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白の神、黒の魔物  作者: ながる
追跡の章

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2-14 少年の証言

「知らない! お前なんて知らない! 人違いだろ! 放せって!!」

「べつに捕まえに来たわけじゃねーから安心しろ? 話を聞きたいんだよ」

「はっ……はなし?」

「アレも返せとか言わないから」


 少年は胡散臭そうな目つきでレンドールを見上げていたけれど、とりあえず暴れるのはやめた。


「どこに行くつもりだったんだ? 用事があるなら終わるまで待っててやる。どのみち、ここじゃ目立つしな」


 すぐ横の建物に目を向けた少年につられて、レンドールも視線を移す。


「入るのか?」


 答えない少年の手を放し、背を押して促した。レンドールもすぐ後ろからついていく。


「……くんのかよ」

「当たり前だろ。逃がしゃしねーよ」


 観念したのか、開き直ったのか、少年は渋々と足を動かし、ひっそりとした建物の中へ入っていく。埃っぽい廊下は真ん中だけ人の通った跡があって、誰かが出入りしていることを窺わせた。

 少年が向かった場所は小さな礼拝堂のようで、ドアを開けると正面に白い女性の像が見えた。他には誰もいないが、像の足元に食料が置いてある。レンドールは、エスタの町にあった礼拝堂を思い出した。


「……孤児院って礼拝堂もあるもんなのか?」

「『(ツカサ)』が関わっていることも多いので、ある施設は多いと思います。が……」


 独り言のようなレンドールの疑問にはアロが答えた。しかし、そのアロも少し眉を寄せている。


「エスタのように誰もが使えるような性質のものではないんじゃないかと……」


 アロの声を聴きながら、レンドールは女性の像に近づいた。足元に置かれた食べ物や飲み物は、量は少ないもののまだ新しく、つい最近置かれたものに違いない。

 少年は大人たちの顔を窺いながらポケットに手を突っ込み、レンドールの顔を何度も見上げて、それから意を決したようにそこに何かを置いた。

 それを見て、レンドールは腕を組む。


「お、お前んじゃないぞっ。ち、違うんだからな!」

「……そのことについては何も言わねーよ。しらを切るつもりなら口を滑らすな。ばか」

「ば、ばか?!」


 少年が置いたのは『()』がよく利用する糧食で、美味しくはないが栄養価は高い。どう考えても昨日レンドールが盗られた物だろうが、それはどうでもよかった。


「ここ、鍵はかからねーのか?」

「鍵は前の院長が持ってたんだけど、持ったままいなくなっちゃったから閉められないんだって」


 レンドールが追求しなかったからか、少年は少しだけ警戒を解いたようだった。


「これは全部お前が?」


 そこに置かれたものを指差せば、少年はゆるりと首を振った。


「そんな余裕があるなら……俺も何度かもらった」

「誰が持ってくるのか、知ってるか?」

「『司』だと思う。新しい院長かもしれないって、前にここの『ゆりかご』にいた奴らが話してるのを聞いて、様子を見に来てたら一度だけ会って……違うって言われたけど、来られる間は何か置いておくから、分けろって」

「と、いうことは、他にもここに来る子供がいるってことか?」

「いるよ。俺らくらいになると手伝いで駄賃がもらえたりするけど、もっと小さな子は役立たずってご飯抜かれることもあるから。でも、毎日あるわけじゃないし、いつまでもは無理って言ってたし……」

「そうだろうな……」


 頷いたレンドールを少年はじっと見上げた。レンドールは屈みこんで少年と視線の高さを合わせると、できるだけ平坦に聞く。


「お前さ」

「ティト」

「ティト、なんで俺を狙った?」


 少年は口を真一文字に引き結んで、黙り込んだ。

 レンドールは辛抱強く待つ。


「捕まえたりしねーから、教えてくれ。大事なことのような気がする」


 まだしばらく迷ってから、少年は小さな声で言った。


「ポーチの他に小袋をつけてる『士』からは、それを盗っても捕まらない。だから、もしもそのくらい切羽詰まったり、誰かに強要された時は、まずそういう人を探せって……『士』から奪ったなんて、きっとみんなすごいって言うからって……」


 レンドールは、頭の芯が冷えていくような感覚を味わっていた。

 霧のかかった山中で光が差すような。


「……誰だって? 誰が、そう言った?」

「え……」


 レンドールの顔が強張って見えたのか、少年は逡巡する。焦る気持ちを、レンドールは自分のこぶしを強く握りしめることで抑えていた。


「ここで一度だけ会った、『司』だけど……」


 聞いてしまえば、そうだったのだとすべて繋がって、レンドールは思わず外に飛び出した。通りに出て見回しても、その人物がいるはずもない。わかっていても、すぐ近くにいたのにと悔しさがこみ上げる。

 リンセが追いかけてきて腕を掴まれていなかったら、レンドールは無駄に走り出していたかもしれなかった。


「おいおいおい。ちょっと待て。説明しろ。それとも、一刻を争うのか?」


 肩で息をつき、リンセの顔を見て冷静さを取り戻す。


「……いや。もういない。今じゃダメなんだ」

「はぁ?」


 自分の両の頬を勢いよく叩いて、レンドールは大きく深呼吸した。


「エラリオだ。食いもんを置いたのも、ティトに入れ知恵したのも」


 リンセは疑わしそうにレンドールを見下ろして、それからやってくるアロに視線を投げた。


「それは――あり得るのか? 政務官さん」



 ◇ ◇ ◇



 ひとまず、三人は場所を変えることで一致した。腰を据えて話し合いたいと。

 レンドールは情報提供の礼だと、夕食に少年ティトも誘う。ティトは、一度は断ったものの、小さく鳴く腹の音に固辞するまでの力はなかった。

 好きなものを食べていいと言われて、少年はあれこれ吟味を始める。

 その間にレンドールたちは麦酒(エール)と葡萄酒でのどを潤しながら、状況を整理し始めた。


「つまり、『司』に成りすませるのか、ということですか」


 口元に手を当てて、アロは眉を寄せる。


「誰かを襲って法衣を奪えば簡単なのでしょうが、そんなことをすれば即報告が上がってくるでしょう。勤務先が決まっていれば、拘束されたり殺されたりしたとしても、無断で欠勤することになるので、やはりすぐ調べられると思います」

「個人で動く『司』はいねーのか?」


 『士』は所属が曖昧なまま個人で日雇いのように自分を売り込む者もいる。レンドールたちも勤務地を定めないまま各地を回って活動していた。本来であれば、自分の村に所属を置いて、数年ごとに中央都市での勤務と交代で着くことになるのが基本なのだが、現状、村の『士』の数は足りているので、あまり問題はないのだ。


「『司』は小規模な村にまで置くだけの数もいませんし、能力にも個人差がありますので『士』よりも厳格に管理されています。例外というか、必然的にというか、お年を召して引退された方の中で、比較的お元気な方には緊急時にお手伝いいただくこともあるので、あるとすれば、そういう方が襲われて、でしょうか。とはいえ、そういう方にも週に一度の報告業務があるので簡単とはいかないはずなんですが……」

「そのためだけに襲うなんてことは、あいつはしねーよ」

「きちんと確認してみなければ何とも言えませんが、生体反応が無くなってから丸一日経つと救難信号が発信される仕様ですので、資格証も一緒に奪われていると思います。ですが、レンは体験したから分かると思いますが、その人が護国司の中でもどんな資格を持っているかは他人に窺い知れるものではないので、他人になりきるというのは無理だと思います」

「週に一度なら……まだその日じゃないのかも。どんなに差があっても、五日より長くはないはずだ。そう思えば、可能性は上がるだろ?」


 それに、と、レンドールは続けた。


「宿についた時、それらしい『司』を俺も見た。たぶん、あいつだ」


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