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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-21 嫌な変化

 ラーロが触れた剣を眺めてみても、何が違うのかレンドールには判らなかった。

 まあいいかと何度か深く呼吸して、木々の間を移動し始める。状況からして渓谷側へ飛ばされているはずだった。

 思い返してみれば、ラーロは常に西側に、渓谷側に立って攻撃を受けるのも逸らすのも廃村の方には向かないようにしていた。

 本人に訊けば「偶然です」とか「知りません」とか言いそうだけれど、偶然ではないだろうとレンドールは思う。


(実験動物か)


 病気を発生させて、残ったものから予防薬や治療薬を作る。

 ラーロならやりそうだなとすぐに想像がついてしまう。失敗して全土に蔓延してしまえば、焼き払うこともしそうだし、実際にしたのかもしれない。

 想像すれば不快感は湧くし、レンドールに近しい者が巻き込まれれば憤りもするだろう。けれど、ネズミと同等程度に思われているはずのレンドールをラーロは身を削ってまで助けている。反省とまではいかなくとも、何か気持ちの変化があったのかもしれない。


(そういえば)


 レンドールがエラリオの攻撃をうっかり受けてしまいそうになった時、間に入ったラーロにエラリオは驚いたような雰囲気があった。ほんの僅かだったけれど、衝撃の来るタイミングが遅かった。ずっとラーロを狙って攻撃していたのだから躊躇う理由など無いはずなのに、あの瞬間だけ。

 それ以上深く考える前に、木立の間にエラリオが見えた。

 暗いのに、目が合ったと思った瞬間、通り過ぎた木に何かが当たって爆ぜる。


 なるべくエラリオからの導線を木々が遮るように移動して行くが、エラリオの狙いは正確だった。時に向かう先の木が折れて倒れてくる。

 ラーロには突っ込まないと言ったけれど、エラリオの方はゆっくりだが確実にレンドールに近づいて来ている。

 レンドールはできるだけ距離を取りながら、時に反転して時間を稼いでいた。ラーロが戻ってきた時に渓谷に近づき過ぎていてはいけないだろう。どこかで登りに転じることができないだろうかと、エラリオとの距離を慎重に測っていく。


 四半時などすぐに過ぎると思っていた。

 今のレンドールには一分一秒が酷く長い。

 目の端に捉えていたエラリオの姿が見えなくなって、レンドールは二股になった木の間の草むらに身を潜めて辺りを窺った。

 息を潜めて風の音以外に聞こえるものがないか集中する。

 ラーロの姿が無いことに気付いて、別の方へ探しに行ったのか――エストのいる廃村の方へは行かせたくない。

 慎重に辺りを見渡しても見つけられなくて、レンドールは焦る気持ちを鎮めるために深呼吸した。

 意を決して登りに転じる。

 上からの方が探し物はいくらか見つけやすいだろうとも思ったからだ。


 いくらも行かないうちに明るい灰色の服を着た人物に行く手を塞がれた。

 忽然と現れたエラリオに、せっかく整えたレンドールの呼吸は乱される。

 ぶつかるような無様はさらさなかったけれど、足を止めてしまった。

 エラリオの口角がわずかに上がる。


「……ドコ」


 ゆっくりと踏み出される一歩に反射的に一歩引きつつ、レンドールはエラリオの声に驚いていた。今まで話しかけても反応はなかったのに。


「エラリオ?」

「ドコ」


 もう一歩。でもエラリオの表情も雰囲気も変わらない。


「――ここは……ムエーレから西の山ん中だ」


 ゆるり、エラリオは首を振る。


「ドコ」


 首を振るからには、こちらの言いたいことは伝わっている。話をはぐらかそうとしていることも。

 エラリオの意識が目覚めて干渉しているのか、瞳がエラリオの身体に慣れてきただけなのか、レンドールには判断できなかった。


「くそっ! エラリオ! 目ぇ覚ませ! 寝惚けてんじゃねーぞ!!」


 ラーロが戻るまであとどのくらいか。

 それもわからないままにレンドールは剣を構える。

 何度か向かって行ってわかったこともある。エラリオはしばらくはレンドールと()()()()()()。飽きたり本来の目的の邪魔をして怒らせれば、容赦のない一撃を仕掛けてくるのだ。

 ラーロが剣に何かしてくれたから、今までよりは戦いやすいかもしれない。

 一縷の望みに賭けて、レンドールは切っ先をエラリオに向けた。

 すると、無手だったエラリオの手にレンドールと同じような剣が現れる。そのまま流れるように視線と足を向けた木立の中へ、レンドールも追従した。


 幼き日々も、エラリオを追った時も、月に一度の手合わせの時だって何度もこうして並走した。

 木々が途切れる場所、来ると思った場所でエラリオは仕掛けてくる。

 確かめるように軽いぶつかり合いもあれば、立ち木をすっぱり切り裂くほどの一太刀もある。

 その一閃が受け止められるものかどうか見極めるのに、ひどく集中しなくてはいけなかった。

 レンドールの攻撃を紙一重で避け、軽く受け流し、あるいは待ち受けて反撃に転じる。少しずつ思い出すかのようにエラリオの動きは洗練されて隙が無くなっていった。


(起きかけてんのか、それとも……)


 余裕が出てきたのか、エラリオの視線が時々レンドールから外れて森の中を確認している。レンドールは次にエラリオの視線が外れた時、エラリオの懐へと踏み込んだ。

 下から切り上げるその一撃をエラリオは待っていたかのように飛び退いて避けた。着地から次にはレンドールへと向かってくる。

 誘われたのだと気づいた時には、エラリオの剣が迫っていた。

 レンドールは倒れ込みながら少々無理な体勢でそれを受け流そうとした。

 剣同士が触れた瞬間、考えていた以上の衝撃に肝が冷える。

 致命傷にはならなかったものの、レンドールの左脇腹には浅くない傷が刻まれた。

 地に転がった体を勢いのまま跳ね上げてまた剣を構える。

 追撃は来なかった。

 ただ、うっすらと笑うエラリオの表情に、レンドールは奥歯を噛み締めるのだった。


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