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ブリジット・レポート  作者: 河辺 螢
第五章 イングレイ編
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5-4

 エリザベスが連れて来られたのはフロランが城で使っている部屋で、一区画に三室あり、今いる部屋だけでさっきまでエリザベスがいた部屋と同じくらいの広さがある。絨毯、カーテンは重厚で品があり、さっきまでいた客室も装備は立派だったが、ここが更に特別な部屋だとわかる。世間的には死んだことになっていても扱いは準皇族だ。

”なんか、面白いことになってそうだな”

 エリザベスを連れてきたフロランを冷やかしに来たエルヴィーノが、そのままフロランの部屋に居座った。フロランがかすかに

”ちっ”

と舌打ちしたのを、エリザベスは聞き逃さなかった。



 設定された一時間まであと数分のところで、さっきの侍従に侍従長、客室担当の侍女、メイド長、メイド、総勢七名が部屋を訪れた。


 最初に剣が返された。布に包まれたままで、その場で鞘から抜き状態を確認したが、問題はなかった。

”危険物としてお預かりしておりました。決して取り上げるつもりでは…”

”彼女は騎士だ。護衛騎士の剣の所持は認められている。確認を怠り、預かる理由も告げなかったことは正当化できない”

 フロランは侍従長の弁解を認めなかった。


「お、お金につきましては、荷物を確認した全員に聞き取りしましたが、盗んだ者はおりませんでした。聞けば財布はあったとか。中身の金額を勘違いされているのではないでしょうか」

 残額をどこかに書いていたわけでもなく、手元に財布代わりの袋はあり、中身が多少なりとも残されているだけに証明するのは難しい。エリザベスへの確認もなく、謝罪もなく、持ち主の勘違いと初めから決められたような答えに、エリザベスはこれ以上聞いても無駄だと思った。諦めるしかないか…


”来客への盗難は家主の責任だ。母上に報告して補填してもらおうか”

 エルヴィーノの悪意をもった発言に、客室担当者達はざわめいた。

”陛下にそのようなこと、とんでもありません!”

”もってのほかです。はした金を取られたくらいで…”

 「はした金」という言葉を使ったメイド長を、フロランは睨みつけた。

”城の客人は皇帝の客だ。おまえの言う「はした金」で我が国の信用を落とす事になるとも気付いていないのか”

”元第三皇子派の生き残りが皇城の権威低下を狙ってるのかもね?”

 第三皇子派を疑われるのは、今の帝国では致命的だ。エルヴィーノは実に嫌なところをついてくる。

”す、すぐに再度調査いたしますので、今しばらく…”

 侍従長が必死に頭を下げたが、フロランは首を横に振った。


 エルヴィーノはずっと笑みを見せたままだったが、目は笑っておらず、目の前の小悪党達に告げた。

”城の来客へのもてなし一つで、帝国の利益を左右することもある。…重要な仕事に就いているという認識が足りないようだね。おまえ達のような者を洗い出せてよかったよ”


 その後、役職のある者は降格、ない者は客室担当から洗濯担当に配置を変えられた。

 侍女からメイドに格下げされた子爵家令嬢は皇城の仕事を辞めてしまったが、この令嬢が他のメイド達に金品を渡し、指示に合わせて動いていたことがわかった。

 エリザベスへの嫌がらせが誰の指示で何を目的としていたのか。裏で指示を出していた上位貴族がいるのは確かだったが、令嬢も子爵も口を割ることはなく、明確な証拠もないため処分は子爵家と指示を受けたメイド達が受けることになった。


 令嬢の命を取らない代わりに令嬢の家はこれまで稼いできた金額の十倍以上の賠償金を支払わされることになり、令嬢は賠償金を用立てるため、帝国領となった小さな属国の商家に嫁ぐことになった。




 エリザベスはフロランの三室ある部屋の一つで暮らすことになった。フロランは嬉しそうだが、城の中でも安全性の高い、つまり護衛が付き常に監視の目が絶えない区域に移動になったことで、エリザベスの行動はますます制限されることになった。


 本を読んで過ごすのもさほど好きではなく、レース編みだの刺繍だの、おうち令嬢が好むような趣味も持ち合わせていない。

「何か欲しいもの、ある?」

と聞かれて、体がなまっていたので

「木刀」

を頼み、フロランの部屋付きの衛兵に相手になってもらった。男装のお嬢さんの暇つぶしだと思っていた衛兵は一度剣を交えれば侮れない相手とわかり、本気で相手をしてくれるようになった。おかげで護衛とは仲良くなれた。

”エリザベスさんがいれば護衛はいらないんじゃないか?”

”何言いよんよ。あなたらのおかげでみんな守られとんのに。フロランのこと、頼むね”

 標準的なイングレイ語とは違う話し方に、初めて聞いたものは大抵笑ったが、そのうちそれがエリザベスの普通になった。



 フロランは忙しく、戻るのは夜遅く。時には戻って来ないこともあった。朝食は一緒に取れることが多かったが、閉じ込められた生活では話題がなく、何を話しても愚痴になりそうでつい言葉を控えてしまう。近くにいるのに…。


 離れていた時は寝る前に毎日日記のようにその日の出来事を書き留めていた。それを思い出し、ノートをもらってここでの生活を記録することにした。室内中心の生活では大して書くことはなかったが、護衛を連れて行けば城内を歩くことも許されたので、ちょっと行ってみた場所や見たもの、ふと思い出したイングレイまでの道中の話なんかも書いてみた。思えば旅の間はいろいろあった。ついこの間のことなのに、ずいぶん昔のように思える。


 王都のどこかに家を見つける話も保留になったまま、最近では話題にもならなかった。一緒に住んでいるからいいと思っているのだろうか。エリザベスには閉じ込められた今の生活は不満だらけなのだが、全ては皇帝が決まってから、とお預けになったまま時間だけが過ぎていく。



 この生活、どうもしっくりこない。

 エリザベスは、フロランの「居場所づくり」を待つ一年をこうやって過ごすのはもったいないと思った。

 せっかくイングレイに来ているのだ。行きの馬車で通ってきた街に行ってみたい。第三皇子派の決戦の地南部はおいしい物が多いと聞くし、北は雪が積もるらしい。西の果てには海があると聞いた。エリザベスは海を見たことがなかった。その先には船でしか行けない国があり、ルージニアにまで届くことはない交易品がたくさんあるらしい。

 数か月あればいろんな所に行けるのではないか。

 エルヴィーノ王子救出の報奨金も出た。エルナの護衛代も奮発してもらった。盗まれたお金は倍になって返ってきた。今のエリザベスは金持ちだ。


 地図を手に入れて、図書室の入室許可をもらってイングレイ帝国内の名勝名産の情報を集めた。目的を持つと調べ物も楽しくなる。帝国になる前の各国の伝説なども読み、伝説の滝やら、龍の住む洞穴やら、怪しげな情報にもはまっていた。護衛対象が大人しく図書室にこもるのは、護衛に大歓迎された。その気持ちは元同業者としてよーーくわかる。

 時には護衛に当たった人に出身地のおいしい物や名産品の話を聞き出し、後でメモしておいた。

 周りからはすっかり城の生活になじんできたと思われていた。


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