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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-16 その日

 約束の日の前日、レンドールたちはやってきた。用意されていた部屋着に着替えて二人を迎えたエラリオにレンドールは少し意外そうな顔を向けた。


「もっと用心してるかと思った」

「なんか、そういうレベルじゃない気がして」


 部屋の中をぐるりと見回してるエストの青い瞳で確認しても、悪意は潜んでなさそうだった。


「……うん。大丈夫だと思う。少なくとも、この部屋は」


 レンドールが多少なりとも信頼を置いているのは、こういうところなんだなとエラリオは納得する。


「用意された薬、俺も飲んでみたんだけどさ」

「……は?」

「半分の量で丸一日寝てた。らしい。全然意識ねぇの。びっくりしたわ。でも、他に変なとこないから、多分大丈夫なはず」


 エラリオがエストに呆れた視線を向ければ、エストは首をすくめて指を合わせ、もぞもぞと動かした。


「だって、じゃないとエラリオには飲ませられないって……」

「ラーロの言う通り半量にしたし、飲むときはエストに着いててもらったから」


 エラリオが一息吐き出せば、レンドールは真面目な顔でエラリオの顔を覗き込む。


「それでも、お前が飲みたくねぇなら飲まなくていい。やっぱりやめるって判断もアリだと思うから」


 エラリオは苦笑してレンドールの額を小突いた。


「大丈夫。レンがそんなことしなくても飲む気でいたよ」


 相棒の気遣いは嬉しいが、そこまで体を張って欲しかったわけじゃない。エラリオの視ていない(おそらく眠っている間)時を確認して行われたのだろう用意周到さに、エラリオはレンドールと離れていた時間を感じた。

 そうなることを期待したのに、少し寂しく思ってしまう。


 期待と不安と、それぞれを抱えながら、三人は歴史の分岐点となるその日を迎えることとなる。



 ◇ ◇ ◇



 そわそわと浮ついた一日が暮れていく。

 空は曇っていて綺麗な色は見えないけれど、薄い闇が近づいているのはわかった。午前中に見回りは済ませているのにどうにも落ち着かなくて、レンドールはもう一度見回ってこようかと腰を上げる。

 周囲の山々は立ち入り禁止令が出されているはずで、エラリオがいるから動物や虫の気配もない。怖いくらい静まり返っている朽ちかけた集落は、不安ばかりを掻き立てるのだった。


「レン、どこに行くの?」

「ん……いや……」


 エストの声に上手く答えられずに、レンドールは頭を掻く。


「そろそろエラリオに薬飲んでもらおうかと思ったんだけど……」

「え? そうか。じゃあ、待機してる」


 レンドールが飲んで確かめてみたものの、レンドールもエストも漠然とした不安がある。もし、そのまま目覚めなかったら。エストが飲んだものもレンドールには効かなかった。エラリオにより強い作用が出てもおかしくはない。

 それでも、もろもろを天秤にかけても試すべきだとレンドールは思うから。

 薬を飲む本人はどこかさっぱりとした表情をしているのも、もうあれこれを諦めているのではないかと思わせて不安を募らせる。

 エラリオはベッドに腰かけてエストから薬と水を受け取ると苦笑した。


「二人の方が緊張してるみたい。レンが飲んでみたんでしょう? 大丈夫だよ」


 飲みなれた薬のように、白い錠剤がエラリオの口の中に消えていく。

 エラリオはコップをエストに戻して、枕を整えつつそこに横たわった。


「レンはどのくらいで寝ちゃったの?」

「割とすぐ。少しずつ眠くなるのかと思ったんだけど、突然気絶する感じだった」

「目覚めは? 下手な薬だと頭痛が酷かったりするけど……」

「それは大丈夫だった。スッキリ目が覚めて、普通に一晩寝たくらいの感覚だったぞ」

「なるほどね。いい夢が見れるといいんだけど」

「夢は見なかったなぁ」

「そっか」


 そうやってぽつぽつとエラリオは話していた。目元には包帯を巻いたままだったから、答えなくなったら眠ったと判るように、かもしれない。

 半時ほどそうしていただろうか。レンドールがおずおずと訊く。


「……なぁ。眠く、ならねぇ?」


 レンドールの時はこんなに時間はかからなかった。巫女に与えていたのも即効性があったと思う。強い薬のはずなのに……と、逆に心配になってしまう。


「ああ、うん。ぼんやりはしてきたよ。きっと、もう少……」


 言葉尻が不明瞭になって、エラリオは黙り込んだ。レンドールが呼んでも返事はない。エストと目を合わせると、彼女は頷いた。


「効いたみたい」


 呼吸も脈も安定しているのを確かめて、それでも心配そうにエラリオを見下ろしている。

 時々エストがエラリオの様子を確かめる以外は、ただ黙って時が過ぎるのを待つ。ラーロが珍しくもノックの音を響かせたのは、人々が寝支度を始める頃のことだった。


「なんだよ。珍しいな」


 レンドールが迎えに出れば、面のないラーロが少し緊張した面持ちで立っている。


「薬は効きましたか?」

「……まあ。思ったより時間はかかったけど、ぐっすりだと思う」

「じゃあ、レンとエストさんはベッドの向こう側に回っててください。少し離れていて欲しいですが……」


 レンが小さく首を振るのを見て、ラーロは肩をすくめた。


「……ですよね」


 ひらひらと追いやるようなラーロの手つきに眉を顰めながらも、レンドールはエストと共にベッドを回り込む。エストは一歩下がらせて、レンドールは片手をエラリオの目元に巻かれた包帯の上に置いた。

 ラーロはレンドールがそうしてからまだ一拍置いて、ゆっくりと中に入ってくる。エラリオに目隠しをするようなレンドールの姿を見てわずかに苦笑したけれど、それもすぐに引っ込めた。

 寝た子を起こさぬように、慎重に足を進めるラーロの姿は新鮮だった。


 まず足元に立って、ラーロはじっとエラリオを見下ろしていた。銀に揺れる瞳がわずかに細められて「なるほど」と呟く。そのままレンドールに視線を移して、一度その目は伏せられる。


「……なんだよ」

「いえ。そうですね。上手くいけば黒化を消せるかもですね」


 一歩移動して腰のあたりに立ち、ラーロはエラリオの手袋を外す。慎重に黒ずんだ指を観察する様子をレンドールも見ていた。

 エラリオの手を組ませてお腹の上に置き、改めてラーロがそこに手を伸ばしたとき、レンドールの手の下で二つの目玉がぐるりと動いた。


「……えっ」


 レンドールの声にハッと顔を上げたラーロは次の瞬間、ドアを突き破るようにして弾き飛ばされていった。


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