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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-24 渾身の一発

 周囲はなかなかの荒れ具合だった。

 元々廃村ではあったけれど、緑に飲み込まれそうな静けさはなくなり、争いの爪痕が広がっている。建物の形を残しているのはレンドールが今出てきた小屋だけだ。

 あちらこちらから聞こえる衝突音に意識を向けながら、レンドールはリンセを探した。被害の少ない村の東側で様子を窺っているはずだった。

 物陰も少なくなっているからすぐに見つけられるかと思った緑の頭は、ぐるりと見渡した範囲にはない。次に被害の少なそうな南側だろうかと地面に穿たれた穴の縁を慎重に歩き始めれば、その穴の中から声がかかった。


「レン! 動けるのか? 危ねえぞ。下りてこい」

「下りたら上がれねぇ気がする。リンセも動けそうか? 頼みがあるんだが」


 座り込んでいたリンセはやれやれというように立ち上がって、穴の縁に肘をかけた。屈み込んでいるレンドールに呆れた目を向けて笑う。


「そんなんで、まだ何やるつもりなんだよ。だいぶ気分は良くなったけど、嬢ちゃんのことなら引き受けねーぞ。お前が最後まで面倒見ろよ。つまり、おとなしくしとけ?」

「おとなしくしてたって、荒れていく範囲が広がるだけだろ。俺がエラリオと組み合ってヤバそうになった時、一瞬でいい。あいつの気を逸らして欲しいんだ」

「組み合って……って、できんのか? つーか、させてくれんのか?」

「もう少ししたら痛み止めも効いてくるはずだし、あいつ、長年俺とやり合ってるからか、初め少しだけ合わせてくれるんだ。興が乗ってくるか飽きるともう敵わねーんだけど」

「勝算は」

「ゼロじゃねぇくらい」


 リンセは肩をすくめる。


「その確率のために呼ばれたのかよ。長年隠し続けてきたこともバレちまったし、とんだ貧乏くじだな」

「ゼロなら呼ばないし、そうしたらバレるもバレねーもなく近い将来人生も終わりだけどな」

「……それはそう」


 「っかぁーーーっ!」と眉間を揉み解して、リンセは恨めしそうにレンドールを見やる。


「……そう。そうだな。わけわかんねぇうちに終わるよりは……俺の好みかな」

「だろ?」


 にやりと笑うレンドールに、リンセも笑い返す。

 穴から這い出したリンセと共にレンドールは西側に向かった。林立していた木々は、上空から見れば虫食い穴のようになぎ倒された空間があちこちにできている。

 二人のぶつかり合いの音や光は地上だけではなく、空からも聞こえてきていた。

 リンセとレンドールが通り過ぎた場所にまた一つ穴が開いて、振動によろけたレンドールをリンセが庇う。


「おいおい」

「大丈夫。だいぶ薬効いてきた、から」


 レンドールはぐるりと辺りを見渡して、リンセを押しやる。


「そろそろ離れててくれ。俺、狙われるかもしんねぇ」

「ん? なんで」

「ラーロが庇うのに気付いたから、挑発すんのに使われるかも」

「……レンドールさんよぉ」

「織り込み済みだから。そうしてくれねぇとそもそも近づけねぇ」


 呆れた顔で無くなったレンドールの右目を見つめるリンセに、レンドールは北の山の上空を指差した。


「あの辺、次に光ったら一発飛ばしてくれ」

「見えんのか?」

「勘。外れたらまた試す」


 くくっと笑って、リンセは剣を抜いた。


「先にカード勝負しとけばよかったな。今夜はどっちの運が強いか」

「カードに使う運は、今夜はねぇよ」

「なるほど……なっ!」


 パッと光が弾けた瞬間、リンセは一歩踏み込んで全力で空を斬った。結果を見ずにまだ残る木陰へと走って行く。リンセの攻撃は、うるさいかもしれないけれど決定打にはならない。使い手を炙り出してどうこうしようとはまだ思わないはずだ。と、レンドールは睨んでいた。

 響いている中では小さな衝突音。

 どちらかが気付けば、なんらかのアクションがあるはず。


 レンドールが思った通り、いくつかの攻撃が西や北の山や森を欠けさせた。少し前までの指向性の感じられない流れ弾ではなく、そちらに逸らされたのだと感じる。続けてレンドールの足元を抉る程度の小さな攻撃が降ってくる。

 少しずつ下がりながら、レンドールはタイミングを逃さないために意識して呼吸を深くした。


 数秒後、レンドールの目の前にクリーム色の法衣が現れる。大きな力を弾き返し、反動で倒れそうになる。

 レンドールはその背を支えて、すばやくラーロの前に出た。ラーロを背に庇う格好になり、追撃しようと手を振り上げながら現れたエラリオに偶然にも横から体当たりすることになった。

 よろめいたエラリオの腕を掴もうとして、レンドールの手は空を掻いた。


「……あっ! くそ。距離感わかんねぇ!」


 エラリオは数歩移動して地に片膝をついた。完全に何が起こったかわからない顔をしている。


「レ……レン! レン! どうして、なんでいるの! ああ、もう! めんどくさいめんどくさいめんどくさい!!」

「おっと」


 癇癪を起こした子供のようにわめくラーロをレンドールは手を後ろに回して背中に留めておく。顔を上げたエラリオの視界にその顔が見えないように向きも変えた。

 きょとんとしたエラリオはまだ不思議そうにレンドールを見上げている。


「エストに変な入れ知恵しただろ。俺、あの薬飲んでんだよ。数日前のことだ。見分けられる」

「毒も渡しました!」

「堂々と言われても困るけど……毒なら、飲んでやったんだけどな」

「もう何もできないんだから、引っ込んでてよ! どうして僕の前に出るの! おかしいんじゃない!?」

「あんまり叫ぶなよ。傷に響く」


 びくっと身を震わせ、黙ったラーロはレンドールの左腕にそっと手を添えた。ずきずきと奥に響くような痛みが軽くなる。


「あ。なんだ。そういうことできんのか。なあ、頼む。ちょっと全身痛みを感じなくさせてくれ」


 ゆっくりと立ち上がるエラリオに警戒しながらレンドールは少し下がった。


「痛みを感じないと攻撃も守りも箍が外れて自身の身体(うつわ)を壊しかねません。今のあなたでは……」

「動けた方が確率が上がるんだよ。少しの間でいいんだ」

「……何を思いついたのさ」

「いいから、顔を伏せて黙って見てろって。どうもあんたの顔見ると暴走始めるみたいだからな」

「……距離感も掴めてないくせに」

「エラリオとの手合わせは目を瞑っててもできる。俺が右で殴るから、その間に森に身を隠せ」

「僕に命令しないで」

()()()()()()!」


 笑いの混じる声で言い放ったレンドールの背中に手を当てて、ラーロはレンドールを押し出すようにした。

 ほぼ同時、エラリオもレンドールに向かってくる。

 欠けた右の視界以外は痛みも消えて、レンドールは笑んだまま、宣言通りエラリオの顔に右で渾身の一発をくれてやった。


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