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白の神、黒の魔物  作者: ながる
瞳の章

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7-10 新薬

 ラーロから新しい材料が届けられ、エストは指示された通りに調合していく。見知らぬ植物に危険性が無いのか、エラリオに相談もした。青い瞳で視てもらえば、毒性の有無くらいは判る。


『大丈夫そうだけど。レオルフィの近縁種……というか、原種により近いのかも』


 レオルフィも暑気あたりの時に使う薬草だ。扱いは同じ感じで問題なさそうだとエストは胸を撫で下ろす。

 ラーロを信用していないわけではないけれど、知らないものを知らないままに扱うのは躊躇われていた。

 レシピ通りに調合して、出来上がったものを自分で服用してみる。

 エラリオが飲んでいる薬も飲んでみたことがあるけれど、エストには特に何の効果もなかった。これもそうだろうと高をくくって、安全性を確かめるつもりだった。


 服用後すぐに眠気が訪れる。

 効き目が早いのか、単に疲れが出ただけなのか。ともかく寝るばかりではあったので、寝室に移動してしまおうと立ち上がって……エストの意識はそこでふつりと切れてしまった。



 ◇ ◇ ◇



 遠くでレンドールの声がした気がして、エストは目を開けようとした。けれど、浮き上がった意識は瞼を押し上げてはくれずにまた沈んでいく。体に重りを括り付けられたかのように深い所へと引かれて、抗えない。

 一瞬だけ、このまま暗がりに囚われたらどうしようと不安がよぎったのだが、ふわりとお日様の匂いが鼻をくすぐって安心した。

 すぐ近くにお日様色の双眸が待っている。きっと柔らかな光を携えてきてくれる。

 エストは雷の夜のようにそれに縋りついて、お日様の匂いを吸い込んだ。



 ◇ ◇ ◇



「うるさいですねぇ。心配ないと言ってるでしょう? ほら、もう目を覚ましますよ」


 瞼を覆っていた手のひらがゆっくりと離れていき、青い服の袖が目に入った。

 まだぼんやりとする頭で、エストは二つの人影を見上げる。

 エストの目を覆っていたのは青い制服の少年政務官で、心底面倒だという表情をしている。

 もう一人は小豆色の制服を着た護国士(ごこくし)で、こちらは眉を寄せ、今にも怒りだしそうな顔でエストを覗き込んでいた。


「エスト! 大丈夫か?」


 レンドールの声にエストは少々眉をしかめる。まだ眠たい頭にその音量は不快だった。


「……なに? どうしたの? あなたは……」


 起き上がろうとしたエストをレンドールはアロを押しやるようにして素早くベッドへと押し戻す。


「もうちょい横になってろ。昨日何してたか覚えてるか?」

「何って……」


 エストは視線を部屋の中へ向けて、意識を失うまでのことを思い出す。そうだったと頷けば、呆れ返った少年政務官の声がした。


「調合を終えて、片付けもそこそこに自分で服用してみたんでしょう? 何度もそう言ってるのに、この人ときたら」

「だって、おかしいだろ。俺が飲んでみてもなんでもなかったのに!」


 深い深いため息がアロの口から洩れる。


「……レンも飲んだの?」

「危ない薬じゃないかって疑うものだから、自分で飲んでみろって言ったら、まあ、ためらいもなく」

「それで……え? ()()()()()()()()?」


 ようやく、エストは目が覚めた気がした。


「貴女はどうです? 意識を引っ張り上げましたが、もう半日くらいは影響が残るかも」

「あ、そうね……まだ、眠い、かも」


 アロは頷くと粉の入った瓶を持ち上げて軽く振って見せた。


「こちらはもらっていきますね。巫女への効き目を見てからまた調整します」

「あの、でも、それ……睡眠薬、なんじゃ……」

「違いますよ」


 暴れる巫女を眠らせておくだけなのではと懸念したエストに、アロは首を振った。


「それならレンも眠りこけてるはずです。普段薬など飲みそうにないですから、覿面(てきめん)でしょうね」

「レンは眠くないの? ちっとも?」

「むしろ、エストは眠いだけなのか? 呼んでも揺すっても目を覚まさなかったのに」

「そう、ね。他は特に……」


 二人の視線は自然にアロに注がれる。説明しろ、との圧力だ。


「だから、エストさんの作っていた熱冷ましとだいたい一緒です。普通の人が飲んでもあまり影響はありません。多少体温は下がるかもですが」

「じゃあ、なんでエストが倒れるんだよ」

「彼女は長い間、黒の瞳の影響下にあったでしょう? 体の中でまだその力が働いてるんです。それを必要以上に抑えてしまったら、当然活動に支障が出るでしょう」


 何度か瞬いて、エストは納得したように頷いた。それから、はっとして起き上がる。


「でも、私のは私が飲んでもあまり効果を感じなかった。それって、だいぶ強いんじゃ……」

「ええ。自我が崩壊しかけている者を繋ぎ止めるのですから。まあ、貴女は瞳の影響下から離れてしまっているせいでより強く作用したのだと思いますけど」

「じゃあ、副作用の心配も……」

「それは使ってみないとなんとも。大丈夫そうなラインで考えてはありますが。もういいですよね? 全く、軽々しく呼ばないでください」

「緊急事態だったろ!」


 つんとしたまま、アロはひらりと手を振って行ってしまった。

 レンドールはその背を見送って、眉間に皺を寄せたまま舌を打つ。


「エストも、得体のしれないもの口にするなよ。いつもの時間に店が開かないから気づけたけど、試したいなら俺が飲んだのに」

「……う、ん。軽率だった……かも。でも、原料はエラリオに視てもらって大丈夫だったから……ずっとついててくれたの?」


 外は暗い。朝に気付いたというのなら、半日経っている。


「だって…………ん、まあ……そういうことになった、けど」


 様子を見てからベッドに運ぼうとしたのだけど、しがみついて離れなかった、とは少し言いにくくて、レンドールは言葉を濁した。エラリオとでも思われたのかもしれないし、そうなら事実を知るのはエストも気まずいだろうと。


「あの薬草とか調合の片付けもしてなかったし、医者呼んだらまずいかなって。薬飲んだ形跡もあったし、レシピ作ったやつ呼んだ方が早ぇって、(パッハロ)使って……」

「よく来てくれたね」

「俺の見張りについてきたくらいだ。出来ねーことはないんだよ。ったく。なんか食うか? 買ってくるけど」

「……ううん。お水だけちょうだい。まだ、眠い」

「……そっか。じゃあ、明日また来る」


 水の入ったカップを差し出して、眉間に皺を刻んだままレンドールも部屋を出る。外に出て、家から充分離れた所で――脱力してしゃがみ込んだ。薬の影響ではない。張りつめていた糸が切れたのだ。


(くそ。あんな風にされたら、離したくなくなるだろ。エラリオ、甘やかしすぎじゃねーか!)


 アロが来るまで、レンドールは心配と理性の間で揺れていた。一通り心の内で身悶えて、それから自身に言い聞かせる。

 エラリオを助けるまで。そうしたらエラリオに返すのだから、と。

 レンドールは、ここからしばし訓練と討伐依頼に明け暮れることとなる。


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