7-28 預言の未来
レンドールは村常駐の護国士として八年ぶりに故郷へと戻った。
喜んでくれるかと思った両親には開口一番怒鳴られて、おかしいなと首を捻る。
エラリオのところはおばさんが黙って二人を抱きしめていたと口を尖らせれば、拳骨が飛んできた。
さんざん怒られた後に泣かれて、少々気まずい思いをする。
だからというわけでもないが、すっかり一人暮らしになれてしまったこともあって、レンドールは自分の家を別に定めた。
引っ越しや巡回ルートの引継ぎ、村の友人たちに夜ごと酒に誘われたりしているうちに日々は過ぎていった。
エラリオが一緒に連れ帰ったエストが、少々村に溶け込みづらそうにしているのも知っていたけれど、あえてレンドールは声を掛けなかった。
半分はエラリオと暮らしていることへのやっかみだし、エラリオがなんとかするだろうと思っていた。ラソンの店は閉めてきたから、エラリオと一緒に新たに薬屋を開いてもいいし、村にある薬屋で手伝いをしてもいい。今はまだ村のみんなも腫れものを扱うようにしているけれど、きちんと働く人間を辺境は拒まない。
だから、エラリオが巡回中のレンドールに声を掛けてきた時も、ただただ困惑するしかなかった。
「なんとかしろって? 俺が?」
「そう。話もしてないんだろ?」
「別に、用事もねーのに話しに行かねーだろ」
「それだけじゃなくて、レンは必要以上にエストを避けてるでしょ」
「そんな、ことは……」
エラリオは怖い笑顔で果樹園の方を指差す。
「いいから。今日は収穫の手伝いしてる。変に気を回して、肝心なことだけ胸にしまうのやめろよ」
「俺は、何も……」
胸に指を突き付けられて、青い瞳に見つめられると何もかも見透かされている気分になる。エラリオはそれ以上は何も言わなかったけれど、レンドールは観念したように一息吐き出した。
向かい合うと、鏡合わせのように同じ眼帯をしている二人だ。立ち話をしていても目立つ。
護国士の資格はとうに剥奪されてしまっているエラリオは、別の仕事があるからと行ってしまう。その背を見送って、仕方なしにレンドールは果樹園の方に向かった。とはいえ、今更何を話せばいいのか一つも浮かばない。
別に今日じゃなくてもいいよな、と引き返そうとしたところで、オレンの実満載の木箱をよろよろと運んでくるエストを見つけてしまった。
目が合って立ち止まったエストに、気まずさを誤魔化すためにずかずかと近づいて箱を奪う。
「入れすぎだ。あぶねーだろ」
「……レン」
立ち止まったままのエストを振り返れば、今にも泣きそうな顔をしている。
片方義眼になったというから心配していたけれど、よくよく見なければわからないほどの色の違いしかなく、レンドールはどこかホッとしていた。
「な、なんだよ。やめろよ。俺がなんかしたって思われるだろ!」
「レン、エラリオを助けてくれて、ありがとう」
「は? 今? いつの話だよ。礼なんて言われる筋合いねーから、気にすんな」
「だって、ずっと言い損ねてたから……レンは、故郷までのこのこついてきた私のこと嫌いかもしれないけど」
「誰もそんなこと言ってねーだろ?」
「だってずっと避けてたじゃない!」
「それは……」
入院中もエストの来る時間には姿をくらましていたし、村に戻ってからも顔を合わせないようにしていたのは確かで。違うと言えなくて、レンドールは口ごもった。
エストに背を向け、倉庫へと足を進める。エストも後ろをついてきた。
「邪魔しちゃ悪ぃかなって……」
ぼそりと聞こえないように落とされた小さな声を、エストは耳ざとく聞きつけたらしい。
「邪魔? なんの?」
「だから……」
箱を置いたレンドールに、眉を顰めて問い詰めるようなエストに少々たじろいで、レンドールは一歩下がった。
「すいませーん。挨拶に伺ったんですけど、『士』の方いらっしゃいますかー?」
「あ、はい! 中で……」
外からの呼び声にレンドールが答える。入口からひょいと覗かせた顔にレンドールは顔をひきつらせた。辺境に戻れば二度と見ないと思っていた顔がそこにある。
「ラ……!」
「今度ヘネロッソに赴任してきたアロです! 時々お邪魔しますので、よろしくね。レン!」
にこにこと中まで入ってきたアロは、二人の顔を見比べて呆れた表情になった。
「君たちさぁ……」
はぁ、とため息をつくと懐からチケットを二枚取り出す。
「レンを水上祭の警備に連れ出そうと思ったんだけど、仕方ない。今年は休みにしてあげる」
「は?」
アロはレンドールの手を取って、チケットを握らせた。祭り期間限定、ヘネロッソの人気レストランのディナー招待券のようだ。
「この恩はかなり大きいと思うよ?」
「は?」
「じゃあ、またそのうち!」
呆然とするレンドールににこやかに手を振って、アロは行ってしまった。
「なんだ、あれ……あー……いるか?」
チケットをエストに差し出して、レンドールは訊いた。
「え。いいの?」
「エラリオとでも行けばいい」
「……レンも、お休みだって」
「そう、なんかな?」
「案内してくれるんじゃないの?」
「え? 俺? 俺が? 俺も?」
しばし二人は見つめ合って、そっとレンドールから先に視線を逸らした。
「そ、そっちが嫌じゃねーなら……うん……」
「うん。楽しみにしてる」
レンドールの手にチケットを残したまま、エストは踵を返して出ていった。
視界の端に見えたエストの顔が笑っていたような気がして、レンドールは「まさかな」と呟いた。
この年、『預言の巫女』は代変わりし、ラーロは体調不良を理由にその役を離れた。魔化獣の出現が激減し、王室が巫女と距離を置き始めたのも、この時期だった。
無理と言われていた渓谷に橋をかける工事が始まったのは、それから五十年後のことである。
白の神、黒の魔物・Fin
後日談等の番外編を「白の神、黒の魔物番外編集」でぼちぼち投稿します。
https://book1.adouzi.eu.org/n3422kv/
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