表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/120

5-16 手合わせ

 こつんと棒同士がぶつかって、次の瞬間にはもうレンドールは後ろへ飛び退いていた。ただの棒切れが起こす風がレンドールの顔を撫でて、開いたはずの距離はすでにない。ひとつふたつと受け止めて、みっつめが来るタイミングより少し早く反撃する。

 ふっと消えるようにして、レンドールの目の前からエラリオがいなくなった。視線で追ったりせずに突き出した棒の軌道を下へと変える。

 エラリオは当然受け止めて、さらに絡めとろうと捻りを加え、逃げるレンドールに合わせて踏み込んでくる。

 レンドールは引くと見せかけた身体を横へと滑らせた。このタイミングなら、だいたいは後ろを取れる。だが、エラリオはそんなに甘くない。というか、レンドールがエラリオの動きを読めるように、エラリオもレンドールの動きを知り尽くしている。


 左のこぶしが横をすり抜けようとしているレンドールの頭に振り下ろされ、レンドールも左腕でそれを受ける。接触の時間は短い。

 お互い地を抉る急制動をかけて、まともに切り結んでいく。

 エラリオが足を払おうとすれば、レンドールはステップを踏むようにして逆に踏み込み、一撃を狙う。

 いなされ、今度はエラリオの突きを紙一重で避けることになる。

 お互い、決定打はなかなか出ない。


 それは、エストの思うような『軽い手合わせ』ではなかった。

 握っているのが剣でないとはいえ、まともに受ければ骨も折れるし、内臓も潰れるかもしれない。並の『()』ならば反射的に受けてしまうであろう角度の攻撃を、避けた上に反撃する軌道まで計算するレンドールは、本当に厄介だとエラリオの口元が緩む。

 本人はたぶん、そんなこと考えてもいないのだろうけど。


 辺りに薄闇が下りてきて、お互いの動きが見えにくくなる。それでも、黒の瞳はレンドールよりもよく見えているはずだった。

 距離を見誤ったのか、疲れからタイミングがずれたのか、レンドールの頬に浅い傷ができる。

 続けて薙がれた攻撃を身体を沈めて避けたレンドールに、エラリオはすかさず蹴りを入れようとした。

 レンドールはにやりと笑って、片手でそれを受け止める。


「ほんっと、お前、足癖悪いよなぁ!」


 そのまま足を持ち上げ突き放す。エラリオの上体が後ろにやや傾いたところへ追撃をかけた。

 エラリオの右脇腹を下から突き上げるようにして狙う。左手のガードは少し遅かった。


「……っぐ……!」


 クリーンヒットにはならなかったものの、顔を歪めてわずかに前かがみになったエラリオに、レンドールは勢いよく身を起こし、その頭で顎を打った。

 ぐらりと崩れ落ちそうになるエラリオを手を伸ばして引き寄せる。


「前回のお返しだ。ばかやろう」


 しっかりと抱きとめたレンドールの声がわずかに震えていたのを、梢の上の青鴉だけが聞いていた。




 エラリオはすぐに意識を取り戻した。

 闇は少し濃くなっていたけれど、レンドールはエラリオを受け止めた姿勢のままだったので、エラリオが意識を失っていたのは本当に少しの間だけだった。


「手加減ないじゃん」

「どっちがだよ」


 支えているレンドールを押しやろうとして、エラリオの足元がふらついた。


「肩貸そうか?」

「あー……」


 レンドールの腕を掴んだまま少し思案して、エラリオは「それがいいかな」と、レンドールの肩に自ら腕を回す。

 歩き始めると、エラリオは小さく笑った。


「ってて……なんか、すごい悔しい気がする」

「なんだよ。負けたの久しぶりか?」

「うん。負けられなかったから」

「くそ。軽く言いやがって……()()にも負けんなよ」


 レンドールに視線を向けたエラリオは、しばらくじっとレンドールと目を合わせて(この時はレンドールもそうだと感じていた)柔らかく笑った。


「……そうだね」

「マジお上品な顔してるくせに、やることは意外とえげつないんだよなぁ。それで? 話は?」

「あとで。もう少し確認したいことがある」

「確認?」


 エラリオはただ頷いた。

 小屋に着くころには星も瞬きだし、漏れる明かりにひらひらと集まる虫もいる。

 エラリオを抱えたままでは上手く扉を開けられなくて、レンドールは足でノックした。


「エスト、開けてくれ」


 怪訝そうな顔でガタガタとドアを開けたエストは、レンドールが抱えたエラリオを見て顔色を変えた。


「エラリオ!? ……なんで!?」


 反射的にか、レンドールを見上げるエストの瞳に恨みがこもる。

 と、がくりとエラリオの膝から力が抜けた。レンドールもバランスを崩しそうになって、慌ててしっかりと力を入れる。


「エ……スト」


 囁くように呼ばれて、エストはハッとしたようにエラリオに手を貸した。


「少し休めば……大丈夫だから。前回、レンが意識を失ったほどでは、ないよ」


 その言葉に、エストはもう一度レンドールに目を向ける。今度は少し困ったような顔をしていた。

 毛布の敷かれた場所にエラリオを座らせると、彼は壁に背を預けて一息ついた。


「どこか痛む? 見せて」

「大丈夫だって。でも、そうだな。そこの荷物に薬が入ってるから、取ってくれる?」


 部屋の隅にある鞄を指差してから、エラリオはレンドールへと視線を向けた。


「……どちらかというと、手当てがいるのはレンだと思うけど」

「……あ?」


 鞄に手をかけたまま振り返ったエストは、そこでようやくレンの頬の傷に気が付いた。


「いらねーよ。もう血も止まってる」


 ぐいと手の甲で固まった血の跡を拭って、小さく聞こえた遠吠えに反応して踵を返した。


「ちょっと辺りを見てくる」


 エストが止める間もなく、レンドールは外へ出てしまう。エラリオは小さく笑っていた。

 取り出した薬の包みを開いて、水筒と一緒にエラリオに差し出す。それはエラリオの調子が悪い時にいつも飲んでいた薬だった。熱さましのような効能があるらしいけれど、他人に処方したことはない。


「調子、悪いの?」


 エラリオはやんわりと首を振った。


「ほとんど気休めだよ。でも、飲んだら効く気がするだろ」

「倒れるまでやらなくても。本気じゃないようなこと言っておいて……!」

「ちゃんと話せる程度だよ」

「……それは……そう、かも、だけど」


 前回も今回も、血を流しているのはレンドールだ。一方的にやられたわけではないと、エストだってわかっているつもりだった。


「エスト。レンは彼が自分で思っているより強いんだ。ちゃんと集中してごちゃごちゃ考えなければ、俺よりずっと。視えてたって互角止まりで、だから手は抜けない。レンが手加減してたら、そのうちケガじゃすまなくなる。でも彼は優しいから、今回だって一瞬意識を失った俺を倒れないように抱きとめてた。余計なケガを負わせないように。まったく。俺が魔物に飲まれていたら、格好の餌食だよ?」


 小さく肩をすくめるエラリオを見て、エストはきゅっと口を引き結んだ。

 言われた光景が彼女の目に浮かぶ。確かに、レンドールはそうするだろうと思えた。思えてしまうのが意外で、眉間に力が入っていた。


「……だから、あまり心配しないで。これは俺が望んでることでもあるから」


 エラリオは手を伸ばして、しかめ面になっているエストの頭にぽんと乗せる。


「お腹空いただろ? 盛ってくれないか。先に食べてしまおう」


 だからエストは、そういたずらっぽく笑ったエラリオに頷いて、鍋のそばに置いてある荒削りの木の器を手に取った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の地図
クリックするとみてみんのページで大きな画像が見られます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ