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翌日も超豪華馬車が街を賑わせた後、時間を置いて出発した。距離は取るが離れ過ぎることもない。ただの旅ではなさそうだ。エリザベスは車内でも気を緩めず窓の外の様子に気を配った。
三日目、王都に向かう街道に入り、林の中の道を進んでいたところで争う声が聞こえた。先を行っていた馬車が襲われ、護衛が林から現れた襲撃者を迎え撃っていた。馬車には数本矢が刺さっている。離れたところから見ていたエリザベスも参戦しようとしたが、エレナに
"待て"
と言われた。命令に従い車内で様子を見ていると、貴人が乗っているはずの馬車の中からも、その後ろの馬車からも降りてきたのは騎士だった。勝負はあっという間につき、逃げ切れた者はいなかった。敵の重傷者や死者はとどめを刺した後その場に放置され、指揮を執っていた者と数名は拘束されてあの超豪華馬車に積み込まれた。せっかくの馬車が泥と血で汚れてしまっているが、もともとそういう使い方をするつもりだったのか全く躊躇していない。馬車に乗っていた護衛達は後続の馬車や御者台に乗り込み、あるいは騎馬に二人乗りし、大したことではなかったかのように平然と次の街まで移動した。
その翌日にはエルヴィーノ達が乗っている馬車に騎馬十頭がつき、街道をそれて途中の小さな村に立ち寄った。一件の家に護衛が立ち入り、住人はうろたえていたが、中から一人の男が引きずり出された。
住人の一人が棒を持って襲いかかったが、逆に殴り飛ばされその場に倒れた。他の住人も外に出されたが、体を寄せ合って震えていた。
”お、お許しを、…なにとぞ家の者は…"
別の護衛が家から出てきた。
"ありました"
護衛は家の中で見つかった袋をエルヴィーノに手渡した。中には金の指輪やネックレス、金貨も入っていたが、袋の底にわずかに残る程度。大半の貴金属は既になくなっていた。
エルヴィーノは男を睨みつけた。
この男はフォスタリア出身で、道案内をすると自ら進んでエルヴィーノと共に旅をしながら、故郷が近くなると金目の物を持ち逃げしたのだ。そこから先の旅がどれだけ苦しくなったか…。
”相応の報いを受けるといい”
男は身動きできなくなるまで殴られた後手足を縛られ、合流先で前日の襲撃犯と同じ馬車に投げ込まれた。
更にその二日後、再び襲撃を受けたが前回より人数は少なく、指示を出していた者を残し襲ってきた者は容赦なくその場で命を絶たれた。一度目の襲撃より敵の質は落ち、チンピラの寄せ集め程度。反帝国派にはもはや大した人員はいないようだ。エルヴィーノの護衛は軽い怪我を負った者はいたが、誰一人命を落とした者はなかった。
精鋭揃いの護衛。さながら小さな軍隊のようだ。これだけの人員をローディアが貸し出したのだろうか。
先頭を行く馬車はあれほど豪華に装飾されていながら矢傷や刀傷がつき、あちこちへっこみ、塗装が取れている。座席は取り払われ、中には男達が詰め込まれ、運んでいる最中に息絶えた者もそのまま乗せられていた。血だけではなく糞尿もそのまま放置されてドアが開くと生臭い匂いが漂ってきた。捕らえられた者達は戦意を失うどころか正気ではいられなかった。
辺境騎士団にいたエリザベスでも思わず顔をしかめずにはいられない光景だった。メイは侍女らしく取り乱さないよう努めていたが、極力馬車から目を逸らし、自分を落ち着けるように組んだ両手には力が入り、小さく震えていた。
それ以上にうろたえていたのは、辺境騎士団の若者だった。悲鳴を上げ、時には光景に耐えられず、その場で吐いていた。襲撃を受けてからは誰もが言葉数を減らし、食事ものどを通らなくなり、夜眠れない者もいるようだ。
「エリー、ダイジョブ?」
フロランに声をかけられ、エリザベスは小さく頷いた。平気ではないが、騎士団にいれば実戦経験はあり、人を切ったこともある。ここまでの掃討作戦は経験したことないが。
「私は何とか。…フロランこそ、大丈夫なの?」
と問い返すと、
「帝国いると慣れる、よくないね」
そう言われて、フロランは一度死にかけたことがあるのを思い出した。
「エリー、慣れないでいい。でも殺される時戦う、あたりまえ。ワタシも同じ」
自分を、誰かを守るためには、剣が必要な時もある。
「…エレナ様だけじゃなくて、フロランも守るから」
エリザベスは剣を手で触れ、手元にあることを改めて確認した。
「ワタシ、エリー守る」
そんなことを言われて、エリザベスはちょっとときめいた。フロランが弱くないことは知っている。背後を任せられるだけの腕はある。
いつもなら、「自分の事くらい守れる」とか言って強がってみるところだが、なんだか嬉しくて
「お願い、ね」
と言ってみたものの、急に恥ずかしくなって、真っ赤になって逃げるように部屋に戻った。
少し手前の街から王城に到着の先触れを送り、翌日、馬車の列にエルヴィーノ達の乗った馬車が加わり、ローディアの騎馬に続く形でアビントンの騎馬も列に入った。
フォスタリアの王城に入るイングレイの皇族一行。先頭を行く貴人が乗っていると思われる馬車はあちこち損傷があり、城の従者は何か妙だと思いながらもドアを開けると異様な臭いが立ち込め、中にはうめき声を上げる薄汚れた男達が転がっていて、驚きのあまり腰を抜かし、尻を地面につけたまま後ずさった。
「い、…一体これは…」
迎えに出たフォスタリアの第一皇子エミリオは目の前の光景にたじろいだが、その後ろの馬車のドアが開き、銀色の髪の美女が同乗してきた男の手を借りながら馬車から降り立った。
「我はエルナ・アドリアノ・イングレイ。帰国の途上、フォスタリア王の招きにより参上した」
麗しい皇女の姿にエミリオは目を奪われたが、穏やかな挨拶の笑みが突如毒気を含んだ。
"それは道中の土産だ。イングレイ皇族にたかるハエ共を始末しておいた。受け取るが良い”
駆けつけたフォスタリアの近衛隊が捕えた賊を馬車ごと城のどこかへ連れて行った。
フォスタリアの反帝国派は、ここ数年イングレイの侵略がなくなって活動の場がなく、皇帝が逝去してからは組織に援助する者も減り、財政難に陥っていた。好戦的な第三皇子が後継になる噂に一時は盛り返したが、第三皇子が失脚し、侵略から和平に舵を切り直すと見込まれてからは活動意義をなくし、組織を抜ける者が後を絶たなかった。残っているのは祖国を守る思想からはほど遠い、金で動く盗賊紛いの者達だけだ。
フォスタリアの王家にとって、反帝国は国をまとめるいい口実だった。国内に不満があっても反帝国を掲げれば、敵襲の不安に気を取られた国民の目を逸らすことができた。だからこそフォスタリア王室は秘密裏に反帝国派を支援し、時には帝国とは無関係な事件も帝国の襲撃に見せかけ、それを解決することで国民の支持を集めていた。
あの馬車に乗っている男達の中には王や王子の顔見知りもいた。しかしイングレイ皇族を襲撃し、イングレイ側が捕縛した賊を逃がすことはできず、彼らにはこのまま犠牲になってもらうしかない。
謁見の間、王子は美しい皇女に釘付けになっていた。それを見ていた王は二人の縁組をさりげなく打診したが、エレナは鼻で笑った。
”反帝国派の夫はいらぬ。帝国の一員になることを望むなら母国に帰り検討せぬ事もないが、…高くつくぞ?”
帝国の一員になるなどもっての外。王は早々に政策の方針転換を撤回した。
イングレイ帝国の皇女エルナはフォスタリアに残る反帝国派を一掃し、そのごみを土産に残し、わずか半日の滞在で王都を離れた。その成果こそ、イングレイへの手土産だった。




