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あの大きくてきらびやかな皇族行幸を象徴する馬車は、「土産」の箱としてあのままフォスタリアに残された。
ローディアとアビントンの護衛騎士が同行するのはフォスタリアの王都までの予定だったが、二度の襲撃を重く見て、ローディアの護衛の半分が帝国の国境までエルヴィーノ皇子を送り届けることを決めた。
アビントンの護衛は約束通りフォスタリア王都で任務を終了し、ルージニアに戻ることを選んだ。コリン達はこの血まみれの粛正を遠くから見ていただけだが、実戦慣れしていない一行には刺激が強すぎた。正騎士になったばかりの若者は怯えて震え、一刻も早く帰りたがっている。あの様子ではこのまま団をやめてしまうかもしれない。
四人はローディアに戻る一行とも別行動で帰ることにした。大勢で移動する安心感より、騎馬四騎だけで速度を上げることを選んだのだ。
生き残るための賢明な判断に、エルヴィーノは笑顔でねぎらった。
「大儀であった。辺境伯閣下にも感謝の意を伝えよ」
約束通り義理は果たしたが、義理以上を引き受けたローディアとの差は著しく、引け目を感じずにはいられない。しかし部下を思うとコリンには戻る道を選ぶしかなかった。
その後は反帝国派からも強盗団からも襲撃を受けることはなく、無事国境にたどり着いた。
ローディアの騎士は足を止めることなくそのまま国境を通過した。国境を警備する者もすんなりと受け入れている。
国境のすぐそばの軍の施設で馬車を止め、騎士達はローディアの騎士の服からイングレイ帝国の騎士の服に着替えた。
ここにいるのは全てイングレイの騎士だ。ローディアの騎士として同行していた護衛には元々帝国の騎士が入り込んでいたのだ。ローディアから同行していた者もいれば、フォスタリアで新たに加わった者もいる。馬車に隠れていた者達がそうだ。
伯父が治める友好国とは言え、帝国は自国の皇子の守りを他国に任せっきりにすることはなかった。しかも隣国フォスタリアを通過するついでにはびこる反帝国派をあぶり出し、堂々と壊滅させる絶好の機会。自国の兵を出すのは当然だろう。
エルヴィーノは、あの皇帝の血を引く者なのだ。
フォスタリアの王都行きの目的が反帝国派の粛正だと気付いてからは、エリザベスはいざという時のためにいつも以上に神経をとがらせ、エルナ達を守ることに集中していた。エルヴィーノが乗っていた馬車は実動部隊からは充分な距離を取ってはいたが、脇に潜む賊がこの馬車を見つけて襲いかかってこないとも限らない。激しい実戦を目にして怯えるアビントン騎士団の護衛は、コリン以外役に立つとは思えなかった。
実際には先を行く馬車の護衛達が討ち漏らすことはなく、エリザベスが剣を抜く機会はなく終わった。
ローディアや帝国の護衛は戦い慣れていて、統率が取れていた。今のアビントン辺境騎士団で両国の騎士とやり合って互角に戦えるだろうか。エリザベスは祖国を思い、あの国境の頑丈な城壁が破られる日が来ないことを祈った。
馬車の中の二人、護衛のレイフは帝国出身で、侍女のメイはローディア出身だがこの後は皇城で勤務することが決まっていて、このまま同じメンバーで馬車も替えず移動を続けることになった。エルヴィーノもエルナのままだ。
国内の反乱分子は抑え込まれているのか、はたまた帝国軍を恐れてか、帝国領に入ってからは順調に旅を続けることができた。帝国内ではさすがに宿の格は上がり、下の食堂でみんなで一緒に、とはいかなかったが、立ち寄った街で屋台の食事を楽しむ程度のことは時には大目に見てもらえた。
エリザベスとフロランが二人だけになる機会はごく限られていたが、話をする時間はもてた。フロランの今後の目標は具体的には聞き出せなかったが、皇族復帰ではない、別の道で居場所を探していることはわかった。そのための時間を充分に取れてないことも。
”おまえもレンも王都で暮らせばいい。レンのように信用できる部下は貴重だ"
王子の通番が順番通りなら、エルヴィーノよりフロランの方が年上のはずだが、エルヴィーノはフロランのことを躊躇なく「部下」と言った。もはや政権を争うライバルの皇子とは考えていないようだ。
エルヴィーノの言葉は、皇族でなくなってもフロランにはイングレイの政務官として生きる道があるということを意味していた。そうなると爵位を送られ、貴族として生きることになるのだろうか。それならそれでまたエリザベスでは不釣り合いだと周りから追いやられそうだ。
せめてどこがゴールなのか、目指す道を教えてほしい。フロランの口から。
しかし、フロランがそれを語ることはなかった。
イングレイの帝都アルデバランはウィスティアを都会と憧れていたエリザベスには圧倒されるほどに広かった。どこまで行っても街が続き、果てがないのではないかと思わせた。
”おい、護衛。そんなアホづらするな"
ほわぁ、と窓の外を見る姿をエルナに冷やかされ、我に返って緊張感を取り戻したが、どこまでも続く建物に挟まれ、見上げた空が狭く感じた。
壁を越える度に検問所があったが、速度を緩めるだけで止まることなく通過した。抜かりなく連絡がついているようだ。帝都を囲む壁は三重になっていて、壁の外にも街が続き、どこも賑わっているが、生活層は壁を境に見た目にわかるほどに違いがあった。一番外の壁の中は庶民の町。城に近いほど高貴な身分の人が住んでいて、商店も貴族ご用達の高級店は二層目の壁の中に多い。
二つ目の壁を越え、馬車は直接皇城に行かず、街の宿に入った。
その宿は一見周辺の宿と変わらなかったが、奥にある別館に案内されると中は宮殿を思わせるような豪華な作りだった。エリザベス以外は誰もそのギャップに驚いていないところをみると、こうしたお忍び的な滞在にはよく使われる施設なのだろう。
ここでエルナはエルヴィーノに戻り、フロランは上着に袖を通した。レイフは帝国の護衛の礼服に、メイもまた侍女のお仕着せではあってもデザインが変わり、品のある上等なものに着替えていた。
そんな中で一人、エリザベスだけが変わる衣装を持っていなかった。
ここで契約は終了ということかもしれない。いきなりの無職は想定外だが、元々「エレナ」の護衛の約束だ。エレナがエルヴィーノに戻った時点で終了となるのは、約束通りと言えば約束通り。
まだ給料はもらっていないが、無給ということはないだろう。エルヴィーノを助けた功労で帝国から出ると聞いていた報奨金もまだだ。もらえると思っているが、請求するタイミングがわからない。
今日は部屋を割り当ててもらっているが、明日には他の人達は皇城入りするはずだ。帝都にこだわらずどこかに住む場所と仕事を見つけ、一年ほどの約束の期間、イングレイのどこかでフロランを見守ろう。とは言え初めての国の全く知らない街だ。誰に聞けばいいか…
エリザベスが自分の荷物を前に考え込んでいると、フロランが部屋に来た。
「エリー、明日この服ね」
自分の服が用意されているのに、エリザベスは驚いた。
「私もお城に行くの?」
エリザベスの質問に、フロランは済まなさそうに答えた。
「ワタシの家、ワタシいない間、壊れて住めない。ゴメンネ」
フロランはかつて自分が住んでいた離宮にエリザベスを滞在させるつもりだったが、内戦時に何者かに侵入され、金目の物を盗まれた上に火をつけられて二部屋が焼けており、住める状況ではなくなっていた。
「少しの間、皇城住む。家探す、待ってて」
「えっ、お城に住むの? いいよ、お城なんて堅苦しいし、自分の住む所くらい自分で探すし」
「女の子、一人住む、キケン」
「…」
エリザベスはまさか自分にその論法で心配してくれる人がいるとは思わなかった。
「そもそも私、ルージニアでもお城に入ったことないんだけど」
「ダイジョブ、ワタシも住んでるよ」
そりゃあフロランは元皇族だから! と突っ込みたかったが、まずは言われたまま皇城に行ってみることにした。こんな機会は二度と巡ってこないかもしれない。楽しい(?)皇城見学だ。




