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白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

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4-17 みっつ目の再会

 チュニアの群生地には爽やかな風が吹いていた。

 探すまでもなく、原の真ん中にエラリオが立っている。淡い金の髪、簡素な上下にローブを着込み、目には包帯が巻かれていた。その手には血濡れた剣が握られていて、足元には立派な牡鹿が転がっている。


「レン、久しぶり」

「……久しぶり、じゃねーや。連絡寄越すの遅すぎだろ」


 ほんの七日ほど会ってなかっただけ、というくらい軽い調子で、エラリオは笑った。


「ごめん。色々あって……でも、レンはちゃんと俺たちを見つけてくれた。嬉しいよ。うれしい……」


 エラリオの、ゆらりと何気なく踏み出した一歩は、あっという間にレンドールの目の前までやってきた。金属のぶつかり合う音が、木々に跳ねて戻ってくる。


「ああ、ほら、エストも来るよ。レン、エストは素敵に育っただろう? レンの好みだと思うんだ。ほら、いいところを見せてやらないと」

「……何言ってんだよ。お前と剣を合わせてたら、いいところも何もないだろ。落ち着け、っよ!」


 レンドールは力で押し返して、少しの距離を取る。エストの草を踏む音が背後で聞こえた。


「エラリオ! ……!?」


 その足が、止まる。息を飲むのは、レンドールと同じものを見たからだ。

 エラリオの背後に、おびただしい数の死骸。森に棲む、ありとあらゆるものがそこで動かなくなっていた。


「エスト。偉かったね。レンはどう? そう悪い奴でもないだろう? 少し待ってね。俺たち、久しぶりに手合わせをするから」

「待って! どうして……その、動物たちは……」


 エラリオは少しだけ首を傾げた。


「過剰な力は発散しないと。でも、この辺りの動物は弱くて。少し留まれば、コレの影響で俺を襲うものが出てくる。もう少し留まれば、黒変も出て魔化獣(まかじゅう)も発生してくれるんだろうけど……待ちきれないんだ。燻っていたものが、火を上げているのがわかる。エスト、君にもわかるだろう?」


 胸のあたりに手を当てたエラリオと、エストはしばし黙って見つめ合った。その青い瞳が僅かに潤む。


「まだ最悪じゃない。もう少し試す価値はある。エスト、レンを連れてきてくれてありがとう」


 (あで)やかに笑って、エラリオはレンドールに斬りかかった。

 目には確かに包帯が巻いてある。けれど、エラリオにはなんら支障はないらしい。レンドールが避ける方向も、踏み込む距離も、寸分違わずに対応してくる。


「エラリオ!!」


 エストの声に、あは、と笑って、エラリオはレンドールから離れた。


「レン、強くなった? だよね。そうだよね。そうじゃないと。エスト、君はまだレンを恨んでる? そうなら、俺が晴らしてあげる。そうしてまた、一緒に行こう?」


 レンドールは、思わずエストを振り返った。

 恨んでないと言ってほしかったわけではない。恨みは自分で晴らすと、せめてそう言ってほしかった。


「レーン。よそ見してる暇はないよ。俺も、強くなったよ。戦う時は、体が軽い」


 レンドールは再び近づいたエラリオが突き出した剣を紙一重で避けて、足払いも跳んで躱した。エラリオが捻った体に剣を振り下ろし、地に転がったエラリオを追いかける。すぐに立ち上がった親友は、レンドールに目を向けることなくその首元に剣を突き付けた。

 レンドールはすんでのところで動きを止める。


「レン、忘れないで。俺は四つの瞳で見てる」


 エラリオの剣が角度を変え、エストを差した。思わず舌打ちが出る。


「エスト! 目をつぶってろ!」


 返事はない。もとより期待したわけでもなかった。

 少し深く息を吐いて、仕切り直す。

 剣を合わせながら下がるエラリオの体は、ふわりふわりと本当に軽そうだ。だが、ひとたび踏み込まれれば、一撃が重く腕に響く。それが黒の瞳の力なのか、エストを守り続けたエラリオ本人の力なのか、レンドールにはわからなかった。


「くそったれ!!」


 うすら笑うエラリオの腹を蹴りつける。

 どうしてもっと早く。レンドールの頭の中ではそんな言葉がぐるぐるしていた。

 けれど、エラリオはこうなることを予想していたのだろう。再会を普通に喜んだあと、こうなったとき、まともに渡りあえるかわからない。何もかもエラリオの手の内で、だからこそレンドールは腹立たしかった。


「諦めてんじゃねーぞ!」


 エラリオの剣を振り払い、こぶしでその顔を殴りつける。


「魔物に、飲まれてんじゃねーよ! お前が! エストを護るんだろ!」


 わずかによろけて、踏み止まったエラリオの口元が微笑(わら)う。

 反撃とばかりに逆手に持って薙がれた剣を受け止めれば、捻りのきいた蹴りもついてきた。たまらず吹き飛んだレンドールをエラリオは追う。

 地に転がり、止まりきる前にレンドールはもう一度蹴り上げられる。ぐっと呻いて落ちたレンドールをつま先で仰向けに返して、エラリオはその腹に足を乗せた。視線はレンドールではなく、少し向こう、エストに向けられる。

 片手を差し出し、柔らかい声が誘う。


「こんなもんか。もう少しやりたいけど、あんまりエストに心配かけると逆効果だから。さあ、行こう。レンはまた追ってくるといいよ」

「……逆効果って、なんのことだ」


 レンドールは腹の上のエラリオの足首を掴んだ。

 そのまま、剣を突き出す。軽く払われたけれど、乗っていた体重は逸れた。エラリオの足ごと体を巻き込んで起き上がる。残念ながらエラリオの足は途中で手から抜けていってしまったものの、エストとエラリオの間に立ち塞がることができた。


「……レン」

「うるせぇ! あんたが行くと言ったって、行かせねぇ」

「それはちょっと傲慢じゃない? エストが選ぶことにケチをつけるの?」

「俺はお前に引き渡すまで彼女を守ると決めた」

「じゃあ」

「今のお前には渡せない」


 エラリオは小さく肩をすくめた。


「どうして」

「必要がないなら、お前は俺を呼ばなかっただろ。エラリオ」


 にこりとエラリオが笑う。


「ああ……変わってないね。レン。ほっとした」


 エラリオは笑んだまま軽い動作で手にした剣を投げた。レンドールにではなく、その向こうのエストに。ハッとしたレンドールがとっさに左手を出し、その軌道を逸らすのと、エラリオのこぶしがレンドールの顔にヒットするのはほぼ同時だった。


「この……!」


 バランスを崩した身体をどうにか戻し、切れた左手でポケットを探る。牽制にと『辛味玉』を投げつければ、エラリオは少し下がりながら歯で受け止めた。レンドールは追いながら、にやりと笑うその顔に剣を振り上げる。

 剣先はエラリオの目を覆う包帯を引っ掛け、額を僅かに斬り、前髪を少し散らした。

 ガリっと、玉を噛み砕く音が響く。


「この大きさじゃ、俺には効かない。レンが浴びた、あれくらい用意しなよ」


 ぷっと砕いた玉とその中身を吐き出したエラリオの瞳は真っ黒で、目の周りに根が張るように黒い線が伸びている。レンドールの後ろで、エストが息を飲んだ。

 レンドールは無手になったエラリオに遠慮なく斬りかかる。エラリオはそれを少し楽しそうに避けていった。ひらりとトンボを切った先で、彼は腕くらいの太さの枝を拾った。

 上手く刃を逸らし、抑え込み、エラリオはほんの隙をついてレンドールの左手の傷を抉るように狙う。

 痛みにわずかの間硬直した瞬間をエラリオは待っていた。身体ごと回した渾身の蹴りが、レンドールの頭を綺麗に捉える。

 まずいと思いながらも、レンドールの意識は瞬き一つで暗転していくのだった。


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