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別館でも出発の準備を手伝った。たった三日の滞在でも身の回りの物の片付けやこれからの旅の物品の補充、大量の貢物の整理などやることは多く、貢物の大半はアビントンが引き取ることになっていた。
皇族と同席で食事を取ったが、公式な場ではないので堅苦しさはなく、食べながら今後の段取りについて打ち合わせた。
今回はフォスタリア王国に国内通過を事前通知しており、フォスタリアは皇族の通過を「容認」ではなく「歓迎」すると返信があった。新しい帝国の体制に関心があるのか、「よければ」王城に立ち寄るよう誘いの言葉まであった。あの帝国嫌いのフォスタリアが、だ。
フォスタリアの王都は帝国に一番近い街道からは外れているが、誘いを断る理由はない。多少遠回りにはなるが、お招きに応じ、フォスタリアの王都を経由してイングレイ帝国に向かうことになった。
エリザベスには制服は用意されず、動けることを優先した軽装で構わないと言われた。
打ち合わせが終わると、フロランの隣の部屋がエリザベス用に準備されていた。エリザベスは
「ありがとうございます」
と礼を言ったが、エルヴィーノはわざとらしいほどににこやかに笑い、そのエルヴィーノをフロランが冷たい目で見ていた。
出発当日、エリザベスは他の護衛のような堅い制服ではなく、ベストにパンツとカジュアルな恰好で、膝下までのブーツを履き、ちょっと伸びてきた髪を紐でひとつに結んだ。
当日、辺境伯邸の玄関には超高級な馬車が止まっていた。ローディアへの往復で使われていたもので、外装も内装も贅を尽くしている。通りすがる街の住人に権威を知らしめるには適しているが、敵を想定すればターゲットが乗っていると周知するもので安全性が高いとは言えない。
男女の貴人が乗り込み、屈強そうな護衛が向かい側に乗ると、ドアが閉じられた。
出発の時間になり、まず騎馬の護衛の列、続いて例の超豪華馬車、そしてお付きの人の馬車が数台連なり、再び騎馬が後ろを固めた。騎士団員達は馬車の姿が見えなくなると、号令で直立不動を崩した。
「おつかれ!」
「やれやれ。やっと静かになるな」
解散の合図で緊張を解き、世間話をし、凝った首や肩を回しながら各持ち場に帰っていく。エリザベスには見慣れた光景だ。
一行の馬車の列がいなくなり、見送る隊員もいなくなった後、エリザベス達を乗せた馬車が動き出した。
裏手に止めてあった馬車に上級市民風の出で立ちでエルナになったエルヴィーノと普段着のフロランが仲良く座り、向かい合った席にエリザベスとローディアからの護衛のレイフ、侍女のメイの三人が座った。ぱっと見はちょっと金持ちな家が所有する割と見かけるタイプの馬車だが、よく見ると車輪の作りは良く、振動を抑える装置もついている。内装は丁寧に仕上げてあり、座面はふかふかで乗り心地もいい。
その馬車には騎馬が四騎ついていた。フォスタリアの王都まで追加の護衛の依頼を受け、辺境騎士団第二隊のコリン・テイラーの班が担当することになった。コリンは先月班長になったばかりで、若い団員を連れ、名誉ある皇族の護衛職に胸を張っていた。
先に行った馬車はダミーだ。
見送りの場から引き上げ、部屋から馬車を見送る辺境伯と騎士団長は、エルヴィーノの警戒ぶりにまだ落ち着かない帝国の事情を察した。
二頭立ての馬車は軽快に走り、その日のうちにメイプルに着いた。先行した馬車とは距離を置き、宿泊先も変えていた。エルヴィーノはエリザベスがフォスタリアで使っていた庶民的な宿を取らせ、あの時とは違い、食堂に出向いてみんなと一緒に食事を取った。
”一度こういうのを試してみたかった”
女性の姿で嬉しそうに暖かい食事を頬張る姿に、同行していた護衛達は驚いていた。
”そう言えば、パーティでおまえのドレスが届かなかった件の犯人知ってるか?”
エルヴィーノが冷やかし混じりにエリザベスに話しかけてきて、近くにいたコリンが小さく咳払いをした。自国の恥をさらす話は避けてほしいだろう。コリンの班にはイングレイ語がわからない者がいるようで、きょとんとした顔をしている。かつてのエリザベスもそうだった。
”A氏がドレスを発注するよう命じたんだが、浮気相手にドレスを作ろうとしてると奥方にチクった侍女がいて、それを信じた奥方が怒って発注を止めていたらしい”
”え、やっぱり奥様やったん…”
エリザベスはもしやとは思っていたが、大当たりの結果にある意味がっかりした。
奥方はいつもあんなに華やかに装っているのに、パーティに出席する女性はドレスを着れば身支度が終わると思っているような夫。おしどり夫婦のように見えたが、奥方への本当の意味での関心は薄いのかもしれない。奥方は夫に直接事情を聞くこともなく、辺境伯は辺境伯で発注後の納品の確認もしていないことになるが、頼んでしまえば後は人任せなのは想像がついた。エリザベスの団章がそうだったように。
”なかなか口を割らなかったが、帝国の客人の要請だったと聞いて奥方はぶっ倒れたそうだ。おまえが不平を漏らしていたら首を飛ばしてやってもよかったんだが"
物騒なことを笑いながら言うエルヴィーノ。
その隣で
”飛ばすなら男が先だ”
鋭い目つきでぼそりとつぶやいたフロランは、エリザベスの視線に気が付くといつものようににっこりと微笑んだ。
"首なんかもろても何の役にもたたんがね"
知り合いの首が胴から離れる所など見たくもない。皇子ジョークは現実との境界が見えず、胃に悪いものだ。
宿の部屋割りは、エルナは仲良く「夫」フロランと同室で、フロランはうんざりした顔をしていた。エルヴィーノとしては他の護衛と同室になるよりは落ち着くのだろう。
エリザベスは侍女のメイと同じ部屋を使った。あまり余計なことは話さないが、変な気も回さず、お互いのペースで過ごせるのは楽だった。




