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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-13 提案

「確証は何もないけど、嫌な予感がするんだ」

「会わなきゃいいんだろ? ほら、眠ってる間とか」


 エラリオは眉間に皺を寄せて考え込んだ。


「……薬でも使って……ってこと? どう、かな」

「手だけでも元に戻れば、精神的負担も軽くなるだろ? 上手くいくようなら足も

やってもらおうぜ」


 根本的解決にはならないのかもしれないけれど、期待を隠し切れないエストの顔を見れば、エラリオも絆されそうになる。


「レンはそう言うけど、彼はこちらの味方というわけではないだろう?」

「う……それは……」


 黙り込んだり、いやいやと頭を振ったりして彼なりに考えているレンドールを見ながら、エラリオは思う。


(……まあ、親切の振りでとどめを刺されても、このままよりはいいのかもしれないな)


「現状報告はするって約束しちまってるから、どっちにしても話さなきゃなんねーし、ついでに頼んでみる……ことにする」


 レンドールが生真面目に約束を守ろうとするということは、相手にそれなりの信頼を置いているということか。そんな風になんだか少し寂しい思いも抱きながら、エラリオはそれ以上反論するのをやめた。


「そう……俺はしばらく北の方にいるよ。生き物も少ないだろうし、生かされてるなら厳しい環境の方が力は使われるのだろうしね」

「そういえば、手の傷は?」


 三人とも、エラリオの左手に視線を寄せる。


「……塞がってるみたいだ。痛くもない……」


 自嘲気味に上がるエラリオの口元に、レンドールもエストも何も言えなかった。


「……じゃあ、俺は北の集落で異変が起きても対処できるよう目を光らせておく」

「え。ずっと? じゃあ、私も……」

「エストは薬を作らなきゃだろ。どこにでもある材料じゃないんだから、戻らなきゃダメだ」

「でも……」


 何かあったら。

 すぐに駆け付けられないことがエストは怖かった。


伝書鳥(パッハロ)の使い方教えてやるから。笛は俺でも吹けてる。エストなら全然問題ねえと思う。それでアイツに知らせれば、どうにかしてくれるだろ」


 保証はないものの、縋れるのはそこだけだった。


士舎(ししゃ)には鳥小屋が必ずある。『()』は笛を支給されてるけど、一般人が何らかの理由で直接政府担当者に連絡したいとき――報告・通報・緊急時――は士舎で借りられるんだ。音階を知っている前提で、だけど。エストはその登録証に政府との契約が登録されてるはずだから、申請すればすぐ通ると思う。鳥小屋で適当なの一羽選んだら、隣接した個室に連れて行って用意したものだったり、その場で書いたものだったりを持たせる。そうしたら行き先の音階を奏でればいいだけだから」

「レンに連絡があるときはどうするのよ」

「俺に? あるかな? ああ、エラリオの様子が急変することもあるのか……滞在先はこまめに更新するようにする……士舎で俺宛てにって手紙託せば、あっちでやってくれるから。あ、正式名でな。所属都市のない『レンドール』は俺くらいだから、そのままで届く」


 まだ不満そうなエストに、レンドールはちょっと困り顔になった。


「……次に手合わせするのは少し早めにするから。その前に迎えに行くよ。だから、エラリオのためにも薬が切れないよう作ってくれ」

「……わかった」


 仕方なく頷くと、エストはありったけの薬をエラリオに手渡す。そのままぎゅっと彼を抱きしめて、涙をこらえた。




 後ろ髪引かれる思いでエラリオと別れ、二人は今夜の宿となる近場の集落を目指していた。エストの足取りは重い。

 懸念していたことが目の前に突き付けられて――それも、思ったより深刻な――この先に不安しかないのだ。


「ねえ。レン、エラリオに何をしようとしたの」


 それは訊かなくてもいい質問だった。不安から、自然に口調は尖ってしまう。八つ当たりに近いと解っていて、あわよくば、どうしようもないイラつきをレンドールを恨むことで解消したかったのかもしれない。


「首を落とそうとした」


 だから、悪びれない回答に両のこぶしに力を入れてエストは立ち止まる。


「……なんですって?」


 その気配に振り向いたレンドールは口元に笑みさえ浮かべていた。

 やっぱり許せない。他のことでどんなに好意を持っても、エラリオを殺すかもしれないとう一点においてエストはレンドールに歩み寄れない。

 睨みつけるエストに気付かない風でレンドールは軽やかに続けた。


「すげぇ辛そうだったんだ。俺たちに黙ってた、知られたくないってことは、もうどうしようもないって諦めてたってことだろ。そんなんだったら、潔く……って」


 レンドールの腕の中で涙するエラリオの姿は、確かに辛そうだった。

 でも、と言いかけたエストの前にレンドールは指を一本立てる。


「俺はエラリオを信じてるけど、それが重荷になるんだったら俺が下ろしてやりてぇ。そう思ったんだよ。でもさ、黒い瞳はあいつを守ることを選択したんだよな」

「え……?」

「エストの想いが届いてんのかもしれねーけど、氷の剣を作ったり、谷に落ちないようにしたり……だけど俺には攻撃してこなかった。あいつの理性がまだ作用してるってことだろ」


 嬉しそうにニッと笑うレンドールにエストは拍子抜けする。


「これが周囲の生き物をけしかけてきたりするようになったら危ねえかもだけど……もう少しだけ猶予はある! あいつをあいつのまま生かしてくれるなら、魔物だって俺は構わねぇ。縋れるものにはなんだって縋ってやる」


 エストの黒い髪も『綺麗』と評したレンドールだ。本心だろうとわかってしまう。

 エストがレンドールのことを憎もうが恨もうが関係ないとばかりに、レンドールはまた前を向いて歩き出してしまった。


(……もう……)


 これだから恨み切れないのだ。と、エストは小さく息を吐く。

 不安を拭いきれないまま、エストもレンドールの後ろを歩き出す。エラリオにしたように、その背に抱き着いてみたらこの不安は少しは遠のくだろうか。

 そんなこと、できやしないと、エストはもうひとつため息を落とすのだった。

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