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白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

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4-11 小鉢

 その日は、山を下りて少し行った場所にある川沿いの村で一泊することにした。

 エストとしてはもう少し先に進みたい気持ちもあったのだが、レンドールとの旅の初日は気疲れも多く、エラリオの視界をあまり覗けていなかった。少し落ち着いて次の手がかりを手に入れるためにも、軽率に先を急げないのだ。

 小さな村だが、山で迷った旅人がよく辿り着くらしく、特に看板もかからない宿や食堂の場所も村人たちは慣れた様子で教えてくれる。ちょうど開く時刻だと風呂屋のことも聞き、二人は遠慮なくお湯をもらうことにした。


 さっぱりした後、食堂で待ち合わせる。

 レンドールは先について麦酒(エール)を頼んでいた。すぐにエストもやってきて、レンドールの向かいに腰を下ろす。客はいるものの、探すのに困るほど広くもなく、客の数も多くなかった。

 じっと見るエストに、レンドールは麦酒の入ったカップを持ち上げる手を止める。


「飲みたいなら頼めよ。俺も一杯目だぞ」

「……そうじゃないけど……そうね。まず注文ね」


 山ブドウのジュースと料理をお任せで頼んで、エストはもう一度レンドールに目をやった。

 半袖のシンプルな上衣に、ゆったり目の七分丈の下衣。剣を吊るベルトはあるものの、剣自体はテーブルに立てかけてあった。湯上りで洗いざらしの髪のせいもあって、護国士というよりは村の青年団という雰囲気だ。もう少し混んでいたらレンドールを見つけられずに別の席に座ったかもしれない。


「制服はどうしたの?」

「ああ」


 レンドールは、ようやく視線の意味に気付いたように自分を見下ろした。


「背中の泥が意外と落ちなくて。川に入って濡れてたし、ついでだと思って一緒に洗ったんだ。天気も悪くないし、明日までには乾くかなって。資格証は身に着けてるから、別に問題はないぞ」


 ポン、と胸に手をやるレンドールの首には確かに細い鎖がかかっている。特に心配したわけではなかったが、エストは「そう」と頷いた。


「で? 今日はあいつ何見てた?」

「それが……今日は私も山を歩いてたし、あまり見れてなくて……さっきはちょっと開けたところにいるようだったけど……草原、みたいな」

「あー。そうか。足を止める時間、必要なのか……おぶって進むわけにも……」


 嫌そうに顔をしかめたエストを見て、レンドールは頭を掻いた。


「いかねぇよな。じゃあ、明日は街道を獣車で行こう。少し大きな町まで行って入用なもの調達したりして、次を考えるべきだな」

「それで大丈夫? 今日はまだ移動してるようだし……」

「焦って違う方向に進んじまっても困るだろ。前回は六日遅れで追いかけてもどうにかなったんだ。今回だって……」

「でも……前の時はたくさん追手がいたから動ける範囲が決まってたでしょ? 今は選択肢が多すぎない?」

「前回も今回もエラリオはヒントを残してる。追いついてほしくなきゃ、もっとうまく逃げるさ」


 料理が運ばれてきて、エストは不安げな表情のまま口を閉じる。

 しばらく二人、無言で料理をつついてから、レンドールが麦酒(エール)をおかわりした。

 エストのフォークが進まなくなったのを見て、レンドールは彼女の前から小鉢を一つ持って行く。エストは小鉢を目で追って、少しだけ眉を顰めた。


「食うんだった?」

「なんで持ってくのよ」

「苦手そうだなと思って。食うんだったら返すけど」

「……いいけど。好きなの?」


 確かにエストは食べたことのない味だったので、一口しか口にしていなかった。


「特に好きとかはねぇな。辺境は村々で独自に食べてるものがあるから、そういうんだろ。珍しいから、食っとくことにしてる。これは……発酵させた系かな」

「おっ。兄ちゃん外の人にしちゃ食いっぷりがいいな。村人以外にはあんま、人気ねーんだわ」

「まあ、ちょっと独特」


 そのまま、地元の人間とレンドールは雑談を始める。だいぶ慣れたものの、知らない人と打ち解けるのに時間のかかるエストは、あっという間に馴染んでいくレンドールの姿を少し恨めし気に眺めていた。

 レンドールは途中で一度トイレに立ったものの、男たちの宴会は終わりそうにない。エストは残りの料理をお腹に詰めてから、ため息をついて席を立った。宿に帰ってしまおうと思っていた。


「あ、ちょっと、お嬢さん!」


 その時、焦ったようにカウンターの中にいたふくよかな女性に声をかけられる。手招きされ、目の前にミニチュアのブドウのような赤黒い実が皿に盛られて差し出された。小さな山を作っているそれは、地元で採れる山のフルーツらしい。


「この辺りじゃマルって呼んで、子供たちがおやつにしたりするんだ。見た目がちょっと黒化したようにも見えるから、嫌がる人もいるんだけど、ジャムやジュースにしちまえば、綺麗な赤紫になるからさ」


 口に含んでみれば、とても甘みが強くて美味しかった。


「気に入ったかい? よかった。この時期は果物もまだ手に入りにくくて。何かあればって言われたけど、ちょっと心配だったんだ。もう宿に戻るかい? 男どもは酒があればいつまでも飲むからねぇ。それ食べながらちょっと待ってな」


 女性はぽつぽつとエストに話題を振ってくれた。二人の関係も聞かれ、成り行きで人探しを手伝ってもらう事になった、と言えば少し驚かれてしまった。レンドールが護国士だと告げれば、笑って納得してくれたのだけれど。


「そうかい。フリーのねぇ。良かったね。タイミングよく護衛を頼めてさ。いい人そうだし」

「いい人、ですか?」


 何か盛り上がって笑い声の上がる一角に視線を流しながらエストが訝し気に首を傾げれば、女性は頷いた。


「小鉢を一つ取り上げたから、フルーツを追加してくれって。帰りたそうなら送って行くからちょっと引き止めといてくれってさ。女性と来て放っておくなんてとこはちょっとアレだけど、仕事はきっちりこなしてくれそうじゃないか。すぐそことはいえ、明かりは少ないからね。送り狼にだけは気をつけな」

「誰が狼だよ。預かりものに手を出すわけねーだろ。食ったか? 行くぞ」


 最後の一粒を口に入れたところで、タイミングよくレンドールがやってくる。

 少しむせそうになりながら、エストも立ち上がった。


「えっと、あの、美味しかったです」

「うん。気をつけて。早く見つかるといいね」


 頷くのと頭を下げるのをいっぺんにやろうとして、エストは女性に笑われる。レンドールはもう出口のところで待っていた。


「……別に、ひとりで帰るのに」

「エストが無事でも、何かあったら後でエラリオに言われるだろ。あいつは暗い中、女一人で歩かせたりしない」


 それはそう、と、エストも思う。


「まだ飲みたかったんじゃない?」

「また戻るよ。もうちょっと、情報仕入れたい」

「バカ話しかしてないように見えたけど!?」

「勢いでぽろっと重要なこと出てきたりするからな。話に乗るのも必要なんだよ」

「ふぅん」


 エストを僅かに振り返って、レンドールは出かかった言葉を吐息に変えた。エラリオならもっとスムーズに聞き出すのだろうし、効率が悪い自覚は持っていた。

 意識を切り替える。


「……あいつ、どうしてる?」

「え? そうね……」


 少し足元に視線を落としたエストに合わせるように、レンドールは足を緩めてエストに並んだ。


「まだ、移動してるみたい。森の中だし……寝ないのかな」


 レンドールは小さな段差でよろめいたエストを肘の辺りで軽く支えて、すぐに手を離し、見えてきた宿の明かりにエストを促す。


「眠くなるまで、少しよく観察しててくれ。明日の朝また聞く」

「言われなくてもそうするわ」

「そうか。よろしく」


 エストがドアに手をかけるまで見守って、また暗闇へとレンドールは踵を返した。


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