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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-14 檻

 それから数日後、隙間風の入る空き家の暖炉の前でレンドールはうとうとしていた。コートを着たまま毛布に包まって、風の音と薪の爆ぜる音が子守歌だった。


「レン」


 声を掛けられて、レンドールはハッと目を開ける。

 乾燥させた藁の束を積んで、厚手の布をかけたものをクッション代わりに寄りかかっていたのだが、目の前には木製のテーブルと椅子が出現していて、アロが湯気の立つカップに口をつけていた。


「中央はそろそろ春の気配も感じるけど、この辺はまだ寒いね」


 テーブルの上のもうひとつのカップを指差されて、レンドールは起き上がり、遠慮なく口に運ぶ。わずかな酸味とアルコールに混じる香辛料の香りが眠気を遠ざけてくれた。そのまま椅子に腰かける。


「わざわざ運んできたのか?」

「まさか。あんまり何にもないから出した」

「出し……」


 常識の違う人間との不毛な会話に小さく頭を振って、レンドールは暖炉の炎の明かりに照らされるアロの顔を確認した。


「……最近は眠れてるみたいだな」

「お陰様で? 巫女の引継ぎもできそうになってきましたし、こうして一息入れられるくらいには余裕がありますね。そちらは、ぐっすり……とはいってなさそうですが」

「あんたほど無茶はしねぇ」


 フン、と鼻で笑ってアロはカップを置く。


「手紙では黒化が進んでると」

「指先が巫女みたいだった。まだ、指の付け根辺りまでだったけど……」


 頷くレンドールを見ながら、アロは腕を組んでやや首を傾げる。


「となると、足は膝下くらいまで進んでそうですね。意識は……」

「しっかりしてるから気付けなかったんだよ! 薬は欠かしてないって」

「秋に、見掛ける野生動物たちが平均より大きい気がする、と報告もありましたが……影響じゃないとは言い切れないですね。薬が効いてるようなのは幸いですかね。で?」

「首を差し出された」


 ピクリと片方の眉を上げて、アロは動きを止める。


「でも、斬れなかった」

「怖気づきましたか」

「違う。あいつの手の中に氷の剣が現れて……でも、それはあいつの意志でしたことじゃないみたいだった。エラリオは谷にも身を投げようとしたんだけど……飛び出したところで浮いたまま、落ちずに戻ってきた」


 目を丸くしたアロは顎に手を当てて視線を落とした。


「……瞳の力を彼が意のままに使えるとは思えない。つまり、瞳は彼を死なせたくない、と?」

「そう、思うよな!?」


 身を乗り出すレンドールに、けれどアロは冷ややかな目を向ける。


「強靭な身体を気に入ったのかも。より厄介になったってこと」

「なあ、「供給」が無いから、根付いた力は取り除けないって言ったよな? じゃあ、今瞳を持ってるエラリオは……エラリオなら、大丈夫なんじゃないか?」


 アロは眉を寄せて黙り込む。


「余分な力を取り除いてやれば、もしかして共存していけたり……」

「アレがおとなしく僕に力を取り除かせてくれると思うの?」

「……エラリオが会わない方がいいって言うのは、自分の身が危ういと感じてるからじゃないのか? だって、純粋な力はあっちが上ってあんた言ったよな? 黒の瞳があんたを恐れる理由はないはずだろ?」

「もちろん、怖いとか脅威だとか、そんなことは()()()思ってないですよ。ただ……」


 ぷいと横を向いて、アロは不機嫌に口を噤む。


「なんだよ。あ、じゃあそういう『(ツカサ)』がいるってそういえば言ってたよな。そいつらでもいいや」

「そうなると魔物の正体が知れ渡ることになりますけど。世論がどう動くか、予想できるのでは?」


 今度はレンドールが口を噤んだ。

 探りあうような沈黙を越えて、レンドールは身を乗り出す。


「エラリオを眠らせておいても、ダメか?」

「……寝ている間、ではなく、眠らせて、ですか? 薬で?」


 僅かだけ考えて、アロは口を開く。けれど、レンドールの縋りつくような瞳を見て、一度言葉を飲み込んだ。


「……賭けになりますよ。薬は巫女にも与えていたかなり強いものになりますし、それを彼が飲んでくれるのか……それに、失敗したときに被害が最小限になるよう、場所も吟味しないと」

「!!」


 ぱあっとレンドールの顔が輝いた。

 そのままさらに身を乗り出してアロの組んでいた手を無理やり解いて取り、上下に振る。


「マジ、頼む!!」

「気色悪いですね。やめてください! 言っときますけど、上手くいく確率の方が低いですよ。何が起きても恨まないでくださいね!」


 取られた手を引き剥がし、アロは渋い顔でため息をつく。


「黒化が改善されたとして、内側の浸食は変わらないと思います。そもそも、黒化を隠していたのだって黒の瞳が介入していたと思いますけど」


 笑っていたレンドールの顔が強張る。


「……それでも、まだ攻撃的な面が見られないのは興味深いです。あなたが「そうすれば改善が望めるかもしれない」と思うのなら、試してみるくらいはしてもいい。僕も直接会ってはみたかったから」


 それでもいいのか? というように、アロは少年の見た目にそぐわない大人びた表情でレンドールに覚悟を促した。


「……俺は……魔物の力だってうまく折り合っていけるなら、あってもいいと思う。だって、エストもエラリオも誰かを傷つけようとか、傷つけたいとか思っちゃいねぇんだぞ? 俺や、あんたの方がよっぽど……」

「僕とレンを一緒にしないで」


 冷ややかに放たれた一言は、けれど放った本人の方へその怜悧さが向いていた気がした。そのままアロは天井を……あるいは、その先を見上げる。


「……何を見てるんだよ」

(オリ)


 簡潔に呟いて、アロは立ち上がった。軽く手を振るとテーブルも椅子も消え失せる。


「準備しておきます。彼が乗るのか乗らないのか、聞いておいてください」


 レンドールに背を向け、歩きながらそう言い置いて、アロは出ていった。


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