6-6 事実は
レンドールは軽く息を吐いて、ぷいと横を向いてしまったラーロの視界に身体を傾けて入り込んだ。
「あれが本当に黒化と同じ現象なら、エラリオにも出るかもしれねぇ。何か知ってんなら聞いておきたいんだよ……もちろん、あの扱いはねーだろって思ってもいるけど、それも、なんか理由あったりすんのか?」
口を真一文字に結んで下から睨み上げるようにするラーロの表情は、叱られそうになって反発している子供のようにも見えて、どうにもちぐはぐだ。ラーロが言ったように、レンドールなど如何様にもしてしまえばいいのに。それだけのことができるだろうとは、肌で感じている。
もちろん、そうされてしまえばレンドールは困るのだが。
「巫女の選別は初めから無かったってことか?」
ラーロは嗤う。
「先代までの巫女はきちんと選別していましたよ。そう簡単に壊れられてもこちらが困るだけですので」
「じゃあ、」
「きちんと選ばれた巫女を、次の日に彼女が殺めたのですよ」
ラーロはレンドールがみなまで言う前に、奥のドアを振り返って言った。
「自分の方が絶対に相応しい、などと勝手なことを言って」
「あや、めた」
一瞬、言葉の意味が分からなくて、レンドールは間抜けに繰り返した。
次の瞬間には変な汗が背筋を伝う。
「巫女の器はそう簡単に取り換えが利くものではないですからね。さすがに昨日選ばれた巫女が死んだなどと、言えたものではありません。だから、巫女になりたがってた彼女に繋ぎをやらせることにしたんですよ。幸い、体型は似通っていたので誰も気づいていません」
「やらせるって……そんな、誰でもできることなのか!?」
「御覧のとおりですよ。神の声が聴こえない人間には耳元で囁いてやればいい」
大きく両手を広げて、ラーロはわざとらしく息を吐く。
「もう少しもってほしかったのですけど、彼女の本質が破壊衝動との親和性が高くて。まあ、いいサンプルになったと思うしか」
「そんな言い方って……どうにか……なんとかできねぇのかよ。あんなになって、時々泣いたりすんのは、我に返ってるってことじゃないのか?」
「身勝手な理由で人を一人殺しておいて、生かしておいてもらえるだけでもありがたいと思っていただきたいですね。それも、なりたかったものになれているんですから」
「あんなん、なりたいわけないだろ!!」
「どちらにせよ、どうにもなりません。あなたが楽にしてやりますか?」
言われて、レンドールは腰に手をやる。いつも佩いている剣はそこになかった。視線を向けて、布団に入っていたのだったと思い出す。
「……レンは優しいね。その手を煩わす価値はあの女にはないよ」
「……前にやった、黒化を消すやつ、あれで渡した力を取り出せねーのかよ」
「前にも言ったと思いますけど? ああなってしまうと、力は生命力に同化しているので、抜いてしまうと活動を停止するだけだと思います」
いつのまにか、よく知るラーロの色を纏って、彼は面倒くさそうに告げた。
「次の巫女候補も資質的には正直物足りないんですけど……」
ふと、言葉を止めて、ラーロはレンドールに視線を向けた。じっと見つめてから、ふっと笑う。
「なんだよ。俺は色も抜けてねーぞ」
「あなたじゃないですよ。色が邪魔なら抜いてしまえばいいだけですし」
ラーロの言いようにレンドールは眉をしかめる。そうやって何もかも都合のいいようにできてしまうのか。
「そこまで言うなら、もうあんたが巫女をやればいいだろ。初めの巫女は男だったって言うじゃねーか」
「あれはあんまり長く続かなかったんですよ。初めのうちは順調だったんですけどね。そのうち怪物だのなんだのと襲われる始末で」
ぎょっとしたレンドールの顔を見て、ラーロは苦笑して「ともかく」と繋げた。
「神の声を聴くだけの神秘的な巫女、が一番人々に受け入れられやすいんです。歴史が証明してますよ」
「……クラーロ」
レンドールの口からぼそりとこぼれた名に、ラーロは目を細める。
「本は読まないんじゃなかったです? 懐かしい名を、どこで……あぁ、あなたの大事な親友さんですか。もうひとつお教えしましょうか? クラーロは神の名にしようとして失敗した名なので、それきり使ってません」
瞳を銀に揺らして質問に自身で答えたラーロは、手を伸ばしレンドールの胸の上に置く。わずかに首を傾げて、彼はレンドールを見上げた。
「彼女、試験受かってましたよ。それも上位で。優秀ですね。その瞳を持って生まれ、最近まで彼とともにいた彼女なら、〝力〟にもそうそう取り込まれないのでは? その資質まで視はしませんでしたが、自分を殺そうとした相手といられるくらいには節制できるのですから、あの女よりはずっとマシな……」
レンドールは思うより先にその胸倉を掴んで引き寄せていた。
「させると思うのかよ。あいつには手を出すなって言ったよな!」
「……手を出すわけじゃないですよ。協力していただこうと」
「詭弁を使うんじゃねぇ! お前の都合で殺そうとしたり巫女に仕立て上げようとしたり……冗談じゃねぇぞ!」
「私はこの国を壊したくないだけですよ。せっかくここまで繫栄させられたのですから、もう少し先を見たい。更地からやり直すのは面倒なことだと、ようやく思えてきたところですから」
レンドールに凄まれても、ラーロの声は淡々としていて、胸の上に添えられた手のひらも動かない。何かするつもりなのか、ただの脅しなのか、レンドールには判断がつかなかった。
「……無理やりそんなことをやろうってんなら、殺してでも止めてやる」
ラーロの銀の瞳の揺らぎが止まり、呆れたように口を開いて、それから眉尻を下げて少しだけ笑った。
「……死なないって、言ってるでしょう。ああ、もう、あなたの親友があなたを信じているのは、そういうところなんでしょうね」
ラーロは添えた手をぐっと押し出してレンドールとわずかに距離を取る。掴まれていた胸元の皺を何度か撫でるようにして直すと、また不遜な態度でレンドールと対峙した。
「あなたは『護国士』でしょう。国を護る義務がある。無理強いはしません。誓います。ですから、彼女に交渉する場を設けさせてもらいます」
それは国を動かす『司』としての命令だった。




