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白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

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4-16 山奥の異変

「一番傍にいた、エストが何でもないのに?」

「私は、アレに命を繋いでもらっていたくらいだもの。きっと、慣れきってるんだと思う。でも……エラリオは、そうじゃない。私はアレの力を自由に使えるわけじゃないから、一度暴走を始めたら止められない……」

「なるほど……だから、俺が必要だってあいつは言うんだな」


 思ったよりもさらりと納得されて、エストはそっとレンドールを窺う。

 レンドールはエストの言葉をあまり疑わない。視界の共有というのも、疑いもせず飲み込んだ気がする。


(魔物と呼ばれた者の言葉なのに)


 昨夜の気分を引きずっているエストはそんな風に思うけれど、だからあの時はレンドールと協力してもいいと感じたに違いない。今、居心地が悪いのは、実はそれが表面上のことではないかという疑いが生じているからだ。

 昨夜のレンドールの態度は、それまでの彼の協力的な行動を穿って見てしまうほど、エストには不可解だった。


「信じるの? 信じていいの? 『()』としては甘いんじゃない?」

「は? 今エストが嘘つくメリットがどこにあるんだよ」


 間髪入れない答えに、エストは黙り込む。


「初めのあんたの涙が嘘だって言うなら、俺は盛大に騙されてるんだろうけどさ、エラリオは宣言通りエストに違う道を歩かせてんじゃん。あいつが育てたやつに「嘘をつけ」なんて教えるわけもないし、ここまで頑張ってきたんだろう? この6年、異常はなかった。俺はそれを信じるだけだ」


 昨日までなら、エストはまた心を揺らしていたかもしれない。「頑張ってきた」そう、認められるのは嬉しい。他の誰にも伝わらないことだから。

 一方、そう言うのなら、どうしてエストの申し出を強引に追い出すようにして断ったのか。些細なことだけれど、喉の奥の小骨のように引っかかってしまう。

 レンドールは、エストに手を差し出すくせに、エストが歩み寄ろうとすると突き放す。

 訳がわからなくて、ああ、本当に――


(きらい……)


 黙ったままのエストから言葉を引き出すのを諦めたのか、気にしていないのか、レンドールは小さく息をつくと朝食に集中した。


「食っとけよ。今日中にエラリオに追いつきたい」


 エストは小さく頷いて、パンに手を伸ばすのだった。



 ◇ ◇ ◇



 人里に近い方の万能草(チュニア)の群生地には、エラリオはいなかった。エストの話だと、もう少し広い場所だったと言うし、レンドールもそこだとは思っていなかった。レンドールの勘では、もっと奥まったところにある場所だ。次に目指している所よりも、もう少し奥。だから、周囲のチェックも少々おざなりだった。

 ポケットに昨夜作った『辛味玉』を詰め込んで、いつでも取り出せるようにしておく。形はあまり良くないけれど、脅しに使うには充分だった。

 山の奥に行くにしたがって、昨日も感じたざわつきを感じる。

 木の上を猿が渡っていって、レンドールはしばし足を止めた。後方からの視線に、振り返って玉を打ち出す。エストがぎょっとした顔をしたけれど、額に玉を受けた猿は声を立てて逃げて行った。


「うん。ちゃんと使えるな」


 エストは振り返って猿を見送っていたものの、レンドールが進み始めたので慌ててついてくる。

 二つ目の群生地の手前では、赤イノシシに遭遇した。こちらの気配に、何をすることもなく逃げて行ったので、問題は無いのだけれど、レンドールは少し慎重に開けたその場所を調べていく。


「……いないね」

「今は、何してるんだ?」

「えっと……座ってる、かな。近くの草を結んでる」


 太い幹の木の陰に鬼鹿(おにじか)の死体を見つけて、レンドールはエストの方へ戻った。


「待ってんのかな。少し休憩するか?」


 エストは首を振る。


「大丈夫。行く」

「たぶん、次のとこだと思うから」


 そこから奥は、また少し空気が違った。騒がしかった動物たちが、息を潜めているように。気配はあるが、ピリリと張りつめている。

 レンドールたちを監視するような視線を感じるたび、レンドールはパチンコで彼らを散らした。

 群生地が近づくと、隠されもせず転がる動物の死体が目についてきた。イノシシ、鹿、リスやネズミも。

 慎重に足を進めるレンドールも、蓑熊(みのぐま)の死体を見つけた時はエストを振り返った。


「……剣、抜いてもいい?」

「え? なんで?」

「エラリオが待ってるなら、そう危険もないと思ってたんだけど……ちょっと、確信が持てなくなった」

「……そうじゃなくて。そんなこと、私にいちいち聞かなくても」


 レンドールはバツが悪そうに、視線を逸らす。


「だって、俺が剣を握ってると、怖いんだろ……」


 エストの驚く顔を見ないようにして、レンドールは前を向いた。柄に手をかけるけれど、まだ抜きはしない。


「まさか、だから『辛味玉』の作り方を聞いたの? 剣を抜かなくてもいいように?」

「それは……便利だからだよ。そのためだけじゃねぇ。遠いうちに対処できれば、その方が楽だし」


 エストが黙ったので、レンドールはまた足を進めた。

 もう少しで群生地に出る、その手前で、群生地の方から鹿の群れが飛び出してきた。

 レンドールはエストを抱えるようにして、近くの木の陰に隠れる。鹿たちはレンドールたちには目もくれず、一目散に逃げているようだった。焦りすぎて木立にぶつかるものもいる。

 静かになるまで、それほど時間はかからなかった。けれど、今度は何の音もしない。


「エスト」


 呼ばれて、レンドールの腕の中からエストは彼を見上げた。


「きっと、エラリオはいる。だけど、もしかしたら……エストをあいつに返してやれないかもしれない」

「……どうして」


 震えるエストの声が、エストも薄々感づいていると知らせる。


「エラリオは、無駄な殺生はしない。でも、この辺りには……」


 死体が、多すぎる。

 レンドールたちの足元にも、ウサギの死体が転がっていた。言うまでもないことで、レンドールはエストから離れ、剣を抜いた。

 また嫌われるなと、頭の隅をよぎった言葉に一度苦笑して、あとは顔を引き締め、光降り注ぐチュニアの群生地へと足を踏み入れるのだった。


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