表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/120

4-18 エストの選択

 地面に伏して動かなくなったレンドールを、エラリオは少しの間肩で息をしながら見ていた。

 それから振り返ってエストの前までやってくる。

 エストは動けなかった。

 先ほどと同じように、エラリオが手を差し出してくる。


「エスト。一緒に行くかい」

「い、行き、たい」


 でも、エストはエラリオの手を握る気になれなかった。動かないレンドールに視線を移せば、エラリオも一度振り返った。

 黒の瞳に映るレンドールは、ちゃんと呼吸していた。死んでいるわけではないとわかってホッとする。


「レンは丈夫だから、あの程度なんともないよ。それとも、とどめを刺しておくかい?」

「え!? い、いい」


 エストがぶんぶんと首を振れば、エラリオは少しおかしそうに笑った。


「ずいぶん仲良くなったんだね。あんなに嫌ってたのに」

「今も嫌い……だけど……」


 「エストを護るんだろ」とエラリオを叱ってくれたレンドールの背中は、剣を握っていてももう怖くなかった。


「もう少し知りたくなった?」

「そんなことも、ないけど……」


 エラリオは「そう」、と笑いながら差し出した手を引っ込めた。


「エラリオ……どうして。どうしてレンと……」

「先に包帯はあるかな? この模様、落ち着かないだろ?」


 エストが包帯を渡せば、エラリオは手慣れた様子でそれを目元に巻いていく。


「レンが来てくれて本当に助かったんだ。だいぶ落ち着いた。無理をして待ってて良かった」

「でも、だって」

「レンはめげないから大丈夫。わかるだろう? 彼はひとりでも俺を追ってくれるし、こうして何度かぶつかれば、動物たちを手にかける数も減りそうだ。だけど……火がつく前には戻りそうにない。それは、遅いか早いかだけの違いで、やがて俺は飲み込まれてしまうのだろう。だから、エスト。君は選ばないと」


 何を、と問わなくても本当は解っているはずだった。

 いつかこういう日が来ることも。こういう日が来た時に選べる道が少ないということも。


「俺と来て、俺が飲み込まれる前に俺の心臓を止めるか、俺を忘れて、静かに暮らしていくか」


 どちらも、選びたくない選択だった。

 そして、それを提示されてエストは気付く。レンドールがエラリオを追いかける選択をしたわけを。


「……私にはできない」

「そうだろうね」


 エラリオはからりと笑った。


「レンを許さなくてもいいよ。でも、頼まれたら協力してやって。俺のために。少しでも長く、俺の正気が保たれるように」


 ほろりと、エストの頬を涙が伝う。エラリオは少し困った顔をしながら、彼女を抱きしめた。


「レンが俺を追ってくれるうちは、まだしばらく大丈夫だよ。だから、彼に伝えて。もっと強くなってって」


 温かい抱擁が解かれると、エラリオは踵を返した。山の奥へと向かう歩みはレンドールの傍でも立ち止まらなかった。


「エラリオ……!」


 エストは思わず後を追ったものの、倒れているレンドールに意識が向いた。その左手からはまだ出血が続いているのか、血だまりができかけている。小さな迷いはエラリオとの距離を開かせ、結局、その背中を見送ることになったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 口の中に異様な青臭さを感じて、レンドールは思わずむせた。

 いくらかを飲み込んでしまい、まだ口に残る液体を身を起こして吐き出す。急激な動きに頭が痛んで、自分が吐き出したものの上に倒れ込むところだった。

 それを半ば力ずくで引き戻す手があった。

 弾力のある感触が後頭部に触れ、視界に入り込んでいた草むらとのイメージの違いに少しばかり混乱する。しっかりと意識を引き戻して見上げれば、胸のふくらみの向こうに仏頂面をしたエストの顔があった。


「う、わあ!」


 レンドールは飛び起きて、またズキンと頭が痛んでうずくまる。エラリオの蹴りをまともにくらったんだったと、記憶の方も戻ってきた。

 エラリオ、と振り返って辺りを見渡す。

 そこはもうただの静かな草原で、エストが正座しながら何かを握っていた。

 レンドールは口の周りを拭おうとして、左手に包帯が巻かれていることに気付く。反対の手で拭えば、濃い緑色の液体が手についた。


「……失礼ね。それだけ動けるなら大丈夫そうだけど、もう少し休んでた方がいいと思う」

「な、なに飲ませたんだよ」

万能草(チュニア)の汁。煎じた方がいいんだけど、応急処置としては問題ないから」


 エストが握っているのはチュニアの詰まった布だったようだ。その手も緑色に染まっていた。

 左手に視線を落として、レンドールは気まずそうに言う。


「行かなかったんだな……」

「ケガ人を放っておけなかっただけ。エラリオは待っててくれなかったから……」

「……そうか」


 陰ったエストの瞳を見れば、本当は一緒に行きたかったのだとわかる。

 ふがいない、とレンドールは息を吐いた。

 エラリオが去ったであろう山の奥の方を向いて、エストに訊く。


「まだ追いつける。行くなら――」


 じっとレンドールを見上げて、エストも小さく息を吐いた。


「……もっと強くなれって」

「え?」

「レンが来てくれたから、しばらくもつって。だから、体調は万全にして。どうしてそっちだと思ったの?」

「まだ人間を襲わないだけの理性は残ってるようだったから、里の方へは足を向けないだろうって」


 エストはほっと頷いた。


「あなたもそう感じたのなら、嘘じゃないのね……私、エラリオに剣を教わったけど、あんな姿は初めて見たから……手加減してなんて言えなくなった。だから、手加減できるくらい強くなって欲しいし、できるなら……エラリオを助けて……そのためなら、私も協力するから……!」


 必死な青い瞳がレンドールを見つめる。

 言うほど簡単なことではないし、助ける方法などあるのかレンドールにはわからない。けれど、それはレンドールの中に初めからあるものだったので、答えには迷わなかった。


「俺はずっとそのつもりだ」


 エストの中にあった崖の上で手を差し出すレンドールの姿は、もう突き落とすものではなくなった。助けるために伸ばしたのだと信じられる。そして、レンドールが二度とエストに剣を向けないということも、どうしてかストンと腑に落ちた。

 黒い瞳に映った、エストを庇うように立ち塞がったレンドールが、あまりにも真直ぐだったからなのか……エストにもよくわからないのだけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の地図
クリックするとみてみんのページで大きな画像が見られます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ