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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-6 接触

 エストよりまだ少し低い身長で、淡い金髪がまず目に入る。レンドールの着ているものと同じ形で青い制服は官吏のもののはず。田舎にいれば目にすることはほとんどなくても、気をつけて接するべき相手のことは知っていた。

 少年のように見える人物の口元は微笑んでいるけれど、明るい灰色の瞳はエストを観察するように見つめている。


「……えっ……」


 確信は持てないまま、一歩後退ったエストの手を掴んで、少年は人差し指を自分の口の前に立てた。


「中央に来た記念に、欲しいものがあるんじゃないの? 心配するようなことは何もないから、少し話を聞かせて」


 ゆっくりと離される手は、逃げても無駄だと言われている気になる。

 戸惑いつつも、エストは促されるまま、また人の流れに乗って歩き出した。隣に少年がついてくる。

 昨日ほどではないけれど、青い瞳がそわそわしている気がする。緊張でエストの胃がキュッと縮んだ。


「偶然見かけただけだから、そう緊張しなくても。すぐ戻らなきゃだから、少しだけだよ? レンは一緒じゃないんだね」

「今日は、……」


 何を答えていいものか、エストは言葉に詰まる。


「ああ、そう。喧嘩でもした? レン、女性に気遣いとかなさそう。まあ、僕には都合よかった」


 エストが少年を窺い見れば、彼はにこりと笑う。


「ずいぶん仲良さそうに見えたけど、そうでもないのかな。まあ、そうか。いきなり斬りかかられたら、怖いよね。恨むのも当然……だろうに。今はちょっと複雑ってとこ? かわいいね。でも、レンは貴女の保護者を斬るよ。すぐじゃなくても、いつか」


 動揺が目に出たのか、少年はにやりと笑って声を落とす。


「君たち、『外』に出たね? 『外』の記憶は取り出せないようにしてる。自分でやったことだけど、こういう時は面倒だ。答えたくても答えられないもんねぇ。大丈夫。手は出さないよ。レンとも約束したし」

「レンと……じゃあ、あなた、やっぱり昨日の……?」

「ふふ。どうだろうね? そう見える?」


 見た目だけの話なら、髪の色が違うので違うと言いたいところだけれど、エストは自分の髪も生来の色ではないと知っている。得体のしれない雰囲気は、むしろ同じように感じた。


「……わからない」

「そう。まあ、僕の目標は貴女じゃない。アレがなぜ中にあるのか、どうして彼と取り換えたのか……その青い目に視せてもらいたいだけ」


 灰色の瞳が、ゆらりと揺れた。それは銀色に波打ってエストに不安をもたらす。

 痛くもかゆくもない。

 どこも、触れてもいない。

 それでも怖くて、視線を外す。冷や汗が背を伝った。


「へぇ……だいたいわかった。レンはどこまでやれるかなぁ」


 銀色の揺らぎが収まると、エストも緊張から解放された。何もしていないのに、どこかぐったりと疲れた気がする。

 灰色に戻った瞳をすがめて、少年はポン、とエストの肩に手を置いた。


「来たるべき時を思えば、貴女はこれからもレンを恨んでおくべきだね。もし、貴女が選択を迫られて、レンを止めたいと思ったら……僕が手を貸してもいいよ」

「……え?」

「楽しみだね!」


 無邪気ともいえる笑顔を残して、少年は人混みの中へ紛れて行った。

 目立つ容姿をしていたと思ったけれど、すぐにわからなくなり、エストはぽつんと残される。

 何が起こったのか、何も起こらなかったのか、確かめる術はない。それでも何故かどこか懐かしい思いが過ぎって、エストは涙が出そうになった。

 いつか、同じように大きな力を持つ誰かが、傍にいたような。今の人物とは違う、もう少し温かい誰かが。


 気温は暑いくらいなのに、冷たくなった指先を温めたくて、エストは温かいお茶を買って休憩した。気持ちが落ち着いてきてから、エラリオの視界を覗いてみる。相変わらず山の中を歩いていて、時々立ち止まっては枝などを拾って地面に何か書いていた。

 手がかりでも残してくれているのかと気になって、エストはその文字に集中する。


『その 役人 連れて 来るな』


 直感で感じていたことを文字で伝えられて、エストは顔をこわばらせた。

 指で丸を作って『解った』と知らせる。

 レンドールに、夜まで別行動と言ってしまったことが悔やまれた。もしかして今すぐエラリオの元に駆けつけて話を聞いた方がいいのではないか。

 頭ではそう思いつつも腰は上がらず、エストはサイドの髪を指に絡めて小さく息をついた。


 少年に話しかけられる前に考えていたことが、気まずい思いとともに甦ってくる。

 自分だけが相手を嫌う権利があると、どこかで思っていなかったか。

 『突然親友が見知らぬ子供と自分の元を去った』ら、その子へ恨みが向いてもおかしくないのでは。親友の目を奪い、目の前に現れた者を「守る」と言うレンドールの本音は……

 時々突き放される態度も、そう思えば納得がいくのかもしれない。

 エストのレンドールに対する恨みの気持ちが薄くなり、冷静になってきたところへ降ってきた言葉は、彼女のレンドールへの今までの言動を我が身に返されたようだった。


(お互い様……と思えば、いいのかな……)


 剣を向けたことは謝らないとレンドールは言った。だから、親友の目を奪って自分だけ安全を手に入れたことも責める気はないと?

 レンドールならあり得る。

 じゃあ、もうそれでいい。そう、自分に言い聞かせて、ようやくエストは立ち上がった。

 自分も嫌い。相手も嫌い。エラリオを助けることだけ協力すればいい。最初から、そうだったはず――

 どこか重く沈んだ泥の塊を無理やり蹴散らすようにしながら、エストは宿へと足を向けたのだった。


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