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白の神、黒の魔物  作者: ながる
再会の章

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4-3 ふたつ目の再会

「……言ったのに……」


 女性の呆れたような声に反応しようにも、レンドールの鼻も喉も痛くて熱い。目からは涙が溢れてとまらなくなり、視界は滲みっぱなしだ。


「お水、量はないけど目を洗うくらいはできるだろうから……」


 女性はレンドールの手を椀のようにさせ、そこに水を注いだ。レンドールは咳き込みつつも何とかそこに顔を突っ込んで瞬きする。


「なんだなんだ? 毒にでもやられたか?」


 やってきたリンセはレンドールの惨状を見て、首を傾げた。


「赤ペパとガーリを粉にして混ぜたものだから、死ぬほどじゃないと思うけど。ありがとう。助かったわ」

「こちらこそ。面白い武器だな」

「使う機会が来るとは思わなかった……先に麻痺させようと薬に漬けた肉を食べさせたんだけど……量が足りなかったみたい」

「なるほどな。動きが妙だったのはそのせいか」

「……あの……」


 女性はそわそわと一度レンドールに視線を投げて、申し訳なさそうに手にした水筒をリンセに渡した。


「私、帰らなくちゃいけなくて……彼のことは申し訳ないんですけど、後はよろしくしてもらえますか?」

「ん? ああ。大丈夫だ。大丈夫だよな?」


 レンドールは少し痛みの引いた目を半分開けて、こくこくと頷いた。とても大丈夫ではない状態だけれど、彼女を引き止めるほどではない。リンセがいれば問題なかった。


「……えっと……ありがとう。お大事に」


 女性はレンドールにも礼を言うと、身を翻して駆けて行ってしまった。

 しばらくは持ち合わせの水でうがいをしたり目を洗ったりの繰り返しだった。症状が落ち着いてから、ゆっくりと集落へ向かう。


「……ひでえべにあ゛っだ(ひどい目にあった)

「声ガラガラだな」


 リンセはのんきに笑っている。


「まあ、仕事は片付いたんだから、集落で少し休ませてもらおう」


 集落の代表にも「毒でも浴びたのか」と腫れた目を心配され、リンセが代わって説明する。全身を集落に隣接した池に浸して洗って、ようやく落ち着いてきた。レンドールがぐったりと椅子に背を預けている横で、細々とした手続きを済ませてくれていたリンセと代表が雑談をしている。


「……ああ、それはエストちゃんじゃないかな。ここにも時々薬を持ってきてくれるよ」

「医者なのか?」

「どっちかというと薬師っぽいね。それも、違うとは言ってたけど。目の悪いお兄さんがいて時々体調を崩すから、いい薬草を求めて歩いてるらしい」

「じゃあ、あれは本当に護身用として調合してるのか」

「そうじゃないかな。熊にも一発のはずって聞いたことがあるよ。エストちゃん自身も剣は扱えるから、よっぽどじゃないと使わないみたいだけど」


 笑う代表が自分の方を向いた気配がしたので、レンドールはゆっくりと頷く。


「間違いない。身をもって知ったよ」

「災難だったね。とにかく、アレを退治してくれてありがとう。これで少し安心だ」


 『(ツカサ)』も次の日には来てくれそうで、二人はそのまま代表の家に世話になることにしたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 雑務まで済ませて落ち合った町まで戻ると、二人は代表にもらった礼金で慰労会という名の酒盛りをした。久々に記憶があやふやになるまで飲んで、朝寝をする。

 そのまま二人で組んでもよかったのだろうが、結局どちらも言い出さなかった。昼も過ぎてから朝食を食べて、別れ際レンドールが手を差し出す。


「めっちゃ助かった。また何かの時は呼び出していいか?」

「いいぞ。俺も遠慮なく指名させてもらうわ」


 リンセは二ッと笑って固く握手する。


「しばらく大きな仕事は無かったからな。そろそろこういうのが増えてきてもおかしくない。勝手に谷に落ちんなよ?」

「うるせぇな!」


 握った手を払いのけるようにして離し、「じゃあ」とそれぞれ別方向に歩き出す。レンドールはまた渓谷の近くの村を巡って情報を集めるつもりだった。

 少し水と携帯食を買い足して振り返れば、誰かのマントがひらりと翻って路地に入っていくのが目に入った。特に不思議な光景ではなかったのに微かに引っかかりを覚えて、レンドールは数秒その路地を見つめていた。人の流れにそれ以上は立ち止まっていなかったけれど、歩き出しても違和感が拭えない。

 薬屋、雑貨屋、屋台など、止めなくてもいいところで足を止めてやがて確信する。


(つけられてる)


 頭を捻ってみたけれど、特に思い当たることがない。

 魔物退治が終わってからは中央とも疎遠だし、アロという見張りも無くなった。辺境では、滞在が短いのでトラブルを呼ぶほどの人付き合いもしていない。だいたい、放浪しているような生活なので、金は『()』の管理部に預けてあって、持ち合わせも多くないから、野盗の標的になるのも考えづらかった。

 しいて言えば、昨夜の飲み方で金があると誤解されたか。ごついリンセと違って、レンドールはそこまで威圧感はない。一人になったところを狙おうとするのは、ないことではないかも?


 釈然としないまま小さく息をついて、レンドールはひょいと建物同士の隙間のような小路に入り込んだ。

 本人に聞くのが一番早いとの結論だ。

 ほどなくしてフードを深く被ったマント姿の人物が小路を覗き込んだ。誰もいないことに少し驚いて、辺りを見渡し、早足で小路に入ってくる。急いでそこを抜けようとする人物の背後に、レンドールは()()()降り立った。


「何の用?」


 降ってきた人の気配と問いかけに、マントの人物が足を止める。背中が緊張していた。

 その細い肩に覚えがあるような気がして、ふとレンドールが手を伸ばす。


「……あんた……このあいだの?」


 レンドールの手を払いのけて振り向いたのは、蛇に追いかけられていた女性だった。まじまじと眺めたわけではないし、別れる時にはレンドールの視界は滲みまくっていたので絶対そうとまでは言えなかったけれど。

 フードの奥から睨み上げられて、レンドールは困惑する。


「え……何……? 借りた水筒は集落の代表に預けてきたけど……」


 そのくらいしか思いつかない。

 しばらく黙ってレンドールを睨み続けていた相手は、突然ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。


「……はぁ!? ちょ……なんだよ。なんなんだよ!」


 レンドールは二、三歩後退って、慌てて辺りを見渡した。

 幸いというか、狭い小路には他に誰もいない。理由もわからず目の前で女性に泣かれるという、経験したことのない状況に、そのまま逃げ出したい衝動に駆られた。

 逃げ腰のレンドールの耳に呟くような声が届く。


「……たのせいよ」

「は?」

「アンタの顔を見たからっ」


 勢いでレンドールに掴みかかって、見上げる女性のフードが脱げかかる。

 初めてしっかりとその顔を拝んで、レンドールは僅かに固まった。

 興奮に紅潮するすべやかな頬。微かに震える赤い唇。女性というより少女の顔にはどこか見覚えがある。長いまつ毛に縁どられた潤んだ青い瞳に鼓動が速くなって、目が逸らせない。一瞬だけ仕事のことも自分のことも頭の中から消え失せて、己の鼓動に溺れそうになった。


 だが、現実に引き戻したのもその瞳だった。

 見覚えのある顔よりも、もっと見覚えのあるもの。探し続けていたものの一部。

 我に返ってレンドールは彼女のフードを引き剥がした。その顔を持ち上げるようにして青い瞳を細部まで舐めるように確認する。


「……この瞳……! お前……まさかっ」


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