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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-12 ティトの見たもの

 お祈りしていた少女たちは戸惑うエストの手を奪いあい、ティトとレンドールはふざけあう少年たちをどうにかまっすぐ歩かせて、孤児院や集合住宅などに送って行く。

 話を聞けば、六年前レンドールたちと別れた後、ティトは迷った末に北方士団に直接相談しに行ったらしい。入口で止められてやいのやいのやっている時に、地方からやってきていた『()』の一人が面白がってあれこれ世話を焼いてくれたのだと。


「普段だったらそこまでしてくれる人に会えなかったかもしれないから、あのタイミングでレンに叱ってもらったのは、本当に運が良かったんだよな。その人が試験の時にまとめた資料を譲ってくれて、どうにか取っ掛かりが掴めて……だから、あの礼拝堂もどきにその資料は置いてある」


 最後に、リーダー格の少年が明かりのついていない家に入っていくのを手を振りながら見送って、ティトは笑った。


「あいつも、『士』を目指すって言うから」

「頼もしいな」

「だよな。頑張らなきゃって、さすがに思う」


 宿の方へと足を向けて、レンドールもがっかりされないようにしようと決意を新たにしたところで、ティトは「そういえば」と、眉を顰めた。


「レンは巫女が倒れたって噂、知ってる?」

「ああ、中央でちょっと耳にした」

「俺さ、資格証の授与式の後打ち上げで飲んでてさ」

「懐かしいな!」


 その時、神託を受け取ったのだったとレンドールは思い出す。


「レンは()()()()()だもんな。俺たちはそんな劇的なことはなくて、飲んで騒いで……トイレに行き損ねてて、外に出たらやっぱり我慢できなくてさ。庁舎の裏に回って木陰に飛び込んだんだ」


 レンドールは気持ちが解るのでニヤついていただけだけれど、エストは少し眉を顰めていた。


「もらさず済んだと気が緩んだところで、「何をしているのです」って咎める声がして。そりゃあもうビビってさ。ビクビクしながら振り返っても誰もいなくて。そっと辺りを窺ったら、二階か三階か、ちょっと高い所の窓が開いてて、誰か立ってたんだ」


 黙って頷いて、レンドールは視線で先を促した。


「うっすら明かりが漏れてて、白い服の女の人だった。髪も白くて長くて……でも、顔は布面で隠れててわからなかった。ぼんやりと空を眺めてる、ように見えた。空に手を伸ばすみたいに持ち上げかけて、ふうっと前のめりになったんだ。落ちる!って思ったんだけど、その前に中から別の人に支えられてさ。そのままぐったりとしちゃったんだよ。あれ、『白の巫女』だったんじゃないかって、思って……前から体調悪かったんじゃねーかなって」

「……なんか、身体が弱い話は聞いた気がする。『預言』は負担も大きいみたいで。巫女老も一人亡くなってるし、心労とかもあんのかもしんねーな。王様との謁見の時だか、謁見した後だかに倒れたって俺は聞いた」

「そうなんだ……信心深い婆ちゃんとかがさ、魔物が戻ったんじゃないかって不安そうにしてて。最近また魔化獣も増えてきてるって」


 エストのこぶしがぎゅっと握られたのを、レンドールは目の端で見ていた。


「関係ねーよ。魔物が出る前から魔化獣はいただろ。魔物捜索で魔化獣も沢山狩られたから少なくなってただけで、時間が経てばそりゃ増えるだろ」

「そうだよな」

「それに、それを狩るのが俺たちの仕事だろ。「俺が狩りに行く!」って安心させてやればいいだけじゃん」

「あは。そうだな。今度会ったら言っとく」


 宿の前で明るく手を振って、ティトは『士』の寮に帰って行った。

 エストは少しの間その背中を見つめていたけれど、すぐに踵を返してドアに手をかける。レンドールは表情の見えなくなったエストの後に続きながら、独り言のように呟いた。


「エラリオは、狩る側だろ」


 瞬間だけ歩みを止めて、でも振り返らずに、エストは二階への階段を上って行くのだった。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、いつものように朝食を食べながら、エラリオがどの辺りにいるのか見当をつける。レンドールの睨んだ通り、渓谷沿いから少し内陸へと向かってくれていた。

 ティトの話を聞いてから、エストは元気がないように見える。何を考えているのか、細かいことはレンドールには判らないけれど、エラリオを心配しているのだということだけは解った。解ったからといって、かける言葉を彼は持たない。そこにある現実を下手に軽んじる訳にはいかなかった。


 エラリオが魔化獣をつくり出すきっかけになるのだとしても、それを狩るのも彼のはず。増えているのなら、それはまた別の要因だ。それはもう伝えたのだから、それ以上はエストの気持ちの問題であって、レンドールにはどうしようもない。

 エラリオが……黒の瞳がそこにあっても無くても魔化獣は発生する。発生して人々に迷惑をかけるなら狩る。それだけだった。

 ちっとも口元に移動しないスプーンを見て、レンドールは余計なこととは思いつつ注意する。


「食えよ」

「……うん」

「食わないと、いざという時動けねーだろ。倒れたら置いてくぞ」

「うん……」


 エストはようやく一口、煮込まれた野菜のスープを口にする。


「……訂正する。倒れたら、背中に括りつけていく」

「うん……えっ?」

「嫌なら食えよ。せめて半分」


 レンドールはエストがきっかり半分食べ終わるまで見張って、それから自分の食器を片付けに行った。エストは少し迷って、結局そこで食べるのをやめた。レンドールは何も言わなかったけれど、代わりにポケットから飴を取り出す。中央で買ったものだ。


「口開けろよ」

「え?」


 慣れた手つきで包装を外して、流れるようにエストの口元へ差し出す。エストが戸惑いつつも少し口を開けると、レンドールはそこに飴を押し込んだ。


「巫女が食べてたって言ってただろ。きっと栄養価が高い。少し渡しておくから、疲れたと思ったら食っとけ」


 手のひらに三つ四つ握らせると、エストはしばらくじっとそれを見下ろしていた。

 宿を引き払い、騎獣を借りに行く。この日は特に問題なく、目的の町まで辿り着くことができた。


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