6-1 次の課題
最終章とか言ってましたが、無理でした。
ひとまず6章まとまったので公開していきます。
エラリオも山にこもっているばかりではない。
大きな町にとはいかなくとも、着替えやパン、情報などを得るのに小さな町や村を訪れている。貯金もあるようだが、もちろん有限だ。移動を続けていた二人だ。そう余裕のあるものではない。
北の外れの村で、少し気の抜けたように過ごしていたレンドールは、通りかかった薬草屋の前で足を止めた。
腕を組んでしげしげと眺める様子に、店の主人が苦笑する。
「今日は不足分はないよ。質のいいのを採ってきてくれるのは嬉しいんだが」
田舎ではそうそう量も売れない。本業のついでに薬を扱うような人だって多いのだ。
「ああ。いや。ちょっと別のことを。オヤジさんも資格持ってんだよな?」
「薬草取扱者のか? 一応な。この辺じゃなくたって文句言うやつはいねぇけど」
「下手な資格持ちより、辺境の婆さんの方が詳しかったりするよな」
あはは、と笑いあってから、店の主人は不思議そうに首を傾げた。
「お兄さん、取るつもりなのかい?」
「ああ、違う。俺はその気はねーんだ。ちまちましたのは性に合わねぇから」
「っぽいなぁ。ということは……」
レンドールはうん、と頷く。
「本人がなんていうか次第だけど……」
◇ ◇ ◇
レンドールがエラリオを追うのにあまり問題はない。
護国士は国から安定した給金が出ているし、依頼をこなせばそれだけプラスの収入になる。移動ばかりの生活でも何とかなってしまうのだ。
しかしこの先、月に一度の対面でいいとなれば、行く先付近に目星をつけて、そこで待ち構えていた方がいい。そしてそうなると、エストをいちいち連れ歩くのは少し都合が悪かった。
先を見据えて考えても、エストはきちんと稼ぐ道を確保しておくべきだとレンドールは思っている。
(エストの性格だと、嫌いなヤツにいつまでも金出されるの嫌がりそうだし)
慰謝料だと思ってくれるならそれでもいいのだが。
エラリオがそこまで用意していなかったのが少し意外だけれど、よく考えれば試験は中央で行われる。彼が付き添っていくのも、エストを一人で行かせるのもできなかったのだろう。
レンドールと再会したときに丸投げできるようには仕込んでいるはずなので、あとは本人次第だ。
畑の収穫の手伝いをしに行っていたエストと夕食の時に落ちあって、話を切り出す。
エストは少々困惑の表情を浮かべた。
「試験?」
「エストならすぐ受かると思うんだよな。持ってて損はねーから」
辺境ではあまり差は感じられないのだが、中央や少し大きな町で店を構えるには必要なものだ。何かあった時に国から助成してもらいやすいのもそう。雇ってもらうのも有利になるだろう。
「でも、店を持つ気はないし……」
「それなんだけどさ、俺らはこの先ずっと移動して歩かなくてもいいわけじゃん。エストは中央……とはいかなくても、近いとこで腰を据えておいて、エラリオに会いに行くときだけ出てくればいいんじゃないかなって」
エストは不機嫌そうに眉を寄せる。
「レンはどうするつもりなのよ」
「俺は今までとあんまり変わらねぇ。あいつの向かいそうなところに目星をつけたら、近くの村や町で依頼受けながら待機する」
「私もそれで構わないけど」
レンドールは苦笑した。
「あのさ。できなくはねぇんだけど、この先何年続くかわかんねぇ状態で、滞在先二つ確保し続けるの、さすがにちょっとキツいんだわ。同じ部屋に寝泊りとかできないだろう? 俺だけなら『士』の宿舎に転がり込むとかできるけど、女連れては無理だし」
ハッとしてまた困惑顔に戻ったエストに、レンドールは続ける。
「エラリオの貯金もあんまり減らしたくないだろ。金になる技能持ってんだから、形にしとこうぜ。住むとこ決まったら、しばらくは俺も近くにいて『士』が目をかけてるって印象付けてやるからさ」
知らない町でひとり暮らす不安はあるだろうけれど、長い目で見ればエストにもプラスになるはずだと、レンドールは言葉を重ねる。
雇われよりは店を持った方が好きな時に休めるとか、エストが望むなら薬草採取の護衛は今まで通り引き受けるとか、月一のエラリオとの逢瀬には必ず呼ぶとか……
やがてうんざりしたのか、エストは渋々と首を縦に振った。
「……わかった。ひとまず、試験は受けるわ。でも……受かるかどうかわからないし、試験にだってお金かかるでしょう?」
護国士の試験もタダではないが、薬草取扱者はもう少し門が狭い。それなりの額を出せる者だけが中央での商売の切符を手にできる。そういう感じだった。
「貸しとくよ。踏み倒してもいいし、気になるなら後で返してくれればいい」
一瞬目を見張ったエストは深めのため息をついた。
「ちゃんと返すわよ……」
「別に急がねーし。聞いたら来月頭にちょうど試験日だっていうから、『司』のいる町で受験票もらって、待機しようぜ」
「え!? 来月頭って十日くらいしかないけど!?」
「年二回しかないらしいから、それ逃すと次は冬なんだよ。エストなら大丈夫だって」
「他人事だと思って!!」
へらりと笑うレンドールをエストは睨みつけた。
やることが決まれば、レンドールの行動は早かった。北の辺境から二日ほどかけて南下し、以前にアロやリンセと立ち寄ったプライアという町で受験の手続きをする。南の湖を渡れば中央都市まで半日の場所だが、北には大きなプラデラ、湖の対岸、中央側にも町があるので、観光客も少なく落ち着いた雰囲気だ。試験日まで過ごすにはちょうどよかった。
特に勉強などしなくとも問題ないとレンドールは思っていたけれど、不安そうに使い込まれたメモを見返すエストに、少々値の張る薬学書を買ってやれば、また微妙な顔をされた。
パルファイなんかよりよほど役に立つし、後々まで使える。何が気に食わないのか……
そう、考えそうになってからレンドールは気づく。
(金で機嫌取ろうとしてるように見えんのか。そういうつもりじゃねーんだけど)
何か言われればそう言ったのだろうけど、結局エストは何も言わずその本を使っていたので、レンドールも特に弁明することはなく……試験の日はやってくるのだった。




