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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-14 共闘

 レンドールの放った小さな玉は、藪の中で様子を窺っていたクマネズミの額に当たって砕けた。目と鼻が使い物にならなくなって、飛び出し暴れるそいつを蹴り戻し、隣の藪で反応が遅れたもう一匹を一閃。

 木の上にいるものを警戒しながら、右手から飛び出してきた二匹のうち、近い方を剣で()()()()()()

 そいつはエストに飛びかかったもう一匹を巻き込んで木立にぶつかり、藪の中に転げ落ちる。

 追いかけてとどめを刺したかったが、木の上から、小さな(つぶて)となってネズミが降ってきた。

 エストは今日もフードを被っている。少々当たったところで大丈夫なはず。と、レンドールは二匹のクマネズミと対しているエストの頭上に降るネズミを優先して払っていった。


 背中側で動いているレンドールの気配を感じつつも、そちらに意識を向ける余裕のないエストは、目の前の二匹に集中する。片方に斬りかかろうとすれば片方に牽制され、攻めあぐねていた。

 あまり集団で生活する生き物ではないはずなのに、きちんと連携が取れているようだ。

 さっきレンドールが吹っ飛ばした二匹が戦線復帰する前に片付けてしまいたいところではあるけれど……焦りも禁物なのは彼女もわかっていた。じっと機を待つ。

 時々頭上から降ってくる小さなネズミが、右側のクマネズミの頭上に落ちる。

 僅かに気が逸れた瞬間、エストは左のクマネズミを斬りつけ、ワンテンポ遅れて飛びかかってきた右のクマネズミに刃を返す。


 左手の藪が揺れたのを目の端に捉えて、エストはそちらに向き直りながら数歩退いた。

 クマネズミが飛び出してきたのと、エストの額のあたりに何かぶつかったのと、レンドールが割り込んだのはほぼ同時だった。

 目の前に細いネズミの尻尾がぶら下がって、エストは思わず振り払う。

 次にレンドールに意識を向けたとき、木の上にいたクマネズミが彼に飛びかかってきたところだった。

 数歩駆けて振るった剣を、そいつは宙で体を捻って避けた。


「……っこのっ……!」


 エストが剣を引き戻す前に、浮いていたクマネズミはレンドールの剣で地に叩き付けられた。

 レンドールはまだ数匹降ってきていた小さなネズミをちょいちょいと払い落としてから剣を収める。それから、ちょっと呆気にとられていたエストに首を傾げて、頬を掻いた。


「ネズミ、当たったか?」

「え。あ。うん……」


 エストが額に手をやれば、レンドールは「そのくらいは許せよな」と頭を掻く。

 レンドールが叩き落したクマネズミはもうピクリとも動かず、藪から飛び出した二匹も切り伏せられていた。よく見れば、小さなネズミもゴロゴロと落ちていて、エストが二匹を相手にしている間に、それらも処理していたのだろう。


「ケガはねぇよな? 俺、サポートはあんま得意じゃねえから……エラリオと比べられると困るんだけど」

「で、でも、そこから飛び出してきたやつには、ちょうどいいタイミングで来た……でしょう?」

「あは。だって、エスト、あいつに教えられた通りの動きするから。俺も動きやすかった」


 レンドールが「俺にもできる」と言ったのは、あながち誇張でもないのだと、エストはその場を見渡して思う。

 エラリオならば、エストに二匹を任せている間は守りに徹していただろうけど。


「……教えられた通りって、なんでわかるのよ」

「なんでって……あいつの動きに似てるから。このくらいなら全然余裕あるし、あんま心配ねーな」


 レンドールはひとり頷いて、クマネズミの体を検分し始めた。

 エストは余裕があったとは言えないので口を閉じたけれど、レンドールとエラリオの共闘は少し見てみたい気持ちになるのだった。


「……うん。黒化は出てない。早く対処出来てよかったな。もう集団で襲うようなのに出くわすことはねーと思うけど、念のため見掛けたらもう少し狩ろうな」

「私も狩るの?」

「当たり前だろ。できるやつはやれよ」

「でも、引き受けたのはレンじゃない」


 嫌というわけでもなかったし、やる気はあったのだが、なんとなく反発したくてエストはぷいとそっぽを向いた。事実、相談もなく男たちに勝手に約束したのはレンドールだ。


「……そうだったな。無理にとは言えねーけど、なんかやることあった方が、余計なことも考えなくて済むだろ」


 「余計なこと」にカチンときて、エストは地図を取り出して方向を確認し始めたレンドールの背中を睨みつける。「余計なことじゃない」と心の中で抗議して、反論を組み立てようとした。

 けれど。

 考えるほど、エストの心配は心配でしかなく、エラリオのためにできることも少ないと思えてくる。手がかりもなく六年もエラリオを探していたレンドールが、彼を心配していないわけもなく、それはつまり、彼もそうしてやり過ごしてきたのだと気づかされる。


 二人の再会の時、エラリオがレンドールを手にかける可能性があることに、エストは初めて気づいた。エラリオが簡単にレンドールに命を差し出すと思っていたわけでもないけれど、どこかで、優しい彼がそんなことをするわけがないと思い込んでいたのだ。

 黒の瞳の影響など受けたりしないと。

 レンドールと協力しなければ、彼を知らなければ、それも仕方ないこととあっさり受け入れたかもしれない。悪者を退治することになんの痛痒も覚えずに。

 けれど、今は。


(エラリオのバカ……)


 うつむいたエストの目の前に、飴玉の乗った手のひらが差し出される。


「疲れたか? まだちょっとあると思うから、そろそろ行くぞ。食える時に食っとかねーと、だからダメなんだ。空腹と寝不足はろくなことにならねぇ」

「だ、大丈夫よ!」


 言いつつ、エストは飴玉をひったくるようにしてもらい受けた。

 レンドールの心配は的外れではあったけれど、隣の的には当たっていたのだ。

 時々現れるクマネズミや攻撃性の高いチスイネズミなどを狩りつつ森を抜けると、地が割れて大きな段差になっている場所へと出る。

 エラリオはその崖っぷちを進んだ先にいるらしい。

 エストの隣で、レンドールが一度、大きく深呼吸した。


 

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