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秘密の宴会を果たしたシーモア家の一行は、夜中に屋敷を離れシーモア領に帰っていった。襲われたら一家全滅だが、そんなことを気にするようなシーモア家ではない。父親はかつてアビントン辺境騎士団からスカウトがあったほどの剣の腕を持ち、その子供達はシーモア領警備隊の中でもトップを争う実力派だ。同じ人数で戦ったなら辺境騎士団にも負けないだろう。
国を出る前に家族に会えてよかった。ずっと意地を張っていたけれど、このまま会わないでいたら、いつかきっと後悔しただろう。
「ありがとう、フロラン」
「いい父様。いい兄様ね。とてもエリー好き」
エリザベスは小さく頷いた。
「家族にも…、フロランにも会えて嬉しい」
家族のいつものノリに巻き込まれ、フロランとの再会も久しぶりなことさえ忘れそうだった。ずっと会いたかった、待っていたフロランに。
「エリー、イングレイ行き、…ありがとう。ルージニア離れる、ごめんね。でもワタシ、エリー必要。ローディア遠かった。イングレイもっと遠い。置いていく心配」
「フロランが謝るの、おかしいよ。私が行くって決めたんだから。…引き受けたのは護衛だけど」
エリザベスはイングレイに行くことを承諾したが、今のところ「エルナの護衛」なのだ。しかしフロランと同行できるからこそ引き受けた「仕事」だ。
「エリー断ったら、婚約やめる、父様言った。ドキドキだった」
「断ると思った?」
「思わなかった。エリーの手紙、ワタシ好き、書いてた。好きいっぱい増えてた。会いたい気持ち、同じ」
フロランはエリザベスの手を取り、そっと指を絡めた。
「パーティ、あんな仕事着のままでエスコートさせてごめんね」
今なおその時の制服のままのエリザベスと、上着は脱いでいるが正装をしているフロラン。こうして並んでいてもやはり不釣り合いだ。しかしフロランは更に上機嫌になった。
「ドレスじゃない、嬉しかった。エリザベスパーティ呼ぶ、なのに無礼者『ドレス準備する』言った。ワタシいるのに、何故? ネックレス、イヤリング、どうする? ワタシ準備する、当然! 辺境伯、バカ。シンジマエ、思った」
…なんと、届かなかったドレスは辺境伯が準備していたらしい。
エリザベスの給料では安物のドレスしか準備できなかっただろうが、他の男から送られた物を着る位なら安物での参加を選んだ。業務の一環なら、誰かのお古を借りるにしろ、新しく作ってもらえるにしろ事前に話くらいするものではないだろうか。
「でも、サイズも測られてないし、実際ドレスどころか招待状も届いてないのよね。騎士団の中で行方不明になったか、隠されているか…、元々準備してなかったとか…。ドレス代、誰かが着服してる?」
もしそうなら、辺境伯の権威はがた落ちだ。
辺境伯がドレスを頼むとすると、誰にだろう。執事か、侍女長か、あるいは奥方に…。
ドレスを着るのに準備が必要なこともわかってないあの男が奥方に頼んだとして、果たしてきちんと説明してるだろうか。余計な誤解を生み、浮気相手への嫌がらせのつもりでイングレイ帝国の皇子の招待に不手際を引き起こしていたとしたら、事態はかなりやばいことになりそうだが…。
あくまでエリザベスの想像。
そんなこと、あるわけがない。…といいな。
エリザベスは自分の歪んだ想像を心から追い払った。
まあ、フロランが「着なくて正解」だと喜んでいるなら、制服のままのエスコートで良かったことにしよう、とエリザベスは思った。でもできれば次に機会があれば、お姫様みたいな恰好で王子様(マジもん!)のエスコートを受け、ダンスを踊ってみたいと思わなくもない。…ただし、エリザベスは社交ダンスは学校内のパーティのためにちょっと習った程度で、ろくに踊ることもできないのだが。
「イングレイ着いた後、決まってない。ワタシも、エリーも。イングレイどうなってる、話聞く、でもわからないことたくさん。きっと大変。会えない時間多いままかも」
「うん…。でもあと一年は待つから」
エリザベスは、かつての約束を繰り返した。
「…間に合わない時、どうする?」
不安げに弱音を吐いたフロランに、エリザベスは
「…その時考える」
と答えた。期限はありながらもその先もまだ途切れてはいない答えに、フロランは希望を持ち、だからこそ何とか早く自分の居場所を固めなければいけないと奮起した。
フロランだけではない。エリザベスもまた不安だった。
「フロランは、皇族に戻りたい?」
「んー、皇子戻らない」
それを聞いて、エリザベスは少しほっとした。
皇子に戻ればきっとエリザベスは歓迎されない。この国でもフロランを助けなかった人達が掌を返したようにフロランを追いかけ、取り入り、何とか気を引こうとしていた。その先にあるのはイングレイの皇族の地位だ。イングレイ帝国に行けばもっと顕著だろう。何かのはずみ、誰かの一言で簡単に手の届かないところに行ってしまう人なのだ。
それでも今はまだ諦めたくない。まだ、今は。
エリザベスはフロランの胸の中に飛び込み、両手を回してしがみついた。それに答えるようにフロランもエリザベスの背に腕を回し、頭に頬をすり寄せ、額に口づけた。
「ずっと、こんな風にぎゅってしたかった…」
フロランはエリザベスを身動きできないほど強く抱きしめ、唇を重ねた。エリザベスの吐息を求め、唇を滑らせ、互いに求めるまま長い口づけは宿舎に戻るはずだったエリザベスを引き留めた。
抱きしめる力は波のように強まり、緩やかに弱まり、背中を這っていた手が徐々に力をなくし、一日の仕事の疲れと、酒以上の甘い酔いに負けたエリザベスは、フロランに抱かれたまま眠りに落ちていた。
フロランは、自分の腕の中でにやけ顔で眠っているエリザベスの頬を数回つついたが、どうにも目覚めそうになかった。期待を裏切られたのが逆に想像通りだった。物足りなさに想いは募るが、急いて奪うこともなく、諦めることもない。こうして手の届く所にいる今の状況はそれだけでも昨日までとは違う。切なさが牙をむきそうだった昨日までとは。
寝るには苦しげな上着を脱がせ、胸元のボタンを緩め、三つ目に手をかけたところで理性という言葉を思い出した。ここは我慢する代わりに今回はソファでは寝てやらないと決め、エリザベスを寝かせたすぐ隣に寝転んで、眠りに落ちるまでずっとエリザベスを見ていた。
翌朝、エリザベスは目が覚めると、隣で眠っているフロランに驚いて一気に目が覚めた。
フロランの部屋だ。昨日この部屋で家族と一緒に飲み、そのあと二人になって、いちゃついてるうちに幸せな気分なまま…、寝落ちした。
制服のまま、上着だけ脱いで? あるいは脱がされて? 首元のボタンは緩められていたが、二つだけ。更なる先の展開にはならなかったようだ。
今回はフロランはソファの上ではなく同じ所に寝ている。ちょっぴり進んだ? 関係?? は喜べるものなのかわからないけれど、手に届く所にある寝顔のかわいらしさに出て行くのが惜しい気持ちになる。
しかし寝ている時間はない。片付けに、手続きに、今日中にやらなければいけないことは山ほどあるのだ。
ごそごそと動くエリザベスにフロランが目を覚ました。
「エリー? 仕事?」
「うん。行ってきます!」
まだ半眼のフロランにキスを済ませ、エリザベスは急いで宿舎に戻った。




