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白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

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4-9 足取り

 エストが、エラリオがいなくなったと気付いてから彼の視界を出来るだけ覗いていたのは確かだ。けれど、木々の中を行く映像や、時々開けた場所から周囲の山を見渡す程度で、特徴のある何かと言われても彼女には自信がない。


「何度も見るって言われても……ほとんど森の中で見えるものはそう変わらないし……」


 レンドールは自分たちのいる町を指差す。


「例えば、湖が見えたとか」

「湖は見てないわ……でも、小さな滝は見えたかも。細くて、屋根くらいの高さから落ちてくるやつ」

「なるほど。蝶が羽を広げたような苔むした岩がなかったか?」

「……あった、かも」


 するりとレンドールの指先が動いて、町から西側の山の中で止まった。


「この辺りだと……そうだな。頭の禿げた、双子の山とか。山って言ってもデカくなくて、周りの山の隙間にあるような」

「えっ。そう! 見えた!」

「どっちに?」

「えっと……左の方に何度か振り返って見てたから……」

「よし」


 山間をレンドールの指が進む。

 不思議そうな顔でエストはその指先を見つめた。


「この辺りの地形、覚えてるの?」

「特徴的なとこはな。六年もぐるぐるしてりゃ、嫌でも覚える。……後は?」

「え? えっと、今は眠ってるかも。その前は下草ばかりだったし……」

「初級編ってか。じゃあ、今日はこの町かこっちの村まで行こう」


 レンドールは指先からもう少し北側の町を指差した。


「本当にそっち?」

「疑り深いなぁ。じゃあ、ちょっと時間かかるけど、あいつの通った道を行ってやるよ」

「え? エラリオは街道を行ったわけじゃないけど」

「そうだろうな」


 地図から手を離し、レンドールは食べる方に集中した。それを見ながら、狐につままれたような顔で、エストも朝食を食べ終えたのだった。




 宿を引き払い、宣言通りにレンドールが先を行く。時々振り返って、エストがついてきているのを確かめることも忘れない。山道に入り、やがて道らしきものが無くなっても、その足取りは緩まなかった。

 緩やかな斜面で足を止めたレンドールに、少し遅れてエストが追いつく。

 レンドールはじっと辺りに耳を澄ましていた。


「どうかした?」


 軽く息を弾ませるエストを振り返って、レンドールはちょっと言葉を選んだ。


「なんかちょっと……騒がしい気がして。いや。気にするほどじゃないんだが」

「騒がしい?」


 復唱して、エストも耳を澄ませる。葉を揺らす風の音と、鳥の声は聞こえた。


「リスやネズミなんかが目に入りやすいってだけだから……少し速いか? 慣れてそうだから、つい自分のペースで進んじまった」

「だ、大丈夫」


 きゅっと結んだ口元を見て、レンドールはとりあえず「そうか」と頷いた。

 再び歩き始めるけれど、速度は落としておく。

 木々を縫うようにして進み、茂みのわずかな隙間を掻き分けるようにして越えれば、木々に囲まれた丸い草地に出た。そこだけぽっかりと空がよく見える。


「あ……」


 エストが空を見上げて声を漏らす。


「これも、見覚えがある……」


 エストがレンドールに視線を下ろせば、レンドールはなんてことないように頷いた。


「俺はそんなに詳しくねーけど、薬草みたいなの、見てたりしないか」


 言われてエストは足元にも視線を移す。ゆっくりと中心部へ足を運んでいくと、レンドールが手振りで「止まれ」と示してきた。レンドールが剣を抜く動作に、エストは僅かに身体をこわばらせる。山の奥深く、こんな場所で剣を向けられれば、誰にも気づかれないだろう。

 エストの心配をよそに、レンドールは視線の先の黒っぽい塊から目を離さなかった。

 慎重に、ゆっくりと近づいていく。

 目の前まで迫れば、たかったハエがぶんぶんと飛び立った。一応周囲にも目を走らせてから剣を収める。黒い塊はイノシシモドキの死体だった。しばらく観察して、エストに向き直る。


「なあ、あいつ、獣狩ってるか?」

「え……たぶん。見てはいないけど」


 少し強張った表情を気付かないふりでレンドールは考えこむ仕草をする。イノシシモドキは臆病で人間を襲うタイプではない。


「じゃあ、それはエラリオか……あまり無駄に狩りをする奴じゃないんだが……黒変もないようだし……」

「……力を淀ませないように、ある程度発散させないといけないの。害獣がいればいいんだけど……好きでやってるんじゃないわ」

「……なるほどね」


 レンドールの隣までやってきたエストは、イノシシモドキの死体の傍の草の葉先が、くるりと小さな輪を作っていることに気が付いた。


「これ……エラリオが作ってたかも。見たのは別の場所でだけど」

「そうか。ま、推測は当たってるってことだな。もう少しで滝に出るぞ」


 レンドールはまた歩き出す。しばらく行けば、言った通り細い滝の落ちる水辺に出た。

 鳥やネズミか何か小動物が人間の気配にパッと散っていく。滝つぼから川になって流れていく手前に、蝶が羽を広げたような形の苔むした岩があった。

 レンドールは一メートほどの幅の川をひょいと飛び越えて対岸へ渡る。振り返ってエストに手を差し出したけれど、エストはその手に掴まることなく、川の中ほどに顔を出している石を中継して渡ってきた。

 取り残されたような手のひらをレンドールはそっと握って、ごまかすようにその手で頭を掻いた。


「……この辺りは傷薬になる草があるって聞いた気がする。休憩兼ねて、必要なら少し採っていけば?」


 そう言って適当な岩に腰を落ち着けてしまう。

 エストはぐるりと見渡して、滝つぼの方へと近づいていった。


 水量のある滝と違って、水の落ちる辺りも静かなものだ。溜まった水の中には何か小さな魚の影も見えた。水草の中にも薬草はあるが、もう少し流れのきついところで採れるものなので見つかりそうにない。

 滝の落ちてくる石混じりの土壁に目を向ければ、確かに傷薬によく使う草が生えていた。でも、とエストは考える。


(在庫は充分あるし)


 売るために採るのなら、数が少なすぎる。

 岩の隙間からぴょんと飛び出た草の葉の先がくるりと丸められていて、エラリオも確かにここに来たのだと告げてくれた。

 なんとなく指先でそれをほどいて、エストはレンドールを振り返る。

 ずっと追っていたというのはきっと嘘じゃない。ボロボロになった地図もそれを裏付けている。小さな手がかりでエラリオの足取りをここまで正確に追えるなら、「役に立たない」なんて言えそうになかった。


 複雑な心中に小さく息をついて、エストは視線を目の前の崖に戻す。そのまま上の方に滑らせていけば、小ぶりの赤い花を球状に咲かせている植物が目についた。毒消しに使える貴重なものだ。これは――と手を伸ばすけれど、あと少し届かない。

 よし、と小さく気合を入れて、エストは所々に突き出す石に手足をかけて身体を押し上げた。もう少し、もうちょっと、と登っていく。

 これで届く、と右手を伸ばした瞬間、支えにしていた左手の石が、埋まった土ごとぼろりと崩れた。のけ反るようにして身体が崖から離れる。

 瞬間、息を飲んだエストをすぐさま誰かが受け止めた。


「油断すんなよ。高さはなくても、岩がごろごろしてるこんなとこでコケたら危ねーんだから」


 耳元でレンドールの声がして、エストの心臓は二段階跳ね上がった。驚いたのとホッとしたのと、それから、怖さ……ではないと思うけれど、エストにその正体は見極められなかった。全体重を預けている背中がどこか居心地悪くて、身を捩ろうとする。

 幸い、エストの足が地に着くとレンドールは少し離れたので、エストは急いで彼に向き直った。レンドールは周囲を見渡していて、エストのことなど見ていない。エストは一応お礼を、とうるさい心臓の奥から声を出そうとして、今度は正面から崖に押し付けられた。


「なっ……」

「しっ! 静かにっ」


 崖とレンドールに挟まれて、エストは身動きできなかった。どうにか手を持ち上げてレンドールの胸を押し返そうとしても、微動だにしない。疑問が不安に変わりそうになった頃、レンドールの口から囁きが漏れた。


「……かわいい」


 思わず零れたというような、甘さを含む微かな囁きに、腕の力を緩めたエストの顔が一気に赤くなった。


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