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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-13 小さな被害

 西と東を山に挟まれてはいるものの、窮屈な感じはなく、町と言ってもかなり長閑な集落だ。

 ただ、これといった特産はないようで、麦や野菜などの畑が多い。そこで完結してしまう暮らしは、変化を求める若者には少々退屈だろうと思えた。


 まだ明るいけれど、陽は傾き始めている。宿をどこにしようか探しながら歩いていると、ある店の前で男が数人頭を寄せ合って話し込んでいた。足元にいくつか、かまぼこ型の箱が置いてあって、気になったレンドールはつい、足を止める。


「気のせいじゃないだろ?」

「……だがなぁ。山狩りするほどでもないし」

「この先被害が増えたら、冬が心配じゃねーか」

「特に天候不良でもねぇし、山の食料も問題ねぇと思うけどなぁ」

「これ以上増えると、変な病も出てくるぞ」


 どことなくトーンの低い話し声に、レンドールは思わず口を挟んでしまう。


「なんかあったんすか?」


 一斉に向けられた目は、『()』の制服を確認すると一同ほっとしたように緊張を解いた。


「いや。大した話じゃねーんだが……」

「ここんとこネズミが増えてて。作物の新芽を食ったり、種を掘り返して持って行っちまったりするもんだから、罠を仕掛けてたらよ」

「普通のネズミだけじゃなくて、クマネズミだのリスだのもかかり始めて、この先増えるようなら困るなぁと……」

「まだ害獣被害というほどでもないから、どうするっていう具体的な話も進まなくて、まあ、そんなわけで。あんたは見掛けない人だね? こんな何もない町になんか用事かい?」

「彼女の知り合いを探してるんだ。いい宿があったら教えてくれよ」


 男たちは顔を見合わせた。


「そうだな。娘さんがいるなら、この先の黄色い花の描かれた看板の宿がいいかもな。女主人で、こまごまと気遣ってくれるだろう」

「ありがとう。行ってみるよ。明日には西の山のほうに入るけど、目につくネズミ類は駆除しておこうか? 本格的にやれるほど手は空いてねぇんだけど」

「本当か!? いや、少しでも助かる! それぞれ仕事もあるもんだから、わざわざとなるとためらっちまってて」

「だよなぁ。まあ、それでも酷くなるようならちゃんと依頼出すといいよ」

「ああ、そうする。じゃあ、後で礼代わりに宿に差し入れ持って行ってやるよ!」


 少し表情が明るくなった男たちはそう言うと、三々五々散っていった。

 かまぼこ型の箱はネズミ捕りだったようだ。

 教えてもらった宿に部屋を取り、それぞれの部屋の前まで来た時、ふとレンドールは思い付きを口にした。


「もしさ、エラリオとまた筆談できるようなら、あいつにも伝えてくれよ。狩るならネズミ類にしろって」

「いいけど……上手くいくかはわからないわよ?」

「やらないよりはマシだろ。無駄な狩りも減らせるし」


 そうねとエストは頷いて、夕食までの時間はそれぞれで過ごすことにした。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。

 エラリオは土砂崩れで半分埋まって放置されている山小屋に身を落ち着けているようで、さすがのレンドールも正確な位置はわからなかった。薬草屋や町常駐の『士』に山で崩れた所がないか聞いて回ることから始めて、出発は少し遅れることとなる。

 近隣の細かい地図が手に入ったのは幸運だったかもしれない。

 万が一迷ってもいいように、少し準備も厚くした。昨夜もらった差し入れの中に、アルコール度数の高い酒と誰かの奥さんの手作りクッキーがあったのもよかった。

 万全の態勢で山に分け入っていく。


「最悪は野宿することになるけど」

「エラリオとは何度かしてるから大丈夫」


 そんなことで文句は言わないと、エストは眉を顰める。暖かい家でまともに寝られるようになったのは、割と最近のことだ。

 レンドールは軽く頷いて、後はただ前を見据えた。

 夏を先取りしたような強い日差しが照っていたけれど、木々に遮られた山の中の風は涼しい。それでも歩き続けていると汗はとめどなく浮いてきた。


 湧水を見つけて水筒に水を補給した後、下りになった獣道を進んでいる時だった。

 レンドールが足を止め、振り向きざまに剣を振り上げた。

 ぎょっとしたエストの目の前に、真っ二つになったネズミが落ちてくる。一つ息を呑んで動揺を押し込め、レンドールの視線を追う。上へ。


 張り出した枝の上に猫が――いや。耳が丸くて鼻先が少し長い。クマネズミが、二人を窺うようにしていた。周囲に普通サイズのネズミも何匹が見える。クマネズミの子なのか、普通のネズミなのかは判断しかねた。

 ガサリと、今度はエストの耳にも葉を揺らす音が聞こえる。

 視線を下に移せば、こちらにも草叢から鼻先を覗かせたクマネズミがいた。ハッとしてよく見れば、周囲をいつの間にか囲まれているようだ。


「上のあいつを入れて、でかいのは七匹かな」


 レンドールの言葉にエストも数を数えてみるけれど、顔を出したり引っ込めたり、移動するものもいて全部は把握できなかった。

 一匹を目で追っていたレンドールとエストの目が合う。とたんにレンドールはバツの悪そうな顔をして視線を逸らした。


「今はちょっと我慢してくれよ。さすがにこの数だとパチンコじゃ対応できねぇ」


(いつまで気にしてるのよ。それがあなたの仕事なんでしょう?)


 もう怖くないなどと言ってやる気はエストにはなかったけれど、代わりに彼女も剣を抜いた。


「何も言ってないじゃない。人を襲うようになってるなら、きっちり狩っておかないと」

「……そうだな」


 レンドールは拍子抜けしたように一度瞬いて少し笑うと、エストと背中を合わせるように位置取った。邪魔だとか引っ込んでろとか言われなくて、エストはホッとする。

 正直なところ、エストはこの数に囲まれたことはなかったので、半分ははったりだったのだけれど。


「小さいのに構うな。でかいのだけ狙え」

「……っ。わかった」


 意地を張っても仕方ないと、ここはレンドールの指示に素直に従うことにする。

 ピンと張りつめた空気は、レンドールの放った目つぶしの玉で慌ただしく動き始めた。

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