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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-23 最初で最後

 ぬるりとレンドールの内側に侵入した指は躊躇いもなく眼球を攫っていく。

 視神経がブツブツと切れる音を聞いてから、レンドールの身体に痛みが一つ加わった。


「あああああああああぁぁぁ!!」


 レンドールの絶叫に止まっていたかのようだった時間が動き出す。

 ラーロがエラリオとレンドールの間に現れて、二人を引き離した。先程のエラリオのように少々乱暴になったのも仕方のないことかもしれない。


「返しなさい」


 エラリの手の中にある眼球をラーロは取り返そうとした。

 エラリオは笑んだまますい、と握った手を振り上げる。その手を狙って飛んだリンセの一撃は腕に届く前に何かに当たって霧散した。気づいたエラリオが攻撃の出所に視線を向けようとしたところで、もう一度ラーロは手を伸ばす。

 執拗に取り返そうとするラーロに気付いて、エラリオはまた少し笑った。

 小さな力のぶつかり合いが両者の間で火花のように散る。幾度か繰り返した末に、エラリオはラーロの前にずいとこぶしを突き出して、中のものを握り潰した。


 小さな音は静かな廃村にやけに大きく響き渡った。

 こぶしから滴るものが地面に落ちていくのをラーロはしばし目で追って、エラリオに戻されたときには、その目は白く揺らいでいた。

 二人の間に光が走り、次の瞬間には廃村の外れで爆発が起こる。

 次には北の山のふもとで、また集落の南側で。


「うわ。マジか。嬢ちゃん、レンをひとまず家ン中に!」


 右目を押さえてもがくレンドールをどうにか宥めていたエストは、頷いてレンドールの身をリンセに預ける。不規則に揺れる地面に足を取られないように二人は小屋の中へと滑り込んだ。

 ベッドはあまり広くなく、柵もないので頻繁に揺れる中では逆に危なかろうと、床に毛布を敷いてそこにレンドールは寝かされた。

 ドアの無くなった入口から外を見てリンセはぼやく。


「俺がどうこうできる余地ねぇじゃん……」

「…………す……まん……」


 朦朧としながら落とされるレンドールの謝罪にリンセは苦笑する。


「まあ、アレとひとりで向き合ってたの、尊敬するわ。しばらく休んどけ」


 そのままひょいと外へ出ていく。

 エストはなるべく冷静に黙ってレンドールの傷を手当てしていった。時々小屋が大きく震えると泣きたくなるけれど、手を動かさなければレンドールがそのまま動かなくなりそうで、それも怖かった。

 腕の傷はまだよかったけれど、脇腹の傷は斬られた後に抉られている。痕が残るだろうなと思うのと、それをエラリオがやったのだと思うことで、エストの表情は沈んでいく。

 お日様色の瞳も……と、顔の汚れと血をふき取っていると、レンドールが呻いてからふと目を開いた。右目のぽっかりと空いた穴が痛々しくて、エストは視線を逸らしてしまう。


「……痛かった? 少し、我慢して。消毒もしたいし」

「エスト、痛み止め」

「え?」


 思わず手を止めて、エストは残った方の瞳を見つめた。

 お日様色の瞳は諦めの色に沈むことはないようにまだ光を灯している。


「強いやつ、くれ。行かないと。きっともう少しだから」

「でも、あの様子じゃ……」

「試したいことがあるんだ。それでダメなら……みんなの手を借りて俺が仕留める」


 エストはレンドールの言葉に揺さぶられる。

 痛み止めを飲んだところで、まともに動けるのか。片方だけになった視界は思った以上に感覚が違うだろう。それでダメならエラリオを殺すというレンドールを受け入れたくない気持ちもある。もうどうしようもないと諦めているはずなのに、一縷の望みに縋りたい気持ちも。

 決められないまま、エストは立ち上がった。

 ラーロにもらった薬が頭を過ぎる。

 痛み止めを素直に渡すのか、それとも――


 エストが薬と水を用意している間に、レンドールはなんとか自力で身を起こして壁に背を預けていた。

 エストは膝をついてレンドールに薬を差し出す。

 レンドールはエストの掌の上の白い錠剤を受け取ろうと腕を上げようとして――苦笑いした。


「情けねぇ。口に入れてくれ」


 痛みに腕が上がらなかったのか……エストは素直に開いたレンドールの口に錠剤を入れた。続けて水の入ったコップもレンドールの口に傾ける。慎重に覗き込むように少し前屈みで。

 レンドールが上手く水を啜ったのを確認して緊張を解いた、瞬間。

 エストの腰をレンドールが引き寄せた。

 元々傾いていた身体はあっけなくレンドールの上に倒れて、突然のことに手にしたコップは残りの水をまき散らして床に落ちた。


「えっ……っ!?」


 驚いてわずかに開いた口がレンドールにぶつかる。

 何が起きたか一瞬わからずにいたエストは、腰を引き寄せたレンドールの手がいつの間にか彼女の後頭部を掴んで、しっかりと押さえつけていることに気付いた。同時に、口に触れている柔らかいものから液体が流れ込んでくる。

 再び状況がわからなくなって、パニックになりかけた時、エストの背中をレンドールの指がするりと撫でた。

 びくん、とわずかに背が反り、唇が離れる。離れた瞬間にレンドールの顔がそこにあって、二つの衝撃でエストは口の中のものを思わず飲み込んだ。


「あ……」

「……恨んでもいいけど、そっちが悪いんだからな」


 気まずそうに視線を逸らしたレンドールのつい今しがたまで触れていた唇を見つめて、エストは何が起きたのかようやく理解した。この場合の反応は何が正しいのか、エストは自分の唇に触れながら考える。

 けれど、考えている時間などなかったのだ。

 レンドールがエストに視線を戻した時には、エストの意識は沈みかけていた。レンドールの腕の中へもう一度倒れ込んでいく。

 それを受け止めて、痛みに少しだけ顔を顰めた後でさらにエストが眠っているのを確認して、レンドールはエストをぎゅっと抱きしめた。


「諦める気はねぇけどさ……もしも上手くいかなくても……思い残すことはねーかも……」


 柔らかな身体を自分の寝ていた場所に横たえると、レンドールは痛み止めを探した。途中で熱を出したときに処方してもらった強壮剤を見つけて、効けばもうけもの、くらいの思いで多めの痛み止めと一緒に口に放り込む。

 あちこち開けていてエラリオの剣も見つけたけれど、レンドールはあえて何も持たずに外へ出た。


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