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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-9 プラデラへ

 レンドールは、エストが危なげなくシエルバを走らせているのを確認してから、一旦西へと騎獣を向けた。畑と林を越えてから街道と並行に走る道に入る。僅かな上りになっているそれは整備された道ではない。草に覆われた細道を駆け上がっていく。

 時々、木々の切れ目から街道の様子を伺う。先を走るはずのエストのシエルバは、思惑通り速度を落とし、少し先を行くばかりに見えた。


「よし。ちょっと荒っぽいが、()()()は大事だよなぁ?」


 レンドールは彼の乗るシエルバの首元を軽く叩きながら、同意を求めるように独り言ちる。それから一気に速度を上げた。

 両脇の木々の梢が徐々に低くなっていき、細道は幅を広げ小さな広場へと出る。そこから街道の方へとゆるくカーブした先は、ちょうど街道と交差する手前ですっぱりと無くなっていた。

 その落差五メートほど。

 崖先までの五十メートの間にエストのシエルバとの距離を測り速度を合わせる。

 鐙から足を外して、レンドールは渇いた唇を舐めた。


「後も頼むぞ」


 勢いを殺すことなく、レンドールを乗せたシエルバは崖から飛び出した。

 頭上に現れた影にエストが顔を向けた時には、もう影が二つに分かれていた。エストがギョッとしたように、エストのシエルバも身を固くする。

 レンドールのシエルバはエストの頭上を飛び越えて着地したが、レンドールはそこに乗っていなかった。背後の衝撃と、肩に置かれた手に押されて、エストは手綱から手を離しそうになった。

 それを後ろから抱え込むようにしてレンドールが支える。


「おっと。ほら、しっかり掴めって。まだ止まってねぇ」


 レンドールが手綱を思い切り引いたタイミングで、二人を乗せたシエルバの前にレンドールが乗っていたシエルバが飛び出してくる。前脚を上げて棹立ちになるシエルバを、エストを前に抱えたままレンドールは御しきった。

 エストも、エストのシエルバもしばし呆然としていた。エストなど、呼吸も忘れていたくらいだ。


「おい? おーい。どこか痛いか? ちょっと肩借りたけど、そこまでじゃなかったと……思うんだが」


 ゆっくりと振り返ったエストは、キョトンとしたレンドールを見て、ようやく深く息を吐き出したのだった。



◇ ◇ ◇



 レンドールの乗っていたシエルバは、道端の草を食みながらおとなしく待っていた。

 シエルバから降りて、レンドールに文句の一つでも言ってやろうと思っていたエストだったけれど、足はふらつくし、今更のように心臓は早鐘を打つしで口を開く余裕はなかった。

 いきなり道を反れたと思っていたら、突然空から降ってきて、エストの思っていた〝合流〟とずいぶん違う。ふらついたところを隣で支えられて、それもなんだか悔しかった。


「……信じられない」

「え? なに?」


 たまらず落とした小声にレンドールが覗き込んできたので、エストは何でもないと頭を振った。


「怪我はしてないよな? ちょっと座っとけ」


 そう言ってエストを座らせると、レンドールは荷物の中から鞭を取り出してエストを乗せていたシエルバの前へと進み出た。少し冷たく見える軍人の表情で、エストもドキリとする。

 レンドールは鞭を軽く手のひらに打ち付けながらシエルバを見据えた。何度目かにビシリと強い音を出せば、シエルバはビクリと身を震わせて一歩引く。


止まれ(パレ)


 強い口調ではなかったけれど、シエルバはすぐに動きを止めた。


待て(エスペラート)


 お尻を下ろして姿勢よく、しかし顔は緊張したままレンドールの言葉に従う。レンドールは鞭の音を響かせながら、わざとゆっくりシエルバの周りを一周した。

 元の位置に戻ると、さらにいくつかの命令を出す。「立て」「下がれ」「回れ」。全ての命令にきちんと従ったのを見届けて、彼は両手を腰に当てた。いつものレンドールの態度と表情に戻る。


「出来るんならちゃんとしろよ。その方がカッコイイ」


 シエルバに伝わっているのかどうか、エストにはわからなかったけれど、そうしているうちに彼女も落ち着きを取り戻していた。

 レンドールが振り返る。


「そろそろ行けるか? こっちには俺が乗ってくから、そっち使え」


 草を食んでいた方のシエルバが、指を差されて頭を上げる。そのままエストの傍までやってきた。




 シエルバを交換してからは順調だった。何度か休憩を挟んで北の要所、プラデラへと到着する。宿を定めて夕食へと行くのは、そろそろ二人の間でも定着してきたところだ。

 ある程度お腹が満ちてから、エラリオの動向を探る。レンドールが思った通り、急いで移動しているわけではないようだった。


「今は渓谷沿いを北上してるんだな?」

「そう。狩りをするときだけ森に入ってるんじゃないかな」


 渓谷沿いはぐるりと簡単に歩けるわけでもない。山脈が削り取られたようにして並んでいる所もあれば、端まで木や草が覆っているところもある。それらしい平らな崖っぷちというのは意外と限られていた。

 王都からちょうど真西くらいかなと、レンドールは頭の中の地図で予想する。こちらがプラデラに着いたというのもエラリオは気付くだろうから、マナンティアから西の山を越えた山間の町の方へ進路を変えてくれるはず。

 進むべき道筋が見えてきて、レンドールはもう一杯麦酒(エール)を頼んだ。

 それを見て、エストが眉を寄せる。


「大丈夫なの?」


 レンドールが酒で乱れたところを見たことがあるわけではないが、いつもより量を飲んでいるのは確かだった。夜中にあの『(ツカサ)』が現れたら、と思ったのもある。

 レンドールはなんて事もないという顔で、少し首を傾げた。


「疲れただろ? 今日はもうゆっくりしようぜ。それとも、どこか行きたいところあんのか?」

「ない……というか、何があるのか知らないし……」


 んー、と唸りつつ、レンドールは腕を組む。


「女子が行くようなところ……劇場とか? 今何やってんのかは知らねーけど」

「そういうの楽しむ気分じゃない」


 伏し目がちにフォークで皿に残った野菜をつつく様子に、レンドールは肩を竦める。


「エストって人の多いとこ苦手だよな」

「そっ!……んなこと、ないっ。エラリオが、心配だし……!」

「まあ、俺も落ち着かねーけど。どこかで揚げ菓子でも買って戻るか。屋台がまだ出てるのは、都会のいいとこだな。あー。でもそういえばここ、少年窃盗団いたな……今もいんのかな」


 頭の後ろで手を組んで、レンドールは天井を見上げた。その目は過去の記憶を映している。それも、ジョッキが運ばれてくるまでの短い間だったけれど。じっとりと見つめるエストに、レンドールはニッと笑う。


「心配すんな! ガキにやられるほど酔ってねぇよ」


 エストは心配しているのはそこじゃないと、重たい息を吐き出した。


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