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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第五章 イングレイ編
52/54

5-5

 フロランと一緒に過ごす時間はその後もほとんどないままだ。

 しかしエルヴィーノとは何度かばったり会うことがあり、通りすがりに挨拶したり、時にはちょっと立ち話をする。皇子様の方がよほど余裕があるようだ。



 急に予定が空いて暇にしていたエルヴィーノにお茶に誘われた。

 おいしいお茶とお菓子に惹かれてエルヴィーノについて行くと、部屋に入った途端かぶっていた猫が剥がれ、ソファにだらりともたれて大きく息をついた。

 これが本性だと、エリザベスは知っている。


”皇帝はいつ決まるん?”

 今国中を悩ませているホットな問題を、一番よく知っているだろうエルヴィーノに聞いてみた。

”バスティアンが嫌だって言うんだよ。皇位継承権第一位のくせに…。打倒第三皇子にはあれほど張り切っときながら、敵がいなくなったら騎士団に戻りやがってさ、『皇帝にはなりません』の一点張りだ”


 いつまで経っても決まらないのは、なるべき人がなりたがらないことにあるようだ。フロランも皇族には戻らないと言っていたし、皇位というのはそんなに誰でもが欲しいものでもないらしい。

”兄上に仕えるのがバスティアンの夢でさ、…わかるよ、兄上は本当にかっこよくて尊敬できて、俺だって兄上のために国政に加わろうって思ってたのにさ。…父上なんかより兄上がいなくなったことこそ、この国の損失なんだ”

 あのエルヴィーノがべた褒めするほどの人材。もはや会えない人なのを、エリザベスは残念に思った。

 その愚痴を聞いている限り、エルヴィーノもまた積極的に皇位をもぎ取ろうというまでの気持ちはなさそうだ。

”クロヴィスはやっつけただろ? 第四皇子のエドモンは病気で死んでるだろ? 五番目エタンはクロヴィスと一緒に退治されちまったし、六番目はあれだ、レン、死んだことになってるだろ?”

 死人の話ばかりが続く。

”ようけ死んどるね”

”そこへさあ、七番目のフェリクスが、クロヴィスが死んだ途端、病弱から一転『元気になりました』宣言して、皇位を継いでもいいと言い出しやがった。まあ仮病だったのは知ってるけど、あいつ絶対国背負えないからな。誰かがあいつをお人形さんにしたがってるんだ。とっとと引っ込めばいいのに、周りにおだてられてやる気出しやがって。わきまえろってんだ"

”で、その次が殿下、と”

 ケーキを食べていたフォークでエルヴィーノを指差すと、

”不敬罪で逮捕すんぞ”

と怒られた。


”レンを生きかえらせて人形にしたがってる奴らもいるにはいるけど、本人にはその気はないし、…レンとは争いたくないんだ"

 これはエリザベスにだからさらせたエルヴィーノの本音だろう。


”やらないかん人は逃げて、いなげなんが出て来て、話が決まらんのやね?”

”バスティアンが受けりゃ済むのにさ、自分は脳筋だから頭使うことはしたくない、誰が皇帝になっても騎士団長として国を守るって”

”やりたくないゆうとんのに押しつけてもねぇ。…ほやったら、答えは決まってくるんやないん?”

 エリザベスの軽い物言いに、エルヴィーノは胡散臭そうにエリザベスを見た。

”フェリクスはなしだぞ”

”どなたもよう知らんけん、勧めはせんけど、…とりあえずもめんでしばらく凌げそな人おるやろがね”

 エリザベスがほのめかす人物に、エルヴィーノはどうしてもたどり着けなかった。

”誰だよ。…もったいぶらずに言えよ”

”ん? 皇后陛下よ”

 エルヴィーノはエリザベスの案に驚き、口を開けたままぽかんとしていた。



”イングレイの法律知らんけん、女の人は皇帝になれんのかもしれんけど。第二皇子も打倒第三皇子で共同戦線張るくらいには信頼置いてそうやし、今皇帝おらんでも国が落ちついとるんは皇后陛下がおるからやない? それに誰も文句言うてないんやったら、まあそのまま継続が一番妥当なん違う? 殿下が皇帝になるんはまだちょっと早そうやけど、陛下がしばらく時間稼いだら、まあそのうち何とか…”

 何気にエルヴィーノは未熟だと本音を吐いてしまっているが、エリザベスは気がつかず、エルヴィーノもそれを叱るどころか、

”おまえ、…天才か?”

 いきなりのエルヴィーノの褒め言葉に、今度はエリザベスがきょとんとした。


”母上ならバスティアンも喜んで任せるな…。フェリクスのバックにいる連中も母上なら口出せない。俺も文句ないし、レンも異論ないはずだ…。王国時代には女王がいたし、王妃が王になった例もあったはずだ。よし、すぐに法規を調べよう”



 エリザベスがまだお菓子を堪能している横でフェリクスは側近を集め、宰相を呼び、宰相を補佐しているフロラン達もぞろぞろと部屋にやってきた。

 国のお偉いさんが揃う中、一人横のソファでのんびりお茶を続けているエリザベスは、明らかに場違いだった。

 フロランと目が合い、軽く手を振ると、

「エリー、何してる?」

と聞かれたので、

「お茶してる」

と答えた。久しぶりの会話がこれだ。


”レン、母上は皇帝になれると思うか?”

 フロランは目をぱちくりさせた後、言われた意味を理解した。周囲も驚きはあったが、即座に皇后皇帝案について意見交換と調査の段取りが組まれた。


”次の会議でレンの嫁案、出していいか?”

 エルヴィーノはフロランに語り掛けながらエリザベスに確認してきたが、まだ嫁ではないエリザベスは、

”よその国のもんがいらんこと言うたら、なんかかんかケチつける人絶対出てくるけん、私の名前は出されんよ。殿下がええなら殿下の名前でやってくれたらええけん。…ごちそうさま”

 まだ残っているお菓子を何個か包んでもらい、エリザベスは一人、お堅い施政の場になってしまった皇子の部屋を後にした。


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