7-9 お見舞い
「レンさんにお客さんですよ。部屋に通しておきました」
寮の食堂から部屋に戻る途中で、レンドールはそう声を掛けられた。
部外者は基本的に応接室で対応するので、通されたからには『士』なのだろう。常長ならば客と言われることはないだろうし、すでに夜の時間帯だ。誰だろう、と首を捻りつつ部屋へ戻れば、野性味ある緑色の髪が目に入った。
「あれ。リンセ? この辺で依頼か?」
常長は特においしそうな依頼の話はしてなかったけどな、とレンドールはもう一度首を捻る。
「へへ。ちょっと話が。まあ座れ。熱出したんだって?」
「ああ。ようやく下がったとこ。みんなうるさくてさ。退屈で死ぬかと思った」
床に座り込んでいるリンセの傍に腰を下ろせば、リンセは酒瓶を取り出してカップに注いでいく。
「お。消毒用にと思ったけど、快気祝いになったな」
「ん? 来てから聞いたんじゃないのか?」
リンセの手にある酒はこの辺りで売っているものではない。
とはいえ、彼はいつも酒を忍ばせているので変な話でもないのだが。
「まあまあ、順番に話すからよ」
ニッと笑うと、カップを軽く掲げてから口をつける。
レンドールも久しぶりの酒の香りに口元をほころばせた。
リンセならば、たとえ醜態をさらしてもどうということはない。
一杯目を空にして、二杯目に入るところでリンセは切り出した。
「最近さ、山間の村なんかで妙な被害の話聞いてよ。ネズミやウサギなんかが畑を荒らすってさ。山に食いもんがねぇわけじゃねえってのに、異常繁殖でもしてんだろうかって」
「……ああ。でも、ある程度で収まるんだろう? 心配ないやつだ」
レンドールの応えにリンセはしげしげと彼を見つめる。
「……なるほどな。レンは理由を知ってるのか」
「ん?」
「俺はどうにも引っかかってな。そいつをちょいと追ってみた。ずっと北上してたのに、ある時くるっと反転しやがってさ」
手を止めたレンドールに、リンセは意地悪い笑みを乗せた顔をそっと近づけた。
「南東の山奥で、お嬢ちゃんの探し人を見つけたぜ」
「え……」
「あれ、お前の探し人でもあるだろ」
石のように固まってしまったレンドールの肩にリンセは腕を回す。
「いやぁ。相変わらず、強かった」
「!! 斬った、のか!?」
思わず床に置いたカップから酒が跳ねて手にかかる。リンセの胸倉をつかもうとしたレンドールの手は空を掴むに留まった。
離れたリンセはにやにや笑っている。
「ほぉん。やっぱそうか」
前のめりに床に手をついたものの、レンドールは迷った。ここでリンセに飛びかかるのは違う。
その様子にぷっと噴き出すと、リンセはカップを空けてからレンドールの額を指で弾いた。
「告白する前の女を先に寝取られたみたいな顔すんなよ。一緒に風呂入って別れた」
「??? 風呂?」
話が全く見えなくて、レンドールは額を押さえて間抜けな声を出した。
「お前が熱出してるって彼に聞いたんだよ。お前も会ってんだろ?」
「……え……いや……どう、かな」
視線をあちこちにさ迷わせて、レンドールは明らかに挙動不審になる。
「腹芸のできないヤツ。まあいいさ。もう聞かないでいてやるよ。危なそうには見えなかったし、国からも特に通達はねぇ。金にならん話に首突っ込んでもしょうがねぇから」
「そ、そうか」
落ち着くために置いた酒にもう一度手を伸ばしたレンドールに、リンセはふと表情を引き締める。
「でもよ、気をつけろ。俺が気付いたんだ。他にも調べるやつは出てくるかもしれない」
「……わかってる。リンセ……ありがとう」
「なんの礼だよ?」
リンセはカラカラと笑う。
「そういえば、なんでこんなとこにいるんだ? レンにしちゃ長逗留みたいじゃねぇか」
「ああ、リンセも会った彼女が店を開いたんだ。よかったら寄ってってやって」
「あの嬢ちゃんが?」
「資格取らせてさ。せっかく知識持ってんだから、もったいないだろ」
「わからんでもないが。お前さんがそのまま養ってやるのかと」
レンドールは苦笑する。
「俺、嫌われてんだって」
「気は強そうだったけどな。青い瞳はちょっと冷たく見える……」
そこで何かに気付いたようにリンセは口を閉じた。
「……お前の親友も青い目をしてたな。そういうことか? それで目を? ……いや、聞かん方がいいな」
エラリオの目をエストに与えただけでは説明のつかないことがまだあることに気付いて、リンセはゆるりと首を振った。酒を注ぎ、考えることをやめる。
「めんどくせぇことになってそうだ。手がいるときは言え。どこまで手伝えるかはわからんけどな。女の斡旋は断るぞ。こっちが欲しいくらいだ」
「覚えとく」
本当に貸してもらうかは別として、そう言ってくれるリンセはありがたかった。レンドールは注がれた酒を口に含んでそっと目を閉じる。
話題は移り変わり、カードで一勝負して、結局リンセはレンドールの部屋の床で一夜を明かすことになるのだった。
次の日、二人は一緒にエストの店を訪れた。
カウンターの向こうで本に目を落としていたエストが、人の気配に顔を上げる。わずかに見開いた瞳にレンドールは片手を上げて挨拶した。
「よう。調子はどうだ? アダン常長は問題ないって言ってたけど」
「……こっちのセリフ。熱は下がった?」
「ああ。薬ありがとな。よく効いた。高いやつだったんじゃねぇの?」
口を閉じ、少し気まずそうに視線を逸らしたエストにレンドールは首を傾げた。
「何? 毒でも入ってた?」
「そんなわけないでしょ!? やめてよ。変な噂になったらどうするのよ! ……苦いやつだったから、飲んでないかなって……」
「ガキじゃねぇんだぞ。あのくらい、べつに」
「……そう」
粉や液体の入った瓶の棚を見ていたリンセが笑いながら口を挟んだ。
「レンは変なもんも平気で食うからな。味覚が若干イカれてんじゃねぇか」
「うるせぇな。美味いもんはちゃんとわかるぞ。そうじゃないものも食えるってだけで」
「嬢ちゃん、もしこいつを殺したきゃ毒殺を勧めるぜ。喜んで食いそうだ」
強張ったエストの顔を見て、「ありゃ」とリンセは頬を掻く。
「薬師に人殺しを説くなよ。女に縁がないの、そういうとこだぞ」
「へいへい。レンには言われたくないとこだけど、じゃあおとなしく金を落として退散しますわ」
「……ありがとうございます」
傷薬や鎮痛剤など普段使いの薬を買って、リンセは店を後にした。
「……リンセ、エラリオに会ったらしい」
「……え?」
「エラリオに聞いて見舞いに来てくれたんだって。国からの要請が無い限り見逃してくれるらしい」
「……そう。最近忙しくて覗いてなかったから……」
伏せられた目は、山道を行く風景を見てほっと開けられた。
「うん。大丈夫」
「そっか。よかった。俺も次に備えて訓練再開するわ」
「今度こそ無理しないでよ」
「大丈夫だって!」
笑って手を振るレンドールに、エストは信用ならないなと一息吐き出すのだった。




