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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-11 思わぬ再会

 レンドールもエストも、子供たちを振り切ることはできた。ただ、力任せに引き剥がすほどの危険も感じない。レンドールがエストに視線を向けると、頷きが返ってきたので、おとなしく従うことにしたのだ。周囲からは、どこかの店の手伝いで子供たちが客引きしているように見えるかもしれない。

 それでも暗がりから怪しい大人が出て来やしないかと、レンドールは警戒を怠らなかった。


 最終的に到着したのは人気(ひとけ)のない二階建ての建物で、子供たちは壊れた門扉を潜り抜けるようにして敷地に入り込んでいく。

 窃盗団の隠れ家の一つかもしれないとレンドールは記憶を掘り起こしていた。

 子供たちの顔に覚えはない。六年も経っているし、一番大きい少年でも十歳に届いていないだろうから、当然だろう。兄弟でもいて、レンドールの特徴が共有されているのだろうか。

 少しだけ眉を寄せて、リーダー格の少年を窺ってみるけれど、やはり腑に落ちない。

 六年前も少々聞き込みはしたけれど、少年たちと直接関わりはしていないのだ。


「こっち」


 子供たちは正面の建物ではなく、前庭の隅にある物置小屋のような所に向かった。

 ドアを開ける瞬間、レンドールは身構えたけれど、中には誰もいなかった。後ろに回った子供たちに背や尻を押されて中に入る。ろうそくランプがひとつ置いてあるきりの薄暗い空間。正面に白いものが置かれていて、よく見ると小さな像のようだった。欠けたり罅が入ったりしているけれど、女性を模しているのがわかる。

 床には毛布が敷かれていて、レンドールとエストはそこに座らされた。


「……なんだ、ここ。礼拝堂、か?」

「そんな立派なもんじゃねーけど。避難場所、みたいな」


 そんなところにどうして。

 顔に出たのだろう。少年はニッと笑うとドアの前に陣取った。


「ちょっと待っててくれよ。会わせたい人がいるんだ」

「誰だよ」


 少年は、それ以上は答えなかった。


「あんまり遅くまでは付き合わねーぞ」


 一息吐き出して、レンドールは近くにいた少女に手にしていた紙袋を渡す。不思議そうな顔をするので「分けろ」と袋の口を開いた。とたん、少女の顔がぱあっと輝く。なんだなんだと数人寄ってきて、皆同じように目を輝かせた。すぐに押し合いになって、ドアの前で番兵よろしく立っていた少年が止めに入る。


「押すな! 何渡したんだよ?」

「揚げ菓子。たぶん、足りると思うけど。余りそうなら彼女にもやって」


 辺りを見渡していたエストはぎょっとしたようにレンドールを振り返った。


「子供と一緒にしないでよ!」

「は? 喧嘩になるよりいいだろ」

「一人ひとつだぞ」


 次々と紙袋に手が突っ込まれ、結局ひとつ残ったので袋ごとエストに渡される。エストはちょっと複雑そうな顔をして、何人かの食いしん坊な子供たちの視線を感じると、観念したように口に入れた。


「あの像、どうしたんだ?」

「捨てられてたから拾ってきた。ただたむろしてると疑われるけど、アレがあればお祈りしてるって誤魔化せるんだ」

「なるほどな。誤魔化すって俺に言っていいのか?」

「すぐ出てくんでしょ? 昔の窃盗団ほど悪いことはしてないよ」

「昔、ね」


 レンドールも長いと思うのだ。子供の六年は大きい。


「窃盗団、無くなったのか?」

「うーん。団、ではなくなったかな。取り締まりきつくなったし。個人ではちらほら」

「そうか……」


 少しは改善されたと思っていいものか。


「私も昔、白い像に祈ったことあるわ」


 ぽつりと、エストが言った。


「もっと大きな像で、食べ物やお花がたくさん添えられてた」

「ふぅん。願いは叶った?」


 少年を一度振り返って、エストはまた小さな像に視線を戻す。


「……そうね。その時の願いは叶ったのかも」

「ほんと!? じゃあ、わたしもおねがいする!」


 何人かの少女がエストの隣に来て跪いた。手を組んでお祈りのポーズをする。

 少年が苦笑したところで、ドアが勢いよく開いた。

 ふざけ始めていた少年たちも、お祈りを始めた少女たちも、ドアを振り返る。

 そこには、肩で息をしている若い護国士(ごこくし)が立っていた。


「お、お前たち……」


 嗜めるようにぐるりと視線を巡らせて、その『()』はレンドールに目を止めたとたん、ハッと息を飲んだ。

 転がり込むように中に入ってきて、レンドールの前に膝をつく。こぶしを胸の前に持ってくる『士』の敬礼をしながら、彼は緊張した面持ちでレンドールを見据えた。

 明るい茶の髪に(はしばみ)色の瞳。見覚えがあるような、ないような。


「レ、レンドールさん、ですよ、ね? 魔物を()()()()()

「そうだけど」


 名前はともかく、顔はあまり知られていないはずなのになと、レンドールは慎重に頷いた。対応が面倒なので普段は「レン」で通している。


「覚えてないかもだけど、俺、あなたの()()盗った……ティトです」


 指差された腰の小袋と、その名前に幼い少年の顔が思い起こされた。


「え。ティト? あの? 『士』に? マジか!」

「はい!」


 ハッと像を振り返って、子供たちに入れ知恵したのが誰なのか納得する。酷く嬉しくなって、レンドールは破顔した。


「って言っても、すぐには無理で……今年ようやく、なんですけど」

「それでもすげーよ! え。でも、なんで俺の名前? 俺、名乗らなかったよな?」

「「レン」って呼ばれてたのは聞いてたから……あの後、魔物を追い払ったのが「レンドール」って人だって聞いて、きっとそうだって……俺、もう一度会ったら絶対礼を言うんだって決めてて……」


 ティトは涙ぐんで、一度口を閉じた。

 レンドールはその頭をわしわしと撫でつけたものの、じっと見るエストの視線に気付いてしまい、彼女にとっては複雑な心境になる話題かと、軽く咳払いをして居住まいを正した。


「いや……まあ、俺が直接追い払ったんじゃないんだけどな。だから、その話はそこまで! この町に配属なのか? 川向こうの町じゃなくて?」


 ティトはぐいと袖で目元を拭ってから、ニッと笑う。


「俺、こいつらの気持ちわかるからさ。少しでも改善したくて。受かる前から通ってて。やっと一歩だけど、頑張ろうって。このタイミングで会えて良かった。ただの旅行……じゃ、ないですよね?」


 ちらりとエストを窺ったので、レンドールは苦笑した。


「依頼人だよ。人探しをしてる」

「そっか。士長に聞いてみたけど、どこにいるかわからんって言われたのは、そういうことか」

「国中フラフラしてるからな。きっちり片付いたら、俺も村に帰りてーけど」

「村……どこなんですか?」

「南の方のティサハって辺境」

「じゃあ、レンドールさんが戻られたら、訪ねていきますね」

「レンでいいよ。何もねーから、覚悟して来いよ?」


 レンドールが肩を竦めて、二人は大いに笑った。


「ゆっくり話したいけど、もうこいつらも帰さなきゃだし、お連れさんにも悪いから……」

「私は、いいけど……」

「子供たち送って行くなら、一緒に行くよ。俺たちも宿に帰るとこで用事はなかったから」


 エストも頷いたので、ティトは嬉しそうに笑って立ち上がった。


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