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白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

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4-7 繋がる瞳

 建物の陰に連れ込まれたレンドールは引きずられるようにしながらも、自身の体で壁を作る仲間の数を冷静に数えていた。二人程度ならなんとかなるなと、首を絞めようと力の入る腕を押さえつつ、男が立ち止まるのを待つ。本格的に絞めに入るわずかな間に、レンドールは地を蹴って体を押し上げた。

 レンドールの頭が男の顎を撃ち、腕が緩む。そうなれば後は簡単だった。

 見張り達も多少の物音では振り向きもしない。背を向けたままの二人の頭を打ちつけて、順番に意識を刈り取っておく。拘束しておきたいところだが、エストのことが心配だった。

 明るい場所へ飛び出せば、小男に腕を掴まれているエストの姿が見えた。


「エスト!」


 叫んで剣に手をかけたのだが、一瞬早く、エストは自分の腰に下げていた剣を鞘ごと外して振り回した。

 小男の顔が笑んだまま歪んで地面に叩きつけられる。


「……はぇ……?」


 ごつめのブーツでその体を踏みつけて、エストは冷たく小男を見下ろした。


「私は売り物じゃないわ」


 自分の剣に手をかけたまま、レンドールはしばし固まっていた。

 そういえば、集落の代表が「彼女は剣も使える」と言っていた気もする。呼吸を一つ落ち着けてから、彼はエストに歩み寄った。


「縛っとくから、足どけろよ」


 その声で、エストはレンドールに気が付いた。最初の男にしたように後ろ手で手早く拘束し始めるレンドールに驚いて、背後を振り返る。視線の先では二人の男がのびていた。


「だ……大丈夫、だった?」

「まあな。エストこそ。エラリオに習ったのか?」

「う、うん……」


 周囲の視線に恥ずかしくなったのか、エストはマントのフードを被って顔を隠してしまった。

 一通り拘束を終えたところで、誰かが知らせたのか町の護国士がやってきた。レンドールは軽く説明して後を引き継ぐ。


「ああ、くそ。無駄に時間取られた!」

「私は思ったより早く片付いたと思うけど……ああいうこと、多いの?」

「多いわけじゃねーけど、一人だと舐められることもあるっちゃあるな。今回は女を人質にとか思ったんだろ」

「ひとり? あの、緑の髪の人と一緒なんじゃ……?」

「リンセ? いや。あいつも単独行動多い奴で、今回はたまたま……っていうか、リンセもあれ以来だったんだぞ。今朝別れるのも見てただろ?」


 レンドールが視線を向けても、エストは黙っていた。


「……まあ、今日はもう疲れたから、宿取ってゆっくりしようぜ」

「ゆっくりなんてしてられない……」


 低く呟くような声に、エラリオはただいなくなっただけではないのだと、レンドールも気が付いた。本当に嫌だったのなら、手紙など放っておいて一人でも後を追える。嫌々ながらもレンドールに会って確かめる必要がある何かがエストにはあったのだろう。


「じゃあ、全部話せよ。エラリオのことも、あんたの心配してることも。そうしたら明日の朝一で動けるかもしれねぇ」


 エストはやはり何も言わず、レンドールの後にただついていくのだった。




 リンセのように同じ部屋を取るわけにもいかず、かといって下手な酒場では話せない話題だろうと、レンドールはしばし頭を悩ませた。結局、町の水源でもある湖のほとりを歩きながら話すことになる。陽は暮れかけているけれど、獣が出ても対応できると判断した。町から離れて行けば、自然に人の姿は少なくなっていく。


「……で?」


 充分人の気配が無くなったところでレンドールが促すと、エストはややしてから口を開いた。


「ここ最近、エラリオの体調が良くなかったの……風邪かな、なんて言ってて薬も飲んでたんだけど……大事をとって休んでてもらって、薬草の補充はひとりでするって出てきて、運悪くアレに出くわしたの」


 ちらりとエストがレンドールを見上げる。レンドールは前を向いていて、それには気付いていなかった。


「倒せなくても、逃げられるって思ってた。そのために麻痺肉や辛味玉を用意したんだもの。……結局、それも甘かったみたいだけど」

「そうか? ちゃんと効いてただろ」

「一人だったら、転んだ時に飲み込まれてた……だから、あの時は助かった……けど」


 渋々というような口ぶりに、レンドールは鼻で笑って返す。


「別に二度も礼を欲しいとは思わねーよ。あの時はそれで終わっただろ。何が悪いんだよ」

「あなたも気付いてなかったし、私も半信半疑だったから帰ってエラリオに確認しようと思ったの。「レン」と呼ばれたのがエラリオの友人の『レン』なのか。そうしたら……エラリオが倒れてて……」


 レンドールは思わず足を止めた。エストも止まる。その顔はうつむいたままだった。


「……さっきの手紙にも少し書いてあったけど、黒い瞳は取り換えても私と繋がっているから、私が死を感じれば防衛本能で力を出そうとする。でも、それはエラリオには過ぎた力だから、負担になるらしくて……」

「どういうことだよ。だって、いなくなったってことは、動けてるんだろ?」


 エストは頷いた。


「エラリオはちゃんと私を守ってくれていたから、一緒にいて死を感じることなんてなかったの。でも、あの一瞬、飲み込まれることを想像して動けなかった。それがエラリオにどれだけ負担になるのか判らなかった。どうにかベッドに運んで、彼もひと眠りすれば大丈夫って言うから……」

「エラリオが眠ったのを確認して、エストも眠ったんだな」


 それには答えず、エストはレンドールを見上げる。


「眠る前に「レンだったね」って言ったの。笑ってた」

「は? 見てたみたいなことを……」

「私たちは自分の目で見たものも見えるもの。この目はエラリオの目だから、彼が見たいと思えば。見え過ぎても邪魔だから、いつもって訳じゃないけど……たぶん、ひとりを心配して見てたんじゃないかな」

「……はぁ!?」


 エラリオに見られているような感覚が気のせいじゃないかもしれなくて、レンドールはその青い瞳を覗き込む。


「今も見てんのかよ!?」

「わからないわ! ちょっと、やめてよ!」


 近づいたレンドールの顔を押しのけて、エストは不本意そうに上目遣いで睨みつけた。


「朝起きたら、もう彼はいなかった。手紙を二つ残して。動いて大丈夫なのか、どこに向かったのか全然わからない。でも、ひとりで探してまた死ぬ目に遭うと、エラリオに余計に負担をかけるかも……どうすればいいのか、わからなくて、迷って……!」


 レンドールは「なるほどな」と腰に手を当てた。


「じゃあ、俺がエストを守ればいいのか。無傷でエラリオに届ければいいんだな。用意周到に手紙まで残してるんだ。そう切羽詰まった状態じゃねーよ」


 エストは少しキョトンとした。聞き間違いかと反芻して、眉間に皺を寄せる。


「そ……そんな、簡単そうに言って……! 自信過剰じゃない?」

「自信過剰? エラリオは守れてたんだろ? じゃあ、俺にもできる。エラリオには負けねえ」


 二ッと笑うレンドールを、エストは呆れたように見上げるのだった。


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