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白の神、黒の魔物  作者: ながる
魔物の章

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3-2 手当て

「おまけ付きとは……」


 困惑のにじむ声の主は、ゆっくりと姿を現した。

 交差した襟元に太めの帯。袖は袋状でやや長く、裾は床について少し引きずっている。上着のようなものを袖を通さずに肩にかけていて、腕は互いの袖の中に突っこまれたままだった。

 エラリオが見たことのない衣装だったが、もっと奇妙だったのは両目を覆うように包帯が巻かれていることだ。

 背の高い男のゆっくりとした足取りは、けれど淀みなくエラリオ達の前までやってくる。明るい場所に出てきた男の髪は長くまっすぐで、肩のあたりで一つに括られてはいるものの、あちこちに纏め損ねた髪がこぼれ落ちていた。

 通った鼻筋に薄く笑んでいる口元がエラリオの顔を覗き込む。


「君は誰だい?」


 エラリオは動けなかった。

 男に隙がなかったわけではないが、男が纏う異質な空気と、陽光を吸い込んでしまいそうな黒々とした髪を見て、冷や汗が背を伝っていた。


「ソレは君が?」

「違う!」


 少女を指すように顔を向けられ、反射的に答える。少女を抱える腕に力を込めると、男はしばしエラリオと少女を見比べて、深々とため息をついた。


「そう……力に惹かれたわけではなかったのかな。困った。回収できると思ったんだけど……まあ、いいか。おいで。手当てしよう」


 男はゆっくりと踵を返し、家の中へと戻って行った。

 残されたエラリオは迷う。剣を抜いていたのは見えなかったのか。あまりにも落ち着き払った態度は悪いものには思えないが、かといって普通の人間とも違う。エラリオの青い瞳がそう告げている。

 動かないエラリオに、男はやれやれと頭を振った。


「物騒な物はしまって。どうせ私を傷つけることはできないから。その子、傷が残ったら可哀想だろ。君はそう頭は悪くないと思ったんだけど」


 しばしの間を開けてエラリオが剣を収めると、男は軽く頷いてまたゆっくりと歩き出した。エラリオは意を決して男の後を追う。


「……それ、見えてるのか?」


 男の包帯はこちらから透けて見えるようなことはない。ケガをしているのか、何かのまじないなのか判断がつきかねた。


「まあ、不自由はない」


 軽く答えて、男は右手の部屋へとエラリオを誘う。ドアのない入り口を潜ると、小さめの引き出しが沢山ついた棚が目に入った。部屋の中は古い木の皮のような、湿った土のような、少し不思議な香りが満ちていた。一段高くなった場所に畳敷きの小上がりがあって、エラリオは畳を見るのが初めてだったので、訝し気にそれを見下ろした。


「靴は脱いで上がって。その子を寝かせてやって」


 言われた通りにすれば、男はたくさんある引き出しを開けては、布や粉など取り出していく。

 軽く手で追い払われ、エラリオは少し離れた場所に座って彼らを見守った。

 男はハサミを手に取って、無造作に少女の服を裂いた。ざっと全身を改めて、細い口のポットのようなものを使って傷を洗っていく。

 エラリオは藁を編んだような敷物が水浸しになるのではと案じてみたが、少女の身体を流れた液体は畳につく寸前に、ふっと消え失せていた。


 汚れが落ちると、男は粉を練って布に塗り、傷口へと当てていく。範囲の広いものに貼り付けた時には、少女は小さく呻いて眉を顰めた。それでも目を開けることはなく、エラリオは少々心配になる。

 実は、見えないところを負傷しているのではと。


「痛みに反応があるなら、そう悪くはない。君が守ったのかい?」


 エラリオは曖昧に頷いた。

 守った、と言えるか疑わしかった。


「魔物と呼ばれている子だろう? 物好きだな」

「だって、まだ何もしていない。彼女はそこにいただけだ。一緒にいた十日ばかりでも、何も起きなかった」


 何より、他人より物事がよく()()()エラリオの瞳が怯えた子供しか映さなかった。

 それでも、自分は少女と会った時、レンが迷わなかったら彼女を助けなかっただろう。あの国の(ことわり)にこちらから介入する気はなかった。レンが迷ったから、疑問を持ったから――本人が気づいていたかは怪しいが――動いただけに他ならない。

 自分のように視える目を持つでもない、普通の少年が。エラリオがレンドールに好感を持つのは、そういうところだ。


 男は少しだけ喉の奥で笑った。

 彼女の顔の傷にも膏薬を貼ろうとして、ふと手を止め、膏薬の代わりに自分の掌をそっと押し当てた。


「顔は綺麗な方が何かと便利だろう」

「便利?」


 エラリオが言い方に不快さを表せば、男は口の端をにぃと上げる。


「身に覚えがあるんじゃないか」


 確かに、エラリオも「かわいいね」とおまけをつけてもらえることは多かった。まだ『外』にいた頃、人買いに高値で買うと交渉される母の姿も見てきた。頑なに自分を手元に置いてくれた母には感謝している。

 他人を相手にしても、するすると苦も無く思い出せる幼い頃の記憶に、やはりここは『外』なのだと納得する。

 男が手を離すと、少女の顔の傷は綺麗になくなっていた。まだ残る細かい傷も、男が顔を撫でるようにしただけで綺麗になっていく。


「『(ツカサ)』……なのか?」


 髪は染めているのか、と思いかけて、自分がずいぶんと『国』に馴染んでいたのだと思い知らされる。


「おやおや。『(それ)』はあの中の名称(ことば)だろう。まあ、そうでなくても答えは「いいや」だけどね」


 『外者(そともの)』もここで表現するには違うなと、言葉を探していたエラリオは、その答えに我に返った。


「違う?」

「さあ、だいたいよさそうだ。おいで。着替えと部屋を貸してあげよう」


 男が少女を抱き上げたので、エラリオも慌てて立ち上がった。

 男の動きは相変わらずのんびりしていて、追いつくのに苦はない。どこに行くのかと思えば、先ほど入って来た廊下を奥へと進む。奥と言っても、すぐそこで行き止まりだ。エラリオが眉を顰めたとき、男が正面の壁に手をついた。

 わずかに壁の表面が波打ち、次の瞬間ドアが現れる。何事もなかったかのように男がドアを開ければ、タンスにベッド、簡易な机が置かれた、エラリオの見慣れたよくある小部屋だった。


「こんな風だったと思ったけど。慣れている方が使いやすいだろう? そっちの扉はトイレ。食事は面倒だから一緒にさせてもらうよ。こちらに合わせてほしい。ええと。君たちは風呂だったかな。シャワー? 水浴び?」

「しゃわー? って?」

「そこまでは進んでない、と」


 何やら思案しながら、男はタンスから着替えを出して少女に着せていく。前合わせで、袖と裾はゆったりとした半端な丈の上( ※)

 ベッドに彼女を寝かせると、もう一組出していたものをエラリオに手渡して、男はついて来いというように手を振った。


「……まあいい。面倒だ。使い方を教えるから、汚れを落として着替えて。君の傷も手当てしよう。ああ、心配ない。めったに人は来ない。来てもすぐわかる。彼女一人でも問題ないよ」


※病院着や甚平のようなもの

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