5-2 よっつ目の再会
白と見紛うほどの色のない髪。クリーム色の法衣に顔を覆う白刺繍入りの布面。
六年前と変わらぬ姿は、確かにラーロだと認めて、そのことにレンドールの背筋が震えた。
ラーロは店の中に数歩入り込むと足を止めて、レンドールとエストに順に視線を向けた。レンドールは反射的に二歩ラーロに歩み寄って、エストを背中に隠すように立つ。
「ラーロ? ラーロ、さん? すげぇ、偶然」
もう一歩踏み出して、面の向こうの視線を独り占めにする。
馴れ馴れしい口調にも返事はなく、微動だにしない様子が逆に緊張を煽った。
それも、数秒だったのだろう。背に一筋汗が流れるのを感じるのと同時に、ふとその緊張が緩んだ。
「……相変わらずですね。レン。少し背が伸びましたか?」
「そっちも、変わらねーな」
ふふ、と温度のない笑いを発して、ラーロはレンドールの左手を取り、ギザギザの傷痕に指を這わせた。
「探し物は見つかりましたか」
「どうかな。まだ、追いつけてない」
「そちらのお嬢さんは」
ぎゅっと、背中側でレンドールの服を握りしめるエストの気配がする。
「今の依頼人。人探しを、頼まれて」
「あなたは、探し物が得意ですからね」
「そうでもないけど……そっちは、どうしてここに? 休憩時間か?」
「いいえ。ここはドゥルセが退任したあと手をかけていた店で……ほら、あなたは飴をもらったでしょう? 彼女がドゥルセです」
「え。似てると思ったけど、マジ婆ちゃんの飴なのか」
「さすがに原材料が違いますから、同じにはできませんよ。あの飴は巫女が口にするものですから」
今更ながら貴重なものだったのかと、レンドールは頬を掻いた。
「じゃあ……あの婆ちゃんに会いに?」
「ドゥルセは半年ほど前に亡くなりました。お孫さんが店を引き継いでいるというので、この先、彼女の代わりに作っていただけるのか、相談に。あれは彼女が個人的に作ってくれていたものだったので」
「そう、なんだ」
レンドールは店員を振り向いて、「お悔やみを」と頭を下げた。
巫女老はみな年寄りだ。六年も経てば、そういうことがあってもおかしくない。
普通なら、ラーロも面の向こうは少し大人びているのだろうが、どうしてもそう思えなくて、レンドールは「じゃあ」と場所をラーロに譲った。エストも黙ってその動きに倣う。
奥に進んだラーロは、出て行こうとしたレンドールたちをわざとらしく振り返る。
「どうぞ、お気をつけて」
レンドールは振り返ったけれど、エストはうつむいて小さく震えていた。
その手を取って、足早に店を後にする。
そんなことはないはずなのに、ラーロの視線がいつまでもレンドールを追いかけているような気がした。
レンドールも、エストも口を開かないまま宿まで辿り着いてしまう。はたと気付いて、レンドールは握ったままだった手をそっと放した。
「ご、ごめん。あいつ……」
「あの人!」
レンドールの言葉を遮るように、エストは声を上げる。レンドールが離した手に縋りつくようにして、青い瞳が焦りを宿していた。エストは怯えているようなのに、瞳の表情だけ違って見える。
「……あの人、エラリオに会わせちゃだめ」
「前に俺と一緒に追ってたヤツだからな。まずいのは判る」
「そうじゃなくて……」
言い淀んだエストに、レンドールは首を傾げた。
「なんか、別の理由が?」
「……っ。わ、わかんない。わからないけど、瞳が……エラリオの目が、そう感じてる、気がする……」
言葉が進むにつれて、勢いがしぼむ。エスト自身も本当にそうなのか判らなかった。青い瞳に映るものは、映った形しかエストに伝えてこない。それ以外が伝わってくるのは初めてのことだった。
「わからない……か」
「い、いい加減なこと言ってるわけじゃ……!」
反射的に食ってかかろうとしたエストに、レンドールは苦笑する。
「疑ってるんじゃねーよ。『外』で何かあったんだろ」
「そと……」
「まあ、関わらない方がいいのはそうだろうな。と言っても……」
あちらが不審に思うのなら、いつでも寝込みを襲われかねない。
黙って考え込むレンドールの姿に、エストはふと、その左腕を指した。
「ねえ、その腕の傷も……」
「ん?」
そういえば、触っていたなと、レンドールは自分でも指を這わせてみるけれど、特に違和感はない。
「たぶん、大丈夫だ。喉に違和感もなかったし、あの場でどうこうは何もなかった……と、思う。でも、エラリオを見つけたことはバレてそう」
「やっぱり、あの『司』に付けられたの?」
「エスト、今夜あんたの部屋に居させてくれ」
「え?」
エストの質問には答えないで、レンドールは最悪を想定する。
ラーロが直接来るのなら、部屋の外では意味がない。
「別に、ベッドを貸せとは言わないから」
「な、ななななんで」
「夜中にあいつがやってきても対処できるように」
二、三、口を開け閉めしたエストは、レンドールの真面目な顔に「いいけど……」と小声で了承した。不満なのか、不安なのか、レンドールが見極めることはできなかったけれど、些細なことだった。
陽のあるうちはお互い自分の部屋で過ごし、夕食を近場で済ませた後、エストの部屋に一緒に戻る。スタスタと入り込んだレンドールは、ドアに向かい合うようにベッドの脚に背中を預けて、床に座り込んだ。
「しばらく仮眠とる。エストが眠る時に起きてなかったら起こしてくれ」
言うだけ言うと、剣を抱えて目をつぶってしまう。
しばらくは立ったり座ったり落ち着かないエストだったけれど、そのうち薬なんかを調合する手作業をすることで、気を紛らわせていくのだった。
◇ ◇ ◇
意識が浮上し始めたことに気付いて、レンドールはハッと顔を上げた。
声をかけようとしていたエストが少し驚いて一歩下がる。
「もう寝るか?」
「う、うん。ランプ……どうする?」
「消していい」
一度伸びをして体勢を少し変えると、レンドールは正面のドアを見据えた。
ランプの明かりが消され、布団に潜り込んだエストが寝返りを打つ気配がする。それは何度か繰り返され、終いに小さなため息が聞こえた。
「……落ち着かない。レン、そんなに危ないの?」
「わかんねぇ」
「……なにそれ」
低く囁くような声でも、夜の静けさの中ではよく聞き取れた。
「向こうが何を考えてるのかわかんねぇ。俺に目をつけられてるだけならいいが、エストが何者なのか見抜いたのなら、放っておかれる気がしねぇ」
「だからって、夜中に宿に踏み込んでくる?」
「相手が普通だなんて思うなよ。あいつは、『司』の中でも異様だ。人知れず部屋に入り込むなんて、朝飯前なんだよ」
しばらく黙ったエストは、もう一度寝返りを打って窓の外に目をやった。
「って言っても、たぶん考えすぎだから、気にせず寝ろよ」
「無理でしょ」
呆れたように答えたエストが、それでもなんとか寝息を立て始めたのは、日付も変わってからだった。それからまだしばらくして闇が一層濃くなり、冷やりとした空気にレンドールが腕をさすったとき、ゆっくりと音もなくドアが開いていった。




