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白の神、黒の魔物  作者: ながる
魔物の章

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3-7 エラリオの決意

 トントは、現代で言えばアジア的だったり、着物のような服を組み合わせて着ていた。エラリオにはどれも珍しく、あまり手に取ることはなかったが、エストはタンスからあれこれ引っ張り出して、トントの真似をしながら着替えを楽しんでいた。

 追われることのない落ち着いた生活は、エストにも良い影響を与えたようだ。

 エラリオの後ろで言葉少なにうつむいていた少女とは思えないほど、明るく積極的になっていき、読み書きを教え始めると、するすると吸収していった。

 簡単な計算の答え合わせをして、よくできたとエラリオが頭を撫でてやる。

 食糧事情も改善されたからか、エストの身長はぐんと伸びていた。手に絡む濃紺の髪をエラリオは不思議に思いながら少しだけ手で梳いてみる。


「調子はどうかな。手が空いたら少し手伝ってほしいんだが」


 トントが台所から顔を出して、そんな様子のエラリオと目を合わせた。ないものと合わせたと言うのは少し間違っているのかもしれないが、状況としてはそうとしか言えない。


「あ、ああ。いいよ。エストはどうする?」

「もう少しやりたい!」

「じゃあ、次のページも。飽きたらおいで」


 こくこくと頷いて、エストは鉛筆を握り直した。

 エラリオが台所へ入って行けば、トントはざるに山になった豆の筋をとっている。無言で促されて、向かいで同じ作業に入った。


「何かエストに対して疑問でも?」


 トントに聞かれて、エラリオは少しだけ肩をすくめた。


「疑問というか……エストの髪は伸びているような気がするのに、生え際も染めた色のままだなと……染めた時も、あんなに綺麗に染まるとは思わなかったんだが」

「ああ。黒ではまずかったのか。私には黒に見えるから……染めた色に視覚情報を歪ませて見せてるんだろう。自己防衛の一種だよ」

「え……俺には……」

「君がそうしろと言ったからか、少しの間お揃いだったのが嬉しかったのか、そんなところだろう。少し訓練すれば、好きな色に見せられるようになるかもしれないな。君の目が他人より視えるからといって、何もかも見通すわけじゃないというのは、覚えておいた方がいいぞ」


 トントはにやりと笑う。


「そんな風には……でも、わりと頼っているところはあるから、気をつけます」

「エストも、発育不良で本来より幼く見えているけれど、十か十一にはなるからね」

「……そうなんだ」

「思春期真っ只中で『中』に戻ると思っていた方がいい。情操教育や性教育はしっかりしておかないと」


 さすがに何も言えずに、エラリオがトントを恨みがましく見つめれば、トントは可笑しそうに笑った。


「……すまない。君もか。しかたない。そこはサービスしよう」


 エストのための本棚が設けられ、絵本から学術書まで少しずつ難しいものが増えていく。初期の「どうして」にトントは根気良く付き合ってくれた。




 夏から秋は山に薬草や毒草を採りに入り、冬の間は縫物や織物など手仕事を体験する。

 一年が経つ頃には、エストもトントもすっかり快活になっていた。勉強の合間に剣を振ったりすることもある。エラリオとしては、積極的に賛成したいわけではなかったのだが、トントの忠告を飲み込む形となっていた。


「暮らしが落ち着けば、生命の維持に回されていた力が余る。できるだけ発散させた方がいい」


 山の暮らしは歩くだけでも体力を使う。それでもまだ足りないだろうと彼は言い、護身も兼ねて剣を教えたらどうかとエラリオに進言したのだ。

 渋るエラリオにトントは続けた。


「余分な力は淀む。彼女が好きで世話をよくする作物に黒変が出るだろう? 力が淀めば、人も毒されていく。暴力的になり、妄想的になり、他人に当たり散らすか、自らを傷つける。今はまだ成長期でもあるからいいけれど、先を見越しておかないと」


 わかっていても、エストの剣の腕が上がるたびに、レンドールに斬りかかる彼女を幻視する。そんな場面は見たくないと、自分のことは棚に上げて、エラリオは溜息をこぼしてしまう。

 次の冬、エラリオはずっと考えていたことをトントに相談することにした。

 なかなか言い出せないエラリオに、ある日トントの方から水を向けてくれる。以前のように強めの酒を手に、エストが眠った後のことだった。


「何か話したいことがあるんだろう?」


 今回は、早々に酒に口をつける。

 以前のように胃に広がる熱さを、エラリオは言葉を吐き出す燃料とした。


「エストの瞳を、俺に移せないか」

「……ほう?」


 トントの纏う空気が今までにないほど冷たくなった。


「私に返すのではなく、君に?」

「エストが『中』に戻って、俺がここに残れるのなら、彼女が戻った後あなたに返してもいい。だが、たぶん、エストは直接あなたに返すのを承知しない気がする」

「君には譲るというのかい?」

「俺は交換する。俺の瞳を、彼女に。それなら……ある程度の確率で頷いてくれると思う」


 指先でグラスを叩きながら、トントはしばらく沈黙した。

 エストの眠る部屋へ視線をやり、エラリオへとまた戻す。


「困ったね。あり得そうだ。だが……」


 何やら思案して、諦めたように息をつく。


「それでも君をここに残すのはできないな。リスクが高すぎる。他の人間なら数日で瞳の力に溺れるだろうが、確かに君ならアレは誤魔化され続けてくれるかもしれない。それも、私が傍にいたのでは台無しにしてしまいかねないからね。それなら、エストと『中』に戻る方がまだなんとかなりそうだ」

「じゃあ……!」

「とはいえ、エストが持っているよりは、はるかに不安定になる。そんな危険を冒すなら、今のままで二人戻る方がいい」

「他にも利点はあるんだ。『中』では「黒い瞳の少女」が魔物だということになってる。青い瞳の少女と彼女が介護する(めし)いた男なら、田舎でひっそり暮らしていけるかもしれない。動物や魔化獣(まかじゅう)を狩っていれば、力の発散にもなるのだろう?」


 早口で一息に告げるエラリオにトントは小さく息を吐いた。


「君にしては浅慮だ。違うことも考えているね? 『中』を乱すことになっても構わないのか」

「……中にはレンがいる。レンなら、最悪の前に俺を止めてくれる。それは、あなたも望むところだろう? 俺が(たお)されたら、目玉は谷に捨ててもらうよう伝える。それが一番、みんなの望む形になる」

()()()の中に君も入ってるかい?」


 エラリオは力強く頷いた。


「俺は、エストにもっと人の中で生きてほしい。俺もいてやれればいいけど、そうでなかった時、事情を知っていて頼れるのはレンだけだ。エストがレンに恨みを抱いたままではそれは適わないから、彼女にもレンを知ってもらうには……」

「その話には、君の友達が戻ったエストを狙うという観点がないが」

「レンの追っているのは()()()()()()だ。そうでない少女に剣を向ける意味はない」

「そう単純な話かい?」


 訝しむトントに、エラリオは苦笑しながら肩をすくめる。


「レンは、そういうやつだ。あと、たぶん、もう少し大きくなったら、レン好みの顔になるだろうから……その辺の打算も」


 トントは、それを聞いて吹き出した。少し笑って、やれやれと纏う空気を和らげる。


「エストに嘘をつくのか」

「嘘じゃない。一番良い可能性だけ伝える。俺も、そうなることを信じてる。もちろん、エストが自らここに残ると言ってくれれば、それはそれでかまわない」

「……わかった。その時は請け負おう。だが、おそらくあの瞳を移植した後、慣れるのに時間が必要だ。半年から一年。その期間を残してエストを説得できなければ諦めてもらうよ」


 エラリオは頷いて、姿勢を正し、深々と頭を下げた。


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