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何か女性隊員でないとできない仕事でもあったのかと思ったが、会場に入ると待ち構えていたように視線が集まった。
警備の手伝いだと思っていたので制服で腕まくりもしたままで、ドレスどころか祭礼用の制服でさえない。場違いな格好で姿を見せたエリザベスに会場の人々は冷やかで、小声でつぶやく声は悪意を持っていた。
「ああ、あれがあのシーモア家の…」
「女だてらに辺境騎士団員ですって」
「ずいぶん行き遅れてるじゃないの。それで殿下を狙ったのね」
「学生時代からフロレンシオ殿下に色目を使ってたらしいじゃないか」
こんな歓迎されない場所に呼び出したのは誰だろう。自分を呼びに来た隊長に聞こうと振り返ったが、隊長は直立不動でドア近くに控えている。
再び正面を見るとフロランがエリザベスを迎えに来ていた。
一年に近い、久しぶりの対面。フロランは笑っていた。
差し出された手。あまりに場違いだと思いながらもその手をとり、導かれるまま会場の奥へと進んだ。自然と人が道をあける。フロランことフロレンシオ元皇子からにじみ出るオーラの圧力だ。
エルヴィーノの前まで連れて行かれると手が離れ、エリザベスは胸に手を当て片膝をついた。騎士の恰好をしている時は男性の挨拶をするのが慣例だ。
「そなたはこの夜会に招かれる人であったが」
フロランのカタコトとはまたひと味違ったルージニア語でエルヴィーノが話しかけてきた。主賓であるエルヴィーノの要望で招待されたはずのエリザベスが会場にいなかったとなると、主催者である辺境伯の落ち度になる。これだけの客の前で不手際があったと言うのは悪手だ。
「申し訳ありません」
場を凌ぐ言い訳も思いつかず、エリザベスは謝罪だけで言葉を止めた。
「よい。今宵はそなたに礼を申すため招いた故、姿を見せたことで許す」
皇子の「許す」の一言で、エリザベスの制服姿での登場を揶揄する声はなくなり、静まった会場で人々は揃って聞き耳を立てた。
「行く手を阻まれし我らを救いたるエリザベス・シーモア子爵令嬢。ここに感謝を述べると共に、帝国より褒賞を与う」
会場がざわついた。
エリザベスがフォスタリアに行き、二人をルージニアまで運んだことは公にはされていなかった。あの日国境を守っていた団員達は二人の入国にエリザベスが絡んでいることは知っているが、そのことは公言しないよう言われており、さすがグレンの率いる班だけあってきちんと守られているようだ。
エリザベスにしても、友人のフロランの依頼を受け、友達だから動いただけだ。たまたま一緒にエルヴィーノがいたから一緒に運んだだけだが、ここは素直に
「もったいないお言葉でございます」
と受け止めた。
「そなたには金貨二十枚、およびエルナの護衛としてイングレイ帝国への同行を許す。これは受けるも受けぬもそなたの自由である」
エルナの護衛…、イングレイ帝国へ。
フロランとの二年の約束は一年以上残っている。
手紙は時折行方不明、なくなった荷物はドレスだけではないかもしれない。別れも再会も遠くから見送っただけ、会うことさえもままならない今の状況にエリザベスはふつふつとため込み続けた不満がそろそろ弾けそうだった。
フロランが共に過ごせる環境を作るのを待つにしろ、ここアビントンで待っているのはもう嫌だ。
幼い頃から憧れていたアビントン辺境騎士団だったが、ここを離れることに未練はない。
エリザベスは力強い笑みを見せて答えた。
「謹んでお受けいたします。私を…殿下の旅に同行させてください。必ずや、エルナ様が無事にイングレイ帝国までお戻りになれるよう、持てる力を尽くしてお守りいたします」
イングレイ行きを引き受けたエリザベスに、更なるどよめきが起こった。
ルージニアの王都でも帝国への同行を希望する者は多く、侍女の採用はないのか問い合わせが多くあった。しかしイングレイ帝国行きに同行する侍女、侍従、護衛はローディアで手配され、たとえ国王の推薦状を持っていようとルージニア国民は一人も採用されなかった。
そんな中でエリザベスだけが護衛を任され、同行を許された。
皇族に復帰するだろうフロランを惑わせ、将来皇帝の座に近いエルヴィーノとの縁もエリザベス一人が持ち逃げした。そう思った令嬢は少なくなかった。
その一方で、エリザベスの友人達は学生時代にエリザベスがフロランと友情を深め、国に帰ったフロランをずっと心配し、その死後は喪に服すように大人しくなり、陰鬱な表情を見せるようになったことを知っていて、ようやくエリザベスの思いが実ったのだと祝福の拍手を送った。
エリザベスはエルヴィーノに礼をし、周囲の目を気にすることもなくフロランの腕を取って会場を後にした。制服ではちょっと様にならないが、エリザベスは充分満足だった。
フロランがそっと手の中に握らせたものを広げると、今夜の待ち合わせ場所が書いてあった。




