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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-15 半壊した小屋

 崖伝いにかろうじて続いている道は、レンドールの足の大きさとさほど変わらない幅しかなく、横歩きでじりじりと進んでいく。事前に二人はロープでお互いを結わえていて、どちらかが足を滑らせても、もう片方が支えられるようにしていた。

 レンドールはエストに支えてもらうつもりはなかったけれど。

 気を抜かないための戒めのようなものだ。幸い、薄曇りで風も弱く、遠くに視線をやればどこかの湖が木々の間から見えたりして、なかなかの絶景だ。


 できるだけ視線を上の方に留めているエストを横目で確認して、レンドールはよくついてきていると感心する。エラリオもここまでするとは思っていないかもしれない。

 地図上で見た感じよりも足場はだいぶ悪かった。エストに町に戻って待っているかと聞こうとして、先に「行く」と言われてしまえば、レンドールにそれ以上止める術はない。

 流れる汗が暑さのせいなのか、緊張のせいなのかわからなくなりながらも、ただただ足を進める。

 ようやく狭い足場を抜けて、ゴロゴロと岩の転がる場所に出ると、エストはへたり込んだ。


「背負っていこうか?」

「だ、大丈夫。少しだけ休ませてっ」

「冗談だ。ちょっと先を見てくる。影に入ってた方がいいぞ」


 腰のロープを外して、レンドールはちょうど影のできている大きな岩の方を指さしたけれど、エストは頷いたまま動かない。風向きが悪いのか空気も動いていなかったので、レンドールはしばし迷った挙句にエストを抱え上げた。


「え。や、ちょっ……と?!」

「陽に当たりすぎて倒れられたら困るんだよ。落とされたくなかったらおとなしく運ばれてくれ」


 微かに震える身体は極度の緊張から解放されたせいだろう。

 頬を朱に染めて顔を背けたエストも、さすがに暴れはしなかった。

 エストを日陰に移したレンドールは、そのまま進むはずの道を確かめに行く。

 想像よりも道らしい道がないのは、何度か崩れているせいなのか。岩から岩へ飛び移りつつ、一段高くなったところへと登っていく。ぐるりと見やれば、話に聞いた位置からだいぶ下、谷を埋めた土砂の上にぽつんと半壊した小屋を見つける。流されたのだろうが、大きな傾きはないようで、雨風はしのげそうだった。


 レンドールはちらりとエストのいる大岩の影を振り返って、エストの見えないところで一戦交えてしまおうかとも思ったけれど、泣いて怒られる気がして踏み切れなかった。

 がりがりと頭を掻いてため息をひとつ。

 結局エストのところまで戻り、彼女を連れて行くことにする。

 大岩を越えれば小屋が見えるとレンドールが告げれば、エストは気丈にも立ち上がった。




 歩みはゆっくりだったので、小屋に到着したのは見事な夕焼けが広がる時刻だった。

 小屋は近くで見ると壁が斜めになっていて、一部は岩に潰されていたりする。人が住むには平衡感覚も狂いそうな雰囲気だが、避難小屋程度の役割は果たせるのかもしれない。

 レンドールがためらいつつノックすれば、すぐに「どうぞ」と返ってきた。

 穏やかなエラリオの声に、エストがドアを開けようとして叶わなかった。押したり引いたりガタガタとやっていると、ガンっと大きな音とともに内側に開いていく。


「ごめん。歪んじゃってて開けるのにコツと力がいるんだった」


 ちょっと笑いながら出迎えたエラリオに、エストは少しだけ瞳を潤ませていた。そこにレンドールがいなければ、飛びついていたかもしれない。

 小屋の中にはいい匂いが充満していた。見れば地面がむき出しになっているところで焚火をしていて、そこに鍋がかかっている。


「ごちそうってほどじゃなけど。温かいもの、食べたいだろ」


 レンドールの視線に応えるように言ってから、エラリオはエストを見た。


「もう少し煮込んだ方がいいから、エスト、ちょっと見ててよ」


 そのままレンドールの肩に手を添えて、小屋の外へと促す。


「エラリオ! 着いたばかりで……食べたり、話したりしてからでもいいじゃない」

「駄目だ」

「なんでよ?」


 エラリオが答える前に口を挟んだレンドールに、エストは眉をしかめる。


「話さなきゃいけないなら、話せるくらいのダメージしか入れられないだろ。岩の上で寝たくなかったら、小屋燃やさないようにちゃんと見とけよ」


 ハッとした顔をしたエストを置いて、レンドールは先に外に出た。

 エラリオは確認するようなエストの視線に少し苦笑しながら頷く。


「そういうこと。だから、それを見てて」


 青の瞳の視界もエラリオはうまく利用する。前回と日もそれほど開いていないから、今回は本当に手合わせ程度にするつもりなのだとエストは理解した。気にはなるけれど、それなら……と彼女も頷いた。

 エラリオが外に出ると、レンドールは岩に潰された壁の方へ回って、握りやすい太さの枝を拾っていた。少し邪魔な枝を払って棒状に整えていく。


「剣でもいいよ」

「お前、小屋に剣置いてきただろ」

「気づいてたか」


 もう一本同じようなものを作って、レンドールはエラリオにそれを投げ渡す。


「前回ほどの殺気がねぇし」

「レンの左手も治りきってないみたいだしね」


 ぎちぎちに巻かれた包帯を指さすと、エラリオは可笑しそうに笑った。

 ブン、と音を立てて空を切り「いいね」と少し上を指す。

 レンドールはそちらに顔を向けて平らなスペースを確認してから、手にした棒でトントンと肩を叩いた。


「大げさなんだよ。ま、それで油断してくれんなら儲けもんだ」

「レン相手に油断なんてしないよ」


 レンドールはエラリオを振り返ったけれど、包帯の向こうの瞳が何を見ているのかわからなかった。


「……やっぱ、やりづれぇわ。それ」

「ふふ。いいハンデだと思うけど」


 レンドールは軽く肩をすくめて歩き出す。夕陽は西の山の向こうに落ちていた。すぐに闇が下りてくるだろう。

 平らとは言っても他の場所に比べたら、であって、その上、大小の石や岩が転がっている。レンドールは足元や大きめの岩の位置を確認しながら、何気ないように聞いた。


「……で? エストに聞かせたくない話でもあんの?」


 エラリオはにこりと笑うと、棒をレンドールへと向けて構える。


「まあ、まずやろう。暗くならないうちに」


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