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白の神、黒の魔物  作者: ながる
因縁の章

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5-3 夜中の訪問者

 片膝を立て、レンドールはいつでも剣を抜けるように構える。

 一歩踏み出したラーロはレンドールに気付いて足を止めた。


「おや。お迎えしていただけるとは」

「勝手に入ってくんなって言ってるだろ」

「いつも移動しているあなたに約束を取り付けるのは難しいじゃないですか」


 声を潜めているレンドールの様子に部屋の中を見渡して、ラーロはふっと笑った。


「ああ。彼女の部屋でしたか。心配性ですねぇ。そういうつもりではないので、場所を移しましょうか」


 言いながら剣の柄に手のかかっているレンドールの腕を引いて後退る。有無を言わせぬ力強さに前のめりにバランスを崩して、レンドールはドアを潜ることになった。

 背後で静かにドアが閉まって、一応周囲に配慮されているのだとは思えた。


「そ、そういうつもりじゃないって、じゃあ、どういうつもりだよ」


 ラーロはすでに奥へと進んでいて、足を投げ出すようにしてベッドに座った。

 廊下へ出たのかと思ったが、暗い場所はどうやらレンドールの泊まるはずだった部屋のようだ。


「現状を聞いておきたいだけですよ。行動するなら、それからですね」


 ポンポンと自分の隣を叩いて促されるけれど、レンドールはそこに座る気にはなれなかった。ラーロの正面に立って彼を見下ろす。


「ついでに言っておきますけど、私は彼女の泊まる部屋を把握していない限り、直接移動出来ませんから、寝ずの番は必要ありませんよ」

「えっ。じゃあ、俺は、なんで」

「レンとは一緒に寝た仲ですし……まあ、()もついてますから」

「あ!」


 左腕をさすって、レンドールはラーロと傷痕を交互に見る。


「消してもいいですけど、あなたの情報はもうだいぶ深く根付いているので、なくても変わりませんね」


 どうします? と、にこにこしながら手を差し出すラーロ。

 レンドールは諦めたようにひとつ息を吐いて、ラーロの隣にどっかりと腰を下ろした。


「変わんねーなら、そのままでいい」

「おや。本当に?」


 手を伸ばして、くすくす笑うラーロの面をめくり上げてみる。六年前と同じ、生意気そうな少年の顔がそこにあった。銀の瞳を僅かにすがめて、ラーロは小首をかしげる。


「嫌ですね。何を確かめてるんです?」

「六年て、短くねーけど」

「そうですね。彼女も黒の髪でなければ気付かなかったかもしれないくらいには、長いかもですね」

「……黒?」

「黒ですよ。見た目など、いくらでも変えられる。でも、本質は」


 面を押さえているレンドールの手を掴んで、微笑んだラーロの顔が少しぼやけて青年の顔へと変わっていく。そのまま皺が増え、老人の顔となり、やがて元の少年の顔へと戻った。


「面はめったに外しませんけど、他の人にはその人が思っているくらい成長して感じているはずなんですよ。あなたは本質の形を感じているのでしょう。興味や必要度に応じてムラはあるようですが。私とは近づき過ぎましたかね。口を封じてもいいんですが……」

「……吹聴する気はねーよ」


 にこりとラーロが笑う。


「レンは本当に僕に興味がないね。わかってしまうのが腹立たしい。もうちょっと命乞いとかしてよ」

「命乞いってなんかメリットあんの?」

「さあ。ムカつけばそこまでだし」

「だよな」

「……ねえ、僕脅してるんだけど」


 ぷう、と頬を膨らませて、ラーロはレンドールを睨み上げる。それが、アロの表情を思い起こさせて、レンドールは思わず笑った。


「なんでそこで笑うの!?」

「ああ。いや、悪い。脅されてるのは判るんだが……なんか、ほんと、変わってねーんだなと」

「君もね!」


 しばらくぷりぷりとそっぽを向いたラーロは、表情を引き締めると嫌味な笑みを作った。


「じゃあ、そうだね。あなたが寝ずの番をしたくらいだ。彼女の命を天秤に乗せたらどうだろう」

「それは、困るな」


 レンドールも薄く笑って剣に手をかける。


「もう解ってる気がするけど。僕に武器は効かないよ。あの青い瞳は、あなたの大事な相棒のだよね。黒の瞳はどうしたの」


 レンドールはしばし黙った。嘘は意味がないと解る。


「……黒の瞳の在処がわかったとして、どうなるんだ? また、国中に触れを出すのか?」

「質問に質問で返さないで欲しいな。でも、そうだな。状況次第ではそうする」

「あの黒い瞳が危ないものじゃなかったら」


 ふふ、とラーロは可笑しそうに笑った。


「危ないものだよ。持ち主の手を離れているのなら。制御のない力は暴走するだけ……とはいえ、私も実物を見ていないのでね。そうなる前に確認くらいはしたいんだけど」

「……しばらくでいい。俺に、預けてくれないか」

「やっぱり、見つけてるんだね?」

「まだ、なんの被害も出してない。どうにかできるかもしれない」

「無駄だと思うけど。彼の持つ黒の目を取り返して、私にその目を渡してくれた方が彼にとっても安全だと思うね」

「あの目は彼が死んだら渓谷に捨てることになってる。国に損害を出すつもりはない。だから」

「ちょっと待って」


 ラーロは眉を顰める。


「じゃあ、どうしてすぐ捨ててないの。あなたの相棒は力自体を欲する馬鹿じゃないと思ったけど。すでに魔物に魅入られてるってこと?」

「違う! ……取り換えたって。あの目は、今はエラリオの一部だ」

「はぁ? そんな、バカな」


 ラーロは立ち上がってレンドールの肩を掴んで揺すった。


「普通の人間が、あの力に耐えられるわけがない! 瞳を差し出しただけならいざ知らず、六年ものあいだ異常もなく? そんな……!」


 ピタリと動きを止めて、ラーロは天井を見上げた。ギリっと歯を食いしばる音が響く。


「おまえが手を貸したのか!! 今更……! どういうつもりだ、トント!」

「ラーロ」


 種類の違う怒りを纏うその腕を掴んで、レンドールは語りかけた。


「そっちの事情はわからない。でも、俺は護国士だ。国を護る義務がある。エラリオは俺を指名してる。エラリオに他の誰も傷つけさせたくない。頼む。やれるところまでやらせてくれ。危うくなったら、ちゃんと報告するから……!」


 揺らめく銀の瞳がレンドールを見下ろす。姿はそのままに、今の雰囲気はとても少年のものではない。消し飛ばされそうな圧を感じつつも、レンドールは視線を逸らさなかった。


「あれが暴走すれば、この国に残るのは私以外にない。あれはそれくらいのものだ。お前ひとりに出来ることなど無い」

「俺は彼女を守って、エラリオを助けて、二人を連れて村へ帰るんだよ。エラリオもあんたも、初めから諦めてんじゃねーぞ!」

「生意気な」

「少なくとも、俺は諦めなかったから六年かけてエラリオを見つけた! エラリオだって、簡単に負けるような賭けはしないはずだ」


 片眉を上げて、少し呆れたような顔をしたラーロは、小さく息をつくと目を閉じた。次に開いた時には揺らぎは消え、生意気そうな少年の表情が戻ってくる。


「バカには何を言っても無駄ですね」

「彼女にも手を出すなよ。容赦しねぇ」

「どうして今の今でそう言えるんですか……しませんよ。あの瞳が無ければ、ただの人ですから。時々報告を聞きに来ます。人々が騒ぎ出すようになったら、『()』を動かしますからね」

「そうか! ありがてぇ!」


 パッと笑顔になったレンドールは呆れるばかりのラーロの手を両手で握って、ぶんぶんと大きく振るのだった。


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