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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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111/120

7-20 本音の在処

「見ての通り、怒りをコントロールできていない状態です。己の築いた力の壁が力の制御をも阻害してる。薬の効果が切れて彼の意識が戻っても、アレの怒りの意識に塗りつぶされたままになるでしょう。私の姿が見えなくなって探し出せなくなれば、周囲に八つ当たりしだすでしょうね」

「だからエラリオの前に戻ったのか」


 ラーロは不快そうに顔を顰める。


「言ったでしょう? 今回は私の思い通りにいってたんです。壊されるのがもったいない。それに、運が良ければあの瞳を手に入れるチャンスだってあるかもしれない。ちまちま溢れ出した力を回収しなくても、私はあの檻を壊して外へ出られる。それだけですよ。面倒になれば、私の手で更地にすることも……したことだって何度も……」

「やめろよ。嫌悪感を煽られても、今はあんたの力も借りなきゃなんねぇ。今をどうにかしたら、嫌いにでも、叱ってもやるから、必要なことだけ話せ」

「し……叱っ……!? レンにそんなこと……!」


 『(ツカサ)』の仮面が剝がれかけたラーロが、ハッとして腕を振る。正面で衝突音がした後、西側……渓谷の方でどぉんと空気が震えた。

 山肌の穴の周辺が大きく崩れて、エラリオの姿が見える。エラリオは地面があるかのように数歩進み出て、ゆっくりと下りてきた。


「……勝算があるとすれば、彼が彼の身体であるということくらいです。油断して守りに遅れが出れば、あなたの剣で首を刎ねることもできるでしょう」

「なるほど。最終手段な」

「レン! そんな悠長なことでは! ……って!」


 ラーロを無視してレンドールは飛び出していく。


(守りが間に合うなら、こっちが全力でも致命傷はないってこと!)


 冷静に待ち受けるエラリオに、今度こそ全力の一閃をお見舞いする。エラリオといえば、ギリギリの距離を保つように軽く身を引いただけだった。

 続けて二閃、三閃。フェイントを入れてからの突き。

 うるさそうに目を細めて、エラリオは素手で刃を掴んだ。完全に止められる前に引き抜こうとした時、エラリオの反対の手が動く。とっさに身を引いたところでエラリオのその手元に軽い爆発が起きた。

 エラリオの視線がラーロに移る。

 レンドールは引き抜いた剣を握り直し、エラリオの懐に踏み込んだ。

 左脇腹から右肩に抜けるよう切り上げた剣は、確かに手応えがあった。けれど肉を斬ったと言うよりは、金属の表面を擦ったという感覚で、レンドールに苦笑が浮かぶ。

 事実、少し下がったエラリオには傷もなく、表情にも変わりはなかった。


「今、綺麗に入ったじゃん」

「だから! 正面から行ったって無駄ですって!」


 イラついたラーロの声に反応するようにエラリオが動いた。

 レンドールはそれを邪魔するように前に立つ。

 今度はエラリオからの攻撃を避けて下がりつつ機を窺う。

 振り下ろされる見えない剣を長年の感覚だけでやり過ごし、牽制のためにひとつ薙ぐ。エラリオがわずかに身を引いたので、レンドールは踏み込んだ。黒い瞳がゆらりと揺れるのを見る。


「レン!」


 襟首を思いきり引っ張られて、レンドールはのけ反った。

 目の前で一瞬黒いものと白いものがぶつかり合ったのが見えて、次の瞬間には衝撃で弾き飛ばされた。

 がれきの多い場所から、どうやら木や草がまだ残る(ふもと)の方へと落ちていく。ラーロが胴に腕を回しているのがわかって、レンドールはそんな場合ではないのに少し笑った。

 木々をなぎ倒す音が聞こえてくるけれど、痛みや衝撃はない。

 どこかにぶつかり、草むらに落ちて、レンドールは飛び起きるようにして剣を構えた。


「……だから……レンが前に出てもダメだって。レンが敵だと認識されたら、隙をつくなんてできないでしょ! しばらく僕らを見失ってるうちに、僕から離れて……」

「俺を狙ってる隙にあんたが仕留めればいいじゃん。何なら、俺ごと後ろから串刺しにでもすれば話は早いかも」

「ぼ……僕は戦いなんてしないから、とっさの判断がうま……上手くない、し……」

「なら、黙って後方援護に回っとけよ。戦えないヤツ的に差し出すなんてしたくねぇ」

「何言ってるの? 怪我することも死ぬこともないんだから、それが一番手っ取り早いでしょ」

「手っ取り早くなくていい。エラリオにもそんなことさせたくねぇし、あいつの意識引っ張り戻す方が先だ。力は何倍もありそうだけど、眠ってるからか動きは起きてる時のあいつ程じゃねぇ。付け入る隙はある」

「何度も助けられといて、偉そうなこと言わないで!」


 レンドールはふっと笑って、ラーロを振り返った。


「ラーロ。俺、頼んでねぇ」

「……は?」

「あてにもしてねぇ。でも、助けてくれたんだよな。()()()


 ラーロは瞬間的に赤くなって、呆然と口を開けた。


「だったら、俺のできること、全力でやらなきゃダメじゃん。あいつ、本当に俺たちのこと見失ってんの?」

「あ、う……た、たぶ、ん。見当はついてるだろうから、力を使ってまで探してないと……思う」

「なるほど……じゃあ、手早く聞くけど、あんたはひとりでどうするつもりだったんだ?」


 ラーロは少し迷子のような不安気な表情でレンドールを見つめてから、そっと目を逸らした。


「谷に……渓谷の底に連れて行ければ、崩壊までの時間を少し稼げるかと……」

「そっか。それでも時間稼ぎにしかならないのか」

「……それにも問題はあって……」

「ん?」

「渓谷に……彼の結界に近づくほど、僕の力は使えなくなる。彼の力の圧が強くなるんだ」


 すごく恥ずかしいことを告白するかのように、ラーロの声は萎んでいった。


「だから、そもそも一緒に落ちてくれないかもしれない」


 レンドールは腕を組んでしばし考える。


「……今回の立ち入り禁止区域、もっと渓谷側の場所の方が人も来ないしいいんじゃないかとは思ってたけど……え。そうか。国の調査とかも、だからあんまり上手くいかないし、許可も出ねーのか!」


 ラーロは黙って首をすくめた。


「じゃあ、それはナシな」

「で、でも、たぶんそれが一番……」

「何の解決にもならねーから却下。なんか他に……」


 どぉん、と少し離れた場所で土煙が上がった。少し遅れて突風が吹く。腕を上げて土ぼこりを遮りながら、レンドールは同じように腕を上げているラーロを見下ろした。


「……なあ、リンセ連れてこれるか?」

「リンセ……ああ、緑の髪の……彼が来たところで何か変わりますか?」

「あいつ、飛び道具持ってるから、気を逸らせるのに使えると思うんだよな」

「飛び道具……」

「あんたの命令だって言えば、渋々でも来ると思うから」

「……不可能ではないですけど、レンほどの繋がりはないので居場所を特定するのに少し時間がかかります。四半時(しはんとき※)くらいでしょうけど、その間あなたはどうするつもりで?」

「俺は、あんたを探すエラリオの視界をうろついて気を引いとく」

「無茶な! レンはもう攻撃対象のはず」

「距離があればなんとかなるだろ。突っ込むのはさすがにやめとくよ」


 ラーロは半分目を伏せて表情をなくす。


「……私が……これ幸いと姿をくらますとは……」

「それでもいい。でも、リンセには俺が呼んでると伝えてくれ」


 ラーロは一度目を閉じてから、ずいとレンドールに近づき、レンドールの持っている剣に手を伸ばした。剣の腹を切っ先までするりと撫でて、レンドールを睨み上げる。


「ある程度は、弾いたり逸らしたりできると思います。まともに受けようとは思わないでください。私が戻るまで、勝手に死なないように」

「そのつもりだって」


 白い瞳が銀に色づき、髪に柔らかい金の光が差し込んだ。薄汚れていた法衣は皺もない美しいものに。いつもの刺繍入りの白い面で表情が隠されると、ラーロは夜の闇に溶けていった。



※四半時・・・15分くらい

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