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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-5 かけ違う想い

 ベッドから落ちて、誰かが部屋から出て行く気配に、レンドールはようやくはっきりと目が覚めた。

 落ちた時に打った肩をさすりながら身体を仰向ける。


「いて……つか、本物か……あぶね……」


 しばらくそのまま片手で顔を覆う。

 一人での行動の多いレンドールが朝誰かに起こされるなど、久しぶりのことだった。数少ない中でも女性にとなると、そういう商売の女性か、一夜の相手を探す後腐れ無い行きずりの女かだ。

 「昨夜(ゆうべ)」なんて、あちこち触れた後に女の声が言うものだから、つい都合のいい夢を見ているのだと解釈してしまった。

 エラリオの瞳に気付かなければ、そのままうっかりベッドに引きずり込んでいただろう。だから、本来ならばレンドールはあの瞳に感謝すべきところなのだが。


(お前の目じゃなきゃ、寝惚けましたって押し通したのに……)


 そんなことになれば、ますます嫌われると解ってはいるものの、本能の欲求に逆らうのは難しい。他人の目がある場所や山歩きなど、他に気をつけるべきことがある時はいいのだ。狭い部屋で、不意に距離が縮まると、触れてもいいのではと都合のいい思いが過ぎる。

 冷静な時は、エストがエラリオと接していた距離をうっかりレンドールにも適用してしまうと判るし、そこにいるのがレンドールだけだから、()()()()というのも理解できる。真面目なところがあるから、「協力する」と言った手前、歩み寄ろうと努力しているのも。

 ひとつ息を吐き出して、レンドールは勢いをつけて起き上がった。

 『レンの好みだと思うんだ』なんて言ったエラリオの笑った顔を蹴とばす勢いで。


(ああ、そうだよ! くそっ!)


 いつか見た、吸い込まれそうな黒の瞳を持つ今の彼女を想像しても、恐ろしさなど欠片も湧いてこない。むしろ、もっと囚われていたかもしれないと思う自分に呆れる。

 アレに魅了の力など聞いたことが無かったのだけど……無意識に目で追ってしまうのに、目が合うとエラリオに見られているようでいたたまれなくなる。不自然に目を逸らしても、欲求のままに手を伸ばしても、彼女の不快度は上がるに違いない。だからレンドールは、この先できるだけエストを視界に入れないようにしようと小さく決意した。

 彼女を救うためだったと解っている。黒の瞳を持つのが彼女でなければ、見逃される確率が高いと思うのは当然だ。エラリオは最善の選択をしたのだし、レンドールが彼女に剣を向けることもなくなったのだから良かったと、解ってはいるのだけれど。


(なんで取り換えたんだよ)


 結果的に未遂で済んで良かったのだ。エストと向かい合えば、レンドールはそう思うに違いない。けれど今、レンドールの心の内は、エラリオへの八つ当たりで占められているのだった。




 その後、レンドールがエストを見つけたのは宿の食堂でだった。

 気付かないふりで違うテーブルで食べようかと思いかけて、さすがに言い訳もしないのはどうかと保身が勝った。まだエラリオを追わなければいけないのだから、罪は増えても誠意は見せておくべきだろうと。

 朝食のセットをトレーに乗せて、窺うようにしてエストに声をかける。


「あー……そこ、いいか?」


 エストはレンドールを一瞥して、黙って頷いた。


「悪かった。朝方まで寝らんなくて……ちょっと、寝惚け」

「昨夜は何かあったの? なかったの?」


 硬い声がレンドールの言葉を遮るように被せられ、怒っているような気はするけれど、内容からは言葉を交わす気はあるようだ。


「あったと言えばあったっていうか……エストのところには行く気が無いようだったから、それはもう心配しなくていい」


 サラダをつついていた手を止めて、エストはうつむき加減のまま視線を少し上げた。


「私のところには?」

「俺んとこに来るのは慣れてるから、いいかって。エラリオのことも、しばらく預けてもらったから――」

「信用するの?」


 先ほどより棘のある声が訊く。


「信用するしかねーんだよ。俺には他にどうにもできねーし。少なくとも、今までの付き合いで隠されてることはあっても騙されたことはない……と思うし」

「そう。レンがそう思うならいい」

「……エストは、宣言通りこれからも俺が守るし……あー、まあ、だから、そういう予防の意味でも俺の部屋にはもう入んな。俺、マークされてるらしいし」


 きゅっと口を結んだエストの視線がレンドールの左手首に移った。


「報告はするけど、ちゃんと会わせないようにはするし、エラリオもこれ以上異変が無ければきっと大丈夫だ」

「マークって、また何か細工されたの?」

「されてねーよ。大丈夫だって。もし、俺たちに何かしたいなら、昨夜のうちに行動してるだろ」

「そうかもね」


 朝食を半分ほど残したまま、エストは立ち上がった。


「エスト、悪かったって。その、悪気があったわけじゃなくて。エラリオがどうしてるかも聞かせてくれよ……」


 一瞬、訝し気に眉を寄せてレンドールを見たエストは、次の瞬間少し頬を染めて視線を逸らした。


「つ、次は許さないから。誰と間違えたのか知らないけど!」

「え?」

「マークされてる話を聞いたそばからエラリオを追うの嫌よ。今日はお互い別行動にしましょ……夜、ご飯の時に一緒して報告するのでどう?」

「あ、ああ。いい、けど、でも」

「忘れてるかもだけど、私も剣は使えるわ。変なところにも遠くにも行かないから大丈夫」


 そそくさと背を向けて行ってしまうエストを、レンドールはため息をつきながら見送る。

 要注意人物に目をつけられている人間などに守られるのはごめんだ、ということか。わからないでもないので、レンドールにはこれ以上出来ることはない。好きにさせるだけだ。

 レンドールは、目の前の朝食にようやく手を付け始めるのだった。



 ◇ ◇ ◇



 トレーを片付けて、エストはそのまま宿を出た。剣は部屋に置いたままだったけれど、ナイフはポケットに入っているから、人の多い街中では充分だと思っていた。

 人の流れについていけば、広場に市が立っている。村とは規模が違って、扱われているものの種類が多い。

 人に流されるように露店を覗きながら、不意の風に乱れた髪をかき上げて、エストは同じ髪に触れたレンドールの手つきを思い出してしまった。間近に見た彼の瞳も。

 足を止め、乱れそうになる心臓を宥める。

 エラリオの慈しむ手つきとまた違うそれは、エストのまだ知らない大人の領域だということは判った。彼がエラリオの瞳に我に返らなかったら、どうなっていたのだろう?


(もっと嫌いになった……触らないでって叩いてた……)


 レンドールが触れていた場所に触れながら、そういう想像をしてみるけれど、あまりうまくいかなかった。伸ばされるレンドールの手は、瞳を抉る想像よりも、優しく髪を梳く感覚に取って代わって、胸の奥がコトコト鳴りそうになる。頭を撫でるエラリオの手とは違う、身体の奥がくすぐったいような感覚がまだ残っていた。

 どんなに意外でも、レンドールは誰かとそうやって過ごしたことのある大人なのだ。恨みの気持ちがあったとして、エストのように表に出すこともなく、友人を助けようと追い、失敗すれば自分の手で斬るつもりでいる。

 「レン」を知るほどに、エストは自分が情けなく思えてきていた。


「レンのこと考えてる? なら、それはちょっと買いかぶりすぎだと思うけど。何を見てるの? 何か気に入ったものがあるなら買ってあげようか?」


 ぼんやり商品を見下ろしていたエストの隣に立った人物が親し気に話しかけてきて、エストは肩を跳ね上げた。


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