6-7 鳥のような
レンドールが嫌そうに顔を歪めると、ラーロはわざとらしく首を傾げた。
「おや。不服そうですね? きちんと手順を踏んであげようというのですよ。少々急ぎではありますが。心配ならあなたも同席すればいい。保護者代理として認めてあげます」
「……本当に無理強いはしないんだな?」
「反発されるくらいなら、次善策を取りますよ」
ラーロが片手を持ち上げると、その手の中に封書が現れた。
差し出されてレンドールは迷いつつも受け取る。
「それは彼女に渡してください。明日夜、そうですね。閉庁時間の二時間ほど後に同封した通行証を使ってゲートからおいでください。国の役員が数名同席すると思いますが気にしなくて結構です」
「気にすんなって……」
「まともに聞かせられる話題ではないので、どうにかします」
「どうにか」
ラーロはただ頷いた。
レンドールは封書に視線を落としたまま、今更ながらにこれは夢じゃなかろうかと思っていた。こんな格好で、こんなところにいるなんて、きっと夢だ。と。
「レン、来てくれますね?」
最後の最後、そう念を押されてレンドールは小さく息を吐いた。
「……わかったよ。これは渡す。話もする。でも、期待すんな。俺は嫌われてる。行かないと突っぱねられたら、どうもできねぇ」
ラーロは目を細めて小ばかにしたような笑みを浮かべた。
「……なるほど? あなたたち……面白いですね」
「どういう意味だよ」
ふふと笑って、ラーロはこの部屋に入ってきた時のドアを優雅な手つきで指し示した。
レンドールは本当に帰っていいのかと、何度かラーロを振り返りながらドアに向かう。ドアを開けようとしたところで心臓を止められてもおかしくない。そういう話を見聞きしたのだと解っている。
何度かノブを握り直して息を整えてから、レンドールはドアを一息に開けた。
目の前に現れた宿の一室に踏み込んで後ろ手にドアを閉める。何も異変がないことを認めるまで数秒。そのまま、ずるずるとその場に座り込んだ。
「マジかよ……」
震える手を何度か握り直して、生きていることを確認する。
(死なないって……マジで言ってんのかな)
そんなことひとつ取ってみても確信がない。だから、ラーロにも食ってかかれたのだろう。目の前に本人がいない方が、あれこれ想像してしまってよろしくない。
手の中の封書を見つめて、レンドールは大きく深呼吸した。
ともかく、エストには話さなければいけない。けれど。
(明日明日! 明日の俺、頑張ってくれ!)
ベッドの傍らにある簡素なテーブルに封書を投げ出して、レンドールは布団の中へ潜っていった。有り体に言えば、現実逃避だった。眠って起きれば、封書など跡形もなく消えてなくなっていることを期待して――
当然、レンドールが目覚めたとき、それはまだそこに存在しているのだが。
◇ ◇ ◇
「どういうこと?」
眉を寄せ、冷たく問うエストの不審はもっともだ。
ラーロから、と差し出された手紙に鋭い視線を落としたまま手を出そうとしないエストに、レンドールはそれをテーブルに置いて押しやるようにした。
「昨夜、いろいろあって……交渉の機会をよこせって……」
「交渉? 私と?」
刺すような視線を移されて、レンドールは気まずさに首をすくめる。政府の言いなりだと言われても反論の余地もない。
「断っていいから。っていうか、断れ。ただ、呼び出しには応じた方がいい、かもしれない……」
ますます眉をひそめて、エストは手紙の封を開けた。
『貴女にお願いしたいことがあります。レンを連れて××時にお越しください』
平易な言葉で書かれているが、サインと国家安全省の印も押された正式なものだ。
横から覗いて、レンドールは少しホッとする。
少なくとも闇から闇へ葬ろうという気はまだないようだ。
同封されているカード型の通行証には半透明の石が埋め込まれていた。角度を変えると虹色の内包物が見える。
「レンを連れて?」
「当たり前だろ。一人では行かせられねぇ。こんな鳥みたいなことさせられて信用できないかもしれねーけど、ちゃんと帰してやるから」
力強く主張するレンドールを胡散臭そうに見やったエストは、高い襟の奥にちらちらと見え隠れする違和感につと目を細めた。
「……レン、首……」
「ん? ああ……目立つか?」
バツが悪そうに自分の首を撫でて、レンドールはいつも外している襟の留め具を留めた。赤紫の痣は『士』ならば珍しいことではないが、首に残る痣となると一気に不穏が増す。
レンドールが断りきれない出来事があったのだと、エストの表情も強張った。
「……わかった。話を聞くだけね」
「ああ。そうしよう」
レンドールはわずかにホッとした顔をした。
ラーロを信用しきっているわけでもないけれど、こちらに寄せられた信用の分くらいは誠意を見せたい。それがレンドールの矜持でもある。
今日はきちんと腰に下がる剣にそっと手を寄せ、レンドールはそれを使うようなことにならなければいいと、小さく息を吐きだすのだった。




