身を震わせた。




