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白の神、黒の魔物  作者: ながる
追跡の章

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20/120

2-12 待ってる

「なんだかずっとスッキリしない顔をしてますね」

「んー……」


 アロに言われて、レンドールは頬をこすった。

 もちろんそれでスッキリするわけではないのだが。


「なんで、俺が狙われたのかなと思って」

「トロそうに見えたのでは」

「うるせぇな……確かにリンセに捕まってたけどよ、リンセも俺も制服なんだぞ? もっとリスクの低いヤツを狙うのがフツーじゃね?」

「どうでしょうね。盗ることよりリスクを楽しんでいるのかも」

「それならそれで、俺の小袋はその辺に捨ててあってもおかしくねぇんだよな。気をつけて見てたけど、それらしいのは見つかってねぇ」

「大事なものではないのでしょう?」

「ああ。盗られてもいいもんしか入ってねーよ」


 言いながらも、やはりレンドールは難しい顔をしていた。酒を飲み干したリンセが、名残惜しそうにカップの底を覗き込んで口を挟む。


「仲間が捕まって逆恨みしてんなら、役人に一泡吹かせようってこともありそうだが。レンは見た目もあいつらに近いから、舐められたのかもな」

「まあな……やっぱり、とっ捕まえて本人に聞くのが早ぇかな」

「早いでしょうが、その少年が見つかるまで足止め、ということですか?」

「それなんだよなぁ。川向こうの町に行ってみて、ちょっと考えるかな。『(ツカサ)』の方に何か情報はねーのか?」

「残念ながら、やはりこの辺りで目撃情報は途切れるらしく。森や山を重点的に探してはいますが……」

「やめやめ! 考えたって見つからんし、酒はねえし、今日はもう寝る、でいいんじゃないか?」


 背もたれにだらしなく腕を引っかけて、リンセは肩をすくめた。アロも異論はないようで、カップの中身を空けている。そのまま酒場を出たのだが、二人は宿に着くまで今日の部屋割りで揉めていた。



 ◇ ◇ ◇



 結局、またリンセと同室だったので、レンドールはカードを取り出して誘った。暇な時間を飲んで過ごしてしまうと明日に響くかと思ったからだったが、「ただやってもな」と言うリンセの一言で賭け始めて、白熱している。

 勝敗は六・四で、リンセが勝っていた。

 五枚の手札で役を作る単純なゲームで、札の交換は一度きり。一回の負け分を取り返そうと、レンドールは交換に出すカードを吟味していた。リンセは決まっているのか余裕の表情だが、この顔で役無しの時もあるので読みにくい相手だ。


「そういえば、不思議だったんだが、制服の小鞄(ポーチ)はいっぱいだったのか? わざわざ小袋に分けて持つなんて」


 長考するレンドールに揺さぶりをかけるためにか、単に待つのに飽きたのか、リンセはそんなことを聞いた。


「ああ、いや。この辺では見かけないかな。南の、一部地方の風習みたいなもんでさ。盗られてもいいものしか入ってないって言っただろ? 子供のうちはそれを盗っても咎められないんだ」

「ほぉん? そりゃ、太っ腹だな?」

「なんか、元は悪ガキと意地を張った大人の勝負だったのが、今じゃ子供の度胸試しになってるとか。気づかれて捕まったら、家や仕事の手伝いをしなきゃいけないらしい。年に一度、祭りの時だけは取り放題とか言ってたな」

「なるほどな。家の手伝いでお小遣いがもらえる的なアレか」

「そうそう。面白いから勝手に真似してるんだが、そもそもその風習が知られてないし、『()』から盗ろうってガキもあんまりいなくて……そうなんだよな。いねーんだよ」


 レンドールは話しながら二枚のカードを場に伏せて、新たな二枚を引いてくる。結果は芳しくなく、眉を寄せながら投げ出すようにして場に開いた。


「ほい。俺の勝ち」

「くっそ。インチキしてねーだろうな?」

「少年からむしり取るほどアコギじゃねぇよ」

「インチキすんのかよ」

「時と場合によってはな」

「大人って不潔!」

「勝つまでやるのか?」


 ニヤニヤして言われて、レンドールは渋い顔をしながらも首を振った。


「やめとく。明日巡回してる『士』に被害があるのか聞いてみよう」


 宣言通り、次の朝賑わう市に繰り出して、護国士を見つけては声をかける。

 みな「そんな子供がいたら捕まえる」と口をそろえた。朝市の時間もスリや置き引きが多い。レンドールはこそこそと物陰から様子を伺う子供たちにも目を光らせていたが、昨日の少年は見当たらなかった。


「さあ、どうします?」


 屋台で飲み物を買って一息ついているときにアロが言う。

 レンドールは辺りをぐるりと見回して、一唸りした。


「昼からは川向こうの町に行ってみよう。たぶん、西だと思うんだよな」

「西……根拠を訊いても?」


 ちらりとアロを見てから、レンドールは地図を取り出す。細かいバツ印が沢山ついたそれを折りたたんで、アロとリンセに見えやすいように差し出した。


「あんまり綺麗じゃねーけど、印のある所が魔化獣(まかじゅう)や凶暴化した獣が出ると噂の出た場所。西のこの辺りに集中してる。北もそこそこ多いが、川と湖が占める割合も多くて、船を使えば行き来に支障はない」

「……じゃあ、北に向かう方が人にも紛れられるし、『士』の目も薄くなっていいんじゃ?」


 リンセが腕を組みながら地図を覗き込む。


「……と、思わせたいのと、一般市民に被害が出るのを最小限にするためだ。魔化獣の噂が出れば、迂回ルートをとる人も多い。自分が見つかっても誰かを巻き込む可能性が低くなる」


 アロがわずかに眉を顰めた。


「そこまで考えて噂を広めて、自分は捜索網のただ中を通っていくと?」

「ただ中まではいかねーかもだが、その脇に×の少ない地域が点在するだろ。『士』が情報を確認しに来たら、その後しばらくは安全に通れる。そういう場所を繋いでいけば、西の方に伸びるんだよ」

「彼があなたの裏の裏をかくという可能性は?」

「ないわけじゃないが……俺、出発までに五日かかってる。今の段階で心理戦は仕掛けてこない。なんなら、ちゃんと追いかけてくるのか、()()()()

「おいおい」


 リンセが思わずというように声を上げた。

 アロも怖い笑みを浮かべている。


「バカにされてます?」

「そうじゃない。俺がちゃんとやれるのか確かめてるんだ。一人で突っ走ろうとしたって国に止められる。ちゃんと考えて、折り合って、利用して、その上で()()見つけなきゃ」


 アロは深々とため息をついた。


「……まあ、現状、有力な情報はありませんから? 何か見つかるまで、カンでもなんでも頼るしかないんですが」


 レンドールは頷いて、「先に」と、町外れにある孤児院に寄っていくことを提案した。


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